第20話 少し前にできた友達
講義が終わり、廊下に出ると、ちょうど昼休みのざわめきが広がり始めていた。
(食堂、混んでそう……)
少し迷いながら、私はキャンパスの中庭に向かって歩き出した。緑に囲まれたベンチが並ぶその一角は、静かに食事をとる学生たちの憩いの場になっている。
その時だった。
「……あっ、ご、ごめんなさい!」
小さな声とともに、視界の端に、教科書とプリントをぶちまけた学生の姿が映った。通りすがりの誰かとぶつかったのだろう。地面に散らばった紙の山と、慌てて拾い集める姿。周囲はちらりと見るだけで、すぐに通り過ぎていく。
私は足を止め、迷うことなくしゃがみ込んだ。
「手伝いますね」
「……えっ?」
彼女は焦った様子で顔を上げた。肩までの柔らかそうな髪の、少し小柄な女の子。目が合うと、恥ずかしそうに視線をそらした。
「……ありがとうございます」
彼女は小さく微笑んで、私と一緒にプリントを拾い集めた。
「けっこう飛び散ってしまいましたね。これ、時間かかりそうです」
「ほんとに……いつもこうなんです。ドジっていうか、間が悪いっていうか」
「間が悪い人は、ぶつかったあとにちゃんと謝れない人のことですよ。あなたはちゃんと謝っていたから、問題ないと思います」
そう言うと、彼女はまばたきをしてから、小さく笑った。
「……優しいんですね。ちょっとびっくりしました」
「そうですか?」
「うん。だって、すごくきれいで、近寄りがたいっていうか……“すごい人”って感じで。さっき声かけられて、びっくりしたんですよ」
「え、、、!初めて言われました」
「えっ? そんなことないですよ!? 噂とかも聞きますし……あ、ごめんなさい、変なこと言いました?」
「いいえ。むしろ、ちょっと新鮮で面白いです」
私たちは顔を見合わせて、ふふっと笑った。
「よかったら、お昼一緒にどうですか?」
「えっ、いいんですか……?」
「もちろん。ひとりで食べるつもりだったので」
そう言って立ち上がると、彼女もおずおずと荷物を抱えて立ち上がった。
「私、七瀬朝日って言います。」
「私は篠原星羅。……こちらこそ、よろしくね、あさひさん」
「わっ、あの、星羅さんってちゃん付けで大丈夫ですか!? なんか“さん”つけたら、遠い感じがして」
「ふふ、わかりました。じゃあ、私も“朝日ちゃん”って呼びますね」
そうして私たちは、中庭の一角に並んで腰を下ろした。彼女はコンビニのおにぎりとお茶、私はサンドイッチと紅茶。
「……紅茶、好きなんですか?」
「はい。最近はこの香りが落ち着くんです。ちょっとした習慣というか」
「……やっぱりすごいなぁ」
「ありがとう。じゃあ今度、一緒に飲む?」
「いいんですか!? やったぁ!」
思ったよりも素直で、屈託のない笑顔。
(……こんなふうに笑う人、久しぶりかもしれない)
「そういえば、今日の講義、ちょっと難しかったですね」
「うん、私も途中から全然わかんなくて……。あ、でも星羅ちゃん、すっごくノート綺麗でした!」
「ありがとう。よかったら、あとでコピーする?」
「えっ、いいの!? 助かる……!」
他愛もない会話が、心地よく続いていく。
この“日常”を、私はきっと少しずつ好きになっている。




