第15話 友人
早朝、窓の外は柔らかい光に包まれていた。
そのためか、大学の門をくぐったとき、空気はどこか軽やかに感じられた。
彼がこの世界にいてくれる――それだけで、安心感がちがう。
「――あっ、篠原さん!」
後ろから声をかけられて振り返ると、同じ大学の成瀬くんが駆けてきた。
「今日、語学の授業取ってるよね? 同じだった!」
「あ、はい。第3講義棟でしたよね?」
「うんうん! 一緒に行こっか」
成瀬くんは、明るくてどこか抜けてるけど、周囲を和ませる雰囲気がある。
最初はあまり話さなかったが、最近は軽く言葉を交わすようになっていた。
「篠原さんってさ、いつも静かだけど……語学、やっぱ得意?」
「うーん……嫌いではないですけど」
「なんかさ、発音すごい綺麗って先生が言ってたよ? ネイティブみたいって」
「……そうなんですか?」
「うん。俺、発音ボロボロでさ、マジで篠原さんの音声聞いて練習したいくらい」
「録音してまで?」
「うん。って、いや、それは怖いか! ごめんごめん!」
くすっと笑ってしまった。彼の冗談は、空気を壊さない程度の軽さがあった。
教室に着くと、すでに半分くらいの席が埋まっていた。
隣の席に座った成瀬くんが、小声で話しかける。
「ねえ、よかったら……今度お昼、一緒にどう?」
「え?」
「無理にとは言わないけど……ちょっと、話してみたくて」
少しだけ考えて、静かに頷いた。
「……じゃあ、今度、時間が合えば」
「やった! 楽しみにしてる!」
(……少しずつ、ちゃんと"ここ"で過ごせるようになってきたのかもしれない)
そんな風に思えた。
それでも心の奥には――
いつでも守ってくれる存在が、すぐそばにいるという安心感があった。
彼の目の届く場所で、私は“普通の生活”を続けていく。
そして――それがどれほど特別なことなのか、私はよく分かっていた。




