第28話 【シャギーとアルスラ再び】
アレッドカの出来事から1年半過ぎた頃だった。
リョウはロザリードの辺境伯邸でシャギーリースとして、嫌々ながらも領主としての仕事をこれでもかという程、完璧にこなしていた。
「御館様。お客様がお見えになっていますが、いかが致しましょうか?」
家宰のセバスが、来客を伝えに来た。
手にしていた羽ペンをセバスに向け、確か今日は一日執務室で書類仕事のはずだったと、シャギーは思っていたので訝し気に疑問を口にする。
「…………。今日、客が来る予定なんかあったか?」
「いいえ、ございません」
何か、面倒事の予感しかしないシャギーだったが、確認しない訳にはいかない。
「じゃぁ、何か? アポなしの客か?」
「アポ?」
セバスは、シャギー達の前世の言葉が分からず、不思議そうに聞いて来た。
ソファーでお茶を飲んでいたセイが、二人のそのやり取りを聞いて、クスクスと小さく笑っている。
シャギーは、気まずさからか耳を赤くして、殊更ぶっきらぼうに、
「…………忘れろ!」
と言ったが、セバスは気にしたふうも無く、了承して話を続ける。
「はい。分かりました。それで、お客様の事はいかが致しましょうか?」
「で、誰が来たって言うんだ? 俺の知ってる奴か?」
「……………………アルスラ様と奥様のゾフィヤ様と、名乗られています」
その名を聞いた途端シャギーは、すごい勢いでガタッと音を立てて立ち上がり、セバスに詰め寄り、
「どこに通した⁉」
セバスは、シャギーのその勢いに2~3歩後退しながら、少し言い淀む。
「い、いえ、まだ入り口のホールに、お待たせしておりますが…………」
シャギーは、口にこぶしをあてて考えながら、
「では、入り口脇の応接室で待たせておいてくれ!」
と指示を出し、肯定したセバスは退室して行った。
ソファーに座っているセイに目を向け、
「セイ。悪いがお前も俺と一緒に来てくれるか?」
カップを持ったまま成り行きを見ていた居たセイは、茶器をテーブルに戻しながら、その目は鋭くシャギーを見上げて、
「良いよ。武器も持って行った方が良い?」
「…………そうだな…、バスターソードじゃ大袈裟だが、丸腰では心許ないからな。……ナイフと投擲針をいくつかと、例の短剣をいつでも抜けるようにしておいてくれ」
「うん、分かった!」
あの、アルスラを相手にするのだから、用心するに越した事は無い。ゾフィヤも一緒に来ているようだが、その彼女さえも自分の手駒として使う男である。
また、魔力銃のような魔道具を持ち出してくるかもしれないし、どんな卑怯な手を使って来るか、分かった物では無い。
そして、シャギー自身も、剣帯に愛用の剣を下げ、護身用に投擲用のナイフをいくつか服に仕込んでいった。
そんな物騒な支度をしている二人を見ていたシュテハンも、剣を腰に下げながら、
「私も行くぞ!」
と、勇ましく言ったのだが、
「却下!」
シャギーに、速攻で拒否されてしまった。
「あいつは、本当に油断のならない奴なんだ。何かの拍子に、お前が人質にでもなってしまえば、俺は手も足も出せなくなる。だから、ここは荒事に慣れている俺とセイでいく! お前はここで待っててくれ」
「しかし…………」
シャギーはシュテハンの肩に手を置き、
「大丈夫だ。俺に任せておけ!」
そう告げ、シュテハンの心配をよそに、二人は部屋を出た行った。
入り口脇の応接室は、普段は身分の低い者用に使われており、万が一訪ねて来た者が狼藉を働いた時に、すぐさま追い出せるようにした作りになっている。
前々領主代行のシャギーの父ガルバンが、人を信用しない性格だったので、この様な部屋を作ったとみられる。
シャギーは慎重に応接室の扉を開けると、そこには片膝をついた正式な礼をとっているアルスラと、女性の正式な礼をとるゾフィヤが居た。
その姿に一瞬シャギーは怯んだが、用心深く声をかける。
「何の真似だ、アルスラ! 茶番をしに来た訳じゃ無いだろ⁉」
「これがお前に対する、俺の謝罪としての精一杯の礼儀だと思ったから、こうしている」
「……………………俺に対して、悪かったと思っているって事かよ!」
「ああ、本当にすまなかった」
跪いて頭を下げたままアルスラは謝罪の言葉を告げるが、シャギーとしては素直にその言葉を受け入れられない。散々、自分に対してやらかしてくれた者を、簡単に信用しろと言う方が無理だと思う。
そんなアルスラの態度を、冷めた目で見ながら、
「先ずは椅子に座れ! そんなんじゃまともに話も出来ん」
とりあえず、ここに来た真意を確かめない事には、次の行動に移れない、そうシャギーは考えた。
椅子に座ったアルスラを改めて見てみると、かなりやつれているのが分かる。頬が削げ落ち、目の下にはくまが出来ている。以前は人を引き付けて止まないその瞳も、心なしか曇っているように見えた。
こうなってしまったのもアルスラの自身の自業自得なのだが、あまりの変わりようにシャギーも憐みを感じてしまいそうになる。しかし、これがそう見せる為の、アルスラの芝居である可能性も考えられるので、油断をしないように気を付けなければとシャギーは思う。
「…………やつれたな、アルスラ」
「俺は良いさ。自分が仕出かした事の結果だからな。どんな事でも甘んじて受け入れるさ。だがな、彼女は俺のとばっちりを受けているに過ぎないから…………可哀想すぎる……」
と、ゾフィヤに悲しいような優しい目を向けながら、アルスラは話始めた。
アレッドカを出国してから、資金節約の為に徒歩でイエロキーに向かっていたが、イエロキーに入ってすぐにゾフィヤが体を壊し、医者にかかったり薬を買ったりしていて、とうとう資金が底をついてしまったと言う。
程なくして彼女は回復したが、ほぼ無一文になってしまった彼らは、イエロキーでアルスラは日雇いの仕事をしたのだが、右手首から先が無い為ろくな仕事が無く、結局、飲み屋で女給の仕事をしているゾフィヤに頼らざる終えなかった。
そして、二人はどうにか頑張り、少しづつだが資金も貯っていったのだが、アレッドカから流れて来た難民の一人が、アルスラを見知っていたらしく、街中で彼を糾弾し始めた。それに気付いた、同じくアレッドカに居たと思われる人々も加わり、収拾がつかなくなり、結局逃げるようにイエロキーを出国したのである。
イエロキーを後にしたアルスラ達は、小国群で小金を稼ぎながらブラクロックを目指したが、やはり、アルスラだと言う事がバレてしまい、結局はそこを出て行かなくてはならない状態が続いていた。
どこに行くのか当ての無い旅ではあるが、こう追い立てられると、二人は一所に留まり、静かに暮らしたいと思うようになっても、仕方の無い事だった。
そんな時、また、ゾフィヤの体調に変化があったのである。
「こんな事を、お前に頼める義理じゃ無いが、住む所と仕事を俺に与えてくれないか?……いや、どうか私に仕事を与えて下さい! シャギーリース辺境伯様‼」
アルスラは立ち上がり、頭を下げた。
そんなアルスラを信じられない目で見ながら、シャギーは、
「…………何を企んでいるんだ? お前が、頭を下げるなんて。真夏に雪でも降りそうだぜ!」
と茶化すように言ったが、次のアルスラの言葉に彼の真実見た気がした。
「信じてくれ! 俺は何も企んでなど居ない‼…………彼女が、ゾフィヤが俺の子を宿したんだ!…………だから、少しでも安心して子供を産める場所が欲しいんだ! その為になら、俺は頭だろうが何だろうが、誰にだって下げるさ‼」
シャギーは、黙って俯いて、固く手を握り締めているゾフィヤを見て、
「本当なのか?」
「…………はい、そうです。ご領主様」
「やめてくれ‼ そんな言い方をするのは! 以前と同じシャギー良い!」
「でも…………」
ゾフィヤの為なら何でもすると開き直ったアルスラと、あくまで領主と対面しているのだと言う態度を崩さないゾフィヤ。
この二人を見て、シャギーは信じてみても良いのでは無いかと思い、セイに目を向けて意見を聞いてみる。
「セイ。お前はどう思う?」
「ん~。僕は、この二人を信じても良いんじゃないかと思うよ」
「その心は?」
「…………勘かな?」
思わず、脱力したシャギーだった。




