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転移先は日本でしたが、あまりにも楽しいのでスローライフを目指します!~従者(ヤンデレ)がついてきたので一緒に幸せになる~  作者: 雨宮 叶月
第3章

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第32話 バイト先

バイト先であるネイルサロンは、柔らかな日差しに包まれていた。店内には静かなBGMが流れ、奥のブースではネイリストが客の爪に丁寧なアートを施している。


私は受付カウンターで、パソコンに予約状況を打ち込んでいた。朝日ちゃんはいない。今日は私一人でのシフトだった。


「いらっしゃいませ」


ドアベルが鳴って顔を上げた瞬間、心臓が音を立てて跳ねた。


――まただ。


「どうも。……やっぱり、ここで働いてたんだね」


(なんで、また……)


先日、大学近くのカフェで絡んできた男が、何の遠慮もなくカウンターに近づいてきた。今日はやけに身なりが整っている。スーツ姿に、薄い笑み。だが、その目だけは、どこかギラついていた。


「予約……はされてますか?」


私はマニュアル通りに対応しようとしたが、声がわずかに震えていた。


「してないけど……受付だけなら、星羅さんでもできるよね?」


彼は、当然のように私の名前を呼んだ。


「前に、連絡先、教えてくれなかったよね。でもさ、こうやって会いに来たってことは……少しくらい、気にしてくれてたんじゃないの?」


(そんなわけない。ないのに……)


「お客様、申し訳ありませんが、当店は完全予約制となっております。ご用件がない場合は、お引き取りを……」


「いや、用件はあるって。君に会いたかったから来た。……ほら、こんなとこでバイトなんかしてさ、もったいないよ? 君、モデルとかの方が向いてるって」


下卑た笑いと共に、男は身を乗り出してきた。受付カウンターとの距離が、わずかに縮まる。


その一歩が、あまりにも重く感じた。


「お帰りください。警察を呼びます」


私は、言葉を振り絞るように口にした。が、その声はどこか虚ろで、頼りなかった。


男は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに肩をすくめた。


「……怖がらせるつもりじゃなかったんだけどな。ほんとに。じゃ、また来るね」


――また来る?


その一言を置き土産に、男はドアを開けて去っていった。ドアベルの音が、やけに甲高く響いた。


私は椅子に腰を落とし、しばらく動けなかった。



店内には他のスタッフもいたけれど、奥の施術スペースではこちらのやりとりは聞こえにくい。声を上げるには至らなかった私の態度にも、問題はあったのだろう。


それでも。


心細さが、胸の奥にじんわりと広がっていく。


何も解決していない。ただ追い返しただけだ。

明日、また来られたら?

帰り道、あとをつけられたら?


想像したくないのに、脳裏に浮かんでしまう。


(……どうして、私が)


泣きたくなるような気持ちを、爪の先に力を込めて耐えた。


私は――誰にも守られていない。


「……」


いや、違う。


朝日ちゃんは、守ろうとしてくれた。

隼人さんも――


(……でも、あの人はきっと気づいてない。私が、こんなに弱くて、怖がってるって)


私は強がってしまう。誰にも迷惑をかけたくなくて、何でもないふりをしてしまう。


(だから、誰も気づかない。誰も、助けてくれない)


だけどそれは、本当に“私のせい”なの?


カウンターに置いた手が、ふるふると震え出す。


そのとき――スマホの画面が、ぽんっと光った。


着信ではない。ただの通知。


けれど、そこに表示された名前を見て、私は思わず指を止めた。


「早乙女隼人:何かあったら言ってくださいね。…」


返信しようとして、指が止まる。

何も言っていないのに、どうして。

何も言っていないのに、気づいている。


胸が締めつけられた。


けれど同時に、少しだけ、呼吸がしやすくなった気がした。


(……私、いま、一人じゃないのかな)


でも、それでも。


「助けて」なんて言えるほど、私はまだ、素直じゃない。


だからただ、短く返信を打った。


《ありがとうございます!》


その文面を見つめながら、私は静かに、震える手を膝の上に下ろした。


――今日は、まだ終わっていない。


そして明日、彼がまた現れるかもしれない。


何も終わっていない。


でも。


心のどこかに灯った、小さな火だけが、

まだ、消えずにいてくれた。

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