第25話 翌朝
朝の光が、カーテン越しにそっと差し込んでくる。
目を覚ますと、身体が少し軽くなっていた。熱は下がったのだろうか。頭がぼんやりしつつも、昨日とは違う感覚に気づく。
(……匂い?)
だしの香り。味噌……?それから、なにか焼けた香ばしい匂いもする。嗅いだことのない香りなのに、なぜか心が落ち着く。
私はリビングに向かった。
「あ、おはようございます、星羅さん」
私を見るとぱあっと笑う。
キッチンでは隼人さんが立っていて、フライパンを手にしていた。湯気の立つお味噌汁、焼き魚、そして白くふっくらしたご飯が並んでいる。
「隼人さん……これって」
「和食です。まだ熱が少しあると思うので、作りました」
彼の声は相変わらず落ち着いていて、朝の静けさと相まって、どこか神聖な雰囲気さえ漂わせていた。
私は近づき、席に座る。お椀を手に取ると、思ったよりもずっと温かくて、両手にじんと伝わった。
「いただきます……」
私はおずおずと味噌汁を口に含む。
「……!おいしい…!」
ふんわりとした香りと、やさしい塩気が口に広がる。これが、“出汁”というものなのだろう。味の奥行きに驚き、思わずもう一口。
「すごい……身体がほっとする」
「良かった。星羅さんが喜んでくれて嬉しいです」
次に、焼き鮭を一口。
皮はパリパリで、身はしっとりとやわらかい。こんなにもシンプルな料理なのに、こんなにもおいしい。
「鮭です。塩をふって焼いただけですが、和食では定番ですね」
「定番……」私はその言葉を反芻するように呟いた。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……私、久ぶりです。こんな風に、私のために作られた朝食を食べるのは」
そう呟いた私に、隼人さんはゆるやかに笑った。
「昔は、俺がよく作ってましたからね」
私が落ち込んだり悩んでいた時に、食事も、お菓子も作ってくれた。
思えば、私が食べ物を愛するようになったのも、隼人さんがきっかけだったのかもしれない。
「それも覚えてる。忘れられないくらいおいしかった」
「ふふ、あれは正直、自信ありませんでした」
「でも、嬉しかった。あの時も、今も……あなたが作ってくれるご飯は、ちゃんと心に届きます」
そう言った瞬間、我ながら少し照れてしまって、お味噌汁のお椀に視線を落とした。
けれど、隼人さんは変わらず穏やかなままで、「ありがとうございます」とだけ、まっすぐに返してくれる。
(この人は、昔も今も、変わらない。けれど、私たちの関係は、少しずつ変わってきているのかもしれない)
それが、悪いことだとは思わなかった。
私は箸を進めながら、静かに思った。
和食という文化の中に、こんなにもたくさんの温もりと優しさが詰まっているなんて、知らなかった。
そして、隼人さんという存在が――私にとって、それ以上に温かくて、安心できるものだということも。
白いご飯を口に運びながら、私はもう一度、嬉しさをかみしめた。




