第32話 【黒狼帝】
護衛を置き去りにして危険と思われるこの場所に、自分と共に転移して来たアサール国王を見て、リョウは貴人に対しての言葉も態度もかなぐり捨てて、彼の胸ぐらを掴みキレた。
「おい‼ アンタは何してんだ⁉」
「リョウよ! そう怒るな。我がブラクロックの国民が助けを求めているのだ! 俺が行かずにどうするのだ⁉」
しれっと、もっともな理由を見つけて言い訳をするアサール国王に対し、ジト目でその真意を突くリョウ。
「…………いや、あんたはただ面白がっているだけだよな?」
「……………………そう言えなくも無いな…」
あさっての方向に目をやりながら答える国王。
「ハァ~!」
リョウは、ため息と共に頭を抱えたのであった。
とにかく、今ここが危険な場所であるには違いないが、付いて来てしまったものは仕方が無いと諦め、
「セイ! 悪いが、こいつを見ててやってくれるか? 俺は、アルスを探してくる」
「うん。分かった」
とうとう、国王をこいつ呼ばわりしたリョウである。
「アルス!どこだ‼ 俺だーーーー!」
家の中に、転移場所と決めてある所から、家中を探し回るがアルスラからの返事が無い。
屋内に居ないと踏んだリョウは外に出て、そこで信じられない物を見て愕然とする。
「……………………何だ、あれは…………⁉」
領境一面に冬の魔物達が押し寄せ、蠢いていた。
今はまだ、夏と言える季節であるにも関わら関わらず、冬だけにしか現れないこの魔物達は異常である。それに、この数もだ。一体何が起こっているのか恐怖さえ覚える。
その時、上のほうからアルスラの声が聞えて来た。
「おーーーい! シャギー! ここだ! 俺はここに居る‼」
そこは、アルスラが住むと決まってから、新たに作った物見櫓である。その櫓の上でアルスラは、リョウに向かって叫んでいた。
その姿を確認したリョウは、一瞬で物見櫓にいるアルスラの所に転移する。
「これはいったいどう言う事だ‼」
「俺に分るかよ‼ さっき家を出たら、もうこう言う状態だったんだぞ‼ こんなのはお前の方が詳しいだろが!」
この訳が分からぬ出来事に、お互いが声を荒げて言い合うが、正直そんな事をしていてる場合ではない。
「ゾフィヤとルーナはどうした⁉」
「あ?ああ……、ベンとハーナと共に家の地下壕に居る。…………おい! あそこにいて大丈夫なんだろうな⁉ 魔物が入って来る事は無いんだろうな⁉」
「大丈夫だ‼ それは俺が保証する! だいたい、あの地下壕の守りの結界魔法陣はどこよりも厳重にしてあるんだぞ。それに、家に設置してある魔法陣と地下に張り巡らした魔法陣で、二重の守りになっているから半端な結界よりよっぽど頑丈だ!」
「ハァ~。それを聞いて安心した…………俺なんかはどうなっても良いが、ゾフィーとルーナだけは俺の命に変えてでも絶対に守りたいんだ‼」
妻と娘の安全を確認出来て安心したのか、アルスラは自分はどうなっても良いような事を言う。
その言葉にリョウは少なからずイラっとする。家族はみんな揃ってこその幸せだと思うからだ。
「その意気は良いが、お前が死んじまったらあの二人が悲しむだろうし、それからどうやって生きて行けば良いんだよ! 一番良いのは、何があっても三人共生き残る事だろ‼」
「だが…………もしも、俺に何かあって、俺が死んだらお前があの二人の面倒を見てくれ! 頼む!」
「はあ?」
「もともとゾフィヤはお前の女だろう? お前が側室にすれば良いだけの事じゃ無いか?」
リョウは心底嫌そうな顔をして、
「お前に何かあったその時は守ってやるが、お前自身が死なないようするのが絶対の前提だ! 俺は、マリアーナ一人で十分だからな。側室など要らん‼」
どうやら相変わらず、マリアーナの尻に敷かれているシャギーのようである。
今の危機的状況であるにも関わらず、今、話さなければならない事とは思え無い、下らないを話しているリョウとアルスラ。
目の前にとても信じられない事が起こると、なぜか現実逃避をしたくなるようだ。
結界に目をやりながらの下らない話だったが、結界の外側に居る魔物達は刻一刻と増えて行く。
アイスホーンウルフ、アイスポイズンスパイダー、氷雪鳥、ブリザードスネーク、等々のメジャーな冬の魔物から、見た事も無いような氷や雪で出来ている魔物も多くいる。その上変わった所では、巨大な氷熊と言われる最強に狂暴で最悪な奴までいた。
ここ近年、リョウとセイは、異常な出現数の魔物達を討伐してきたが、これ程多くの種類と数を見た事は無かった。いかにこの結界が強固に出来ていても、この魔物の数ではいつまでもつか分からない。
(どうする? ここに居る者達は俺が転移させればいいが、この結界が破られればこの付近の村や町は壊滅するだろう。その後は、当然領都までこいつらは来る事になるだろう…………本当にどうしたら良いんだ⁉)
そう考えていた所、櫓の下からセイの呼ぶ声が聞こえ、下を見たらアサール国王が櫓を登ろうとしている。
「チッ!」
リョウは軽い舌打ちをして、転移でアルスラと共に下に降りた。
「ゴメン! 兄さん。この人僕の言う事聞いてくれないんだ!」
「お前だったら力ずくでどうにか出来るだろ!」
「…………でも、やっぱり、王様だと思うとさ、恐れ多くて……」
「ハァ~」
リョウは、苛立ちを隠そうともせずに、アサールに突っかかる。
「おい! 今がどう言う状況か分かってんだろうな⁉ こんな状況であんたを守れるか俺には自信が無いぞ!」
「こんな状況だからこそ、俺の状況判断が必要だと思うのだが⁉」
「どんな、屁理屈だよ⁉」
訳が分からない事を言うアサールに、呆れるリョウ。
本来は、もっと的確に状況を判断できる人物なのだが、この異常事態が彼をも混乱の渦に落としているようだ。
その時である。突然、辺り一面に圧倒的な力がその場を支配した。
そこに居た全員がその力の大本に目をやる。
そこに居たのは、超巨大な狼だった。
その狼は漆黒に輝く体毛で覆われ、目は金と銀のオッドアイだ。その体からは、邪悪などは全く感じられず、逆に神気を纏っているようにさえ見える神々しい力だった。
その力は、ここに居る全員を圧倒し、自然と膝をつく最上級の礼をとっていた。
『この地を治める黒の末裔と、赤を纏う物よ』
その狼は、ここに居る者達の頭の中に直接話しかけて来た。
どうやらこの巨大な狼は、アサール国王とリョウに話が有るらしい。
『我はこの大陸を守護する〔五色帝神〕の一つ、北の〔黒狼帝〕と言う。汝ら名は何と申す?』
「はい。私はこのブラクロック王国のアサールと申します。これなるは、同じくこの国のロザリード辺境伯のシャギーリースと言います」
と、先程とは打って変わって神妙に名を名乗るアサール国王。
『うむ。お前達は、良くこの地を治めている。だがこれからは、それだけではこの地を治める事は叶わぬであろう』
「どう言う事でしょうか?」
『魔族の王が力を付けて来た。その証拠がそこに有る』
と、黒狼帝は結界に目を向ける。
そこは、先程にも増して冬の魔物が増えつつあった。
『こ奴らは、魔族の王からあふれ出る魔力を糧に生まれて続けておる。魔族の王を倒さぬ限り、この状況は収まらぬ。赤を纏う物よ、汝は魔族といささか係わりがあるようだな。その係わりを断ち切る為にも、お前が魔族の王を倒す事となるであろう』
黒狼帝はリョウの方へ目を向け、とんでもない事を言われてしまった。
出来れば、リョウとしては魔族との事は、こんなに大っぴらにして欲しくは無い。
だがしかし、突然そんな事を言われても、リョウはどうする事も出来ない。あの、ディールにさえ手も足も出せないで、為すがままにされていたのだから。
「とても私では無理です! 魔族の王とやらを倒す事は出来ません!」
『そうだな、今のままのお前では何も出来ぬであろう。それ故、お前はこれから大陸の〔五色帝神〕を訪ねよ。そこで、各帝神から力を授かる事になるだろ。そして、その力を持って魔族の王を討ち果たせ!』




