第26話 デート?
「気分転換に出かけない?」
私は隼人さんにそう声をかけた。
「もちろん行きましょう。」
隼人さんは太陽みたいに笑った。
平日のお昼すぎ、ショッピングモールはそれほど混んでおらず、どこかゆるやかな空気が流れていた。
「……ちょっと、浮いてませんか? 私たち」
「いえ、むしろ自然に見えますよ。お似合いです」
からかうような言い方でも、照れた様子もなく、ただ本当にそう思っているかのように、穏やかな声で。
(ずるい……)
まず最初に向かったのは、シンプルで落ち着いた雰囲気の服が並ぶセレクトショップ。
「私の服選んでもらってもいい?自分では何が似合うか分からなくて。」
「俺で良いんですか?」
「もちろん」
すると彼はすぐにスッと何着か手に取り、私を試着室へ誘導する。
「こういうの、絶対に似合うと思います」
手渡されたのは、黒の帽子に、白のパーカーと、ゆるっとした黒のズボン、ベージュとブラウンのトップスに、スカート。
「かっこいいし可愛い、けど本当に似合うと思ってるんですか?」
「はい。絶対に可愛いです。」
その一言で、胸の奥が小さく跳ねた。
試着して出ていくと、隼人さんは口元に笑みを浮かべた。
「可愛い、、、」
気がつけばもう、彼が払ってしまっていた。
「えっ、私の買い物なのに……!」
「俺が選んだので、大丈夫です。その代わり、絶対に着てくださいね?」
それ以上言い返せなくて、私は黙って頷いた。
なんでもない日常の買い物のはずなのに、気づけばドキドキしていた。
そのあと隼人さんに着いていって入ったアクセサリーショップ。私でも知ってる有名ブランド。
ガラスケースに並ぶ煌めき。私でも知っている、有名ブランド。
「えっ……高い……」
タグに並んだ数字に思わず声が出る。
「星羅さん、ちょっと後ろを向いていてください」
「え、うん……」
彼の言葉に言われるまま、私はくるりと背を向ける。
その後ろから、小さな話し声が聞こえた。
「星羅さん、少し触りますね」
彼の手が私の髪をふわりと触る。次の瞬間、首元にひやりとした感触。
「……これは、ブラックダイヤモンド?」
「正解です」
すぐそばにいた店員さんが説明を始めた。
「こちら、最高級の品質のブラックダイヤモンドを使用したネックレスとなります」
「えっ!? そんなもの、私がもらっていいの……?」
戸惑う私に、隼人さんは優しく微笑んだ。
「俺が、星羅さんに贈りたかったんです。俺の分も、選んでもらえますか?」
戸惑いながらも、私は店員さんに導かれるようにショーケースへ向かった。
「こちらからお選びください」
「……ありがとうございます」
並んだジュエリーの中から、私の目が止まったのは、深い青をたたえた石――ラピスラズリだった。
「……これ、綺麗」
(隼人さんに似合いそう……)
「こちらでよろしいですか?」
「はい。」
しばらくして、会計を終えた隼人さんと合流する。
「選んでくれてありがとうございます。大切にします」
そう言って見せてくれる微笑みに、胸の奥がほんのり熱を帯びる。
(ああ……やっぱり、似合ってる)
彼の首元にきらめくラピスラズリは、どこか凛としていた。
私が選んだものを、彼が身に着けてくれている。それだけで、心がふわっと浮かぶようだった。
電車の窓の外をぼんやり眺めていた。袋の中には、選んでもらった服と、着けるのが怖くて箱にしまってもらったアクセサリー。
それを見た瞬間、ふと頭の中に浮かんだのは、何の前触れもなく――
(これって、デート、みたいなものじゃない?)
改めて思い返してみれば、ずっと一緒に歩いて、服を見て、おそろいのものを買って、たくさん笑って、自然に会話して。
(ん、、、?あのネックレス、どうしてぴったりだったんだろう?それに、なんだかスムーズで、こうなることを知っていたような、、、)
その考えを頭から振り払う。特別なことなんて何もなかったのに、心はずっとふわふわしていて。
「……これは、違う。きっと、違う」
自分に言い聞かせようとするけれど、心の奥はもう、ほんの少しだけ熱を帯びていた。




