第19話 【ルルナス大迷宮】
そんなリョウの様子に、セイは少なからず恐怖を覚えて、思わず呼び掛けてしまった。
「…………兄さん…………」
「ん? 何だ、どうかしたか?」
振り返ったリョウは、いつもの優しい笑顔のリョウだった。
「…………ごめん。なんかいつもの兄さんじゃないみたいで…………怖かったんだ……」
「そうか。…………悪かったな……ただ、ここに来たら急に色々思いだしてしまってな。まあ、柄にもなく感傷に浸っていただけだから、心配するな」
いつもの様にセイの頭に手を乗せ、クシャクシャと髪をかき混ぜる。
セイに要らぬ心配をさせてしまったが、リョウはリョウで、辛く苦しい子供の頃を思い出していた。そんな過去の自分と今の自分の境遇が、あまりにも違いすぎて思わず笑ってしまっていたのだ。
それはさておき、二人は気を取り直し、目の前の木に生っている『アプト』をもぎ取って、『白の魔森』からイエロキーの家に転移で帰って行った。
三種の素材が手に入った所で、セイの錬金術の出番である。
いつもの離れに行き、錬金術台に向かい素材を加工して並べる。セイが、錬金術の複雑な魔法陣を素材が置いてある台に書き込み、魔力を流すと一瞬まばゆい光を放った。
光が収まった後、台の上には一塊の白く輝く繭のような形の物体が乗っていた。
セイがそれを手に取り、しげしげと見ながら、
「うん! 成功した‼ 良く出来ている」
と感想を述べていたが、リョウは、
「…………え~と。それで出来上がりなのか? それをどうやって使うんだ?」
リョウにとっては、予想外の物が出来て来たので、恐る恐る聞いてみた。
「ん? ああ! あとはこれを、砕いて細かい粉末状にして鼻から吸引するんだよ。『ガディヤ』自体の使用方法も吸引だから、事前に吸引しておけば、『ガディヤ』の成分を体に取り込むのを防ぐ効果があるって、『検索』に書いてあったんだ」
「ああ、成程。予防接種で抗体を作るようなもんか」
「そうだね。そう思ってもらって良いと思う」
これで準備は整った。あとはアレッドカに行くだけとなった。
『ルルナス大迷宮』では、アルスラが手配した冒険者兼ガイドが2人付いた。
ベーナとジルと言うA級冒険者である。彼らは61階層まで踏破しており、50階層はそこより深い階層に行く為のベース拠点にしている。
50階層は『ルルナスの雫』に代表されるように、貴重な花や珍しい虫の魔物が出現する階層であり、セーフティーゾーンが5か所もあると言う珍しい階層になっていて、この50階層をベース拠点としている冒険者が数多くいる。
『ルルナス大迷宮』は、5階層ごとに『転移柱』がセーフティーゾーンにある。
『転移柱』は、文字通り柱状の大きな魔石で、これに触れる事によって、ダンジョンの入り口及び任意の『転移柱』のある浅い階層に転移できるようになっている。
しかし、その階層主の魔物を一度は倒さないと『転移柱』は使用する事が出来ない為、深い階層に行くには、深い階層主の魔物を倒していない限り、転移で行く事が出来ない仕組みになっている。
「リョウさん、この先の角を曲がった所が、『ルルナスの雫』の群生地になります。念のため、『ビッグポイズンビー』除けの香を焚きますね」
と言って、ベーナが香らしき物に火をつけた。
辺りに何やら甘い匂いが漂いだし、リョウもセイも、初めの内は甘くきつい匂いに辟易していたが、次第に匂いに酔い始め二人の目が虚ろになり、動作も緩慢になって行った。
あらかじめ『ガディヤ』の解毒薬を使っていたベーナとジルは、
「もう完全に薬が効いているな」
「ああ、この『ガディヤ』を使われてはドラゴンスレイヤーでも、どうにもならないさ!」
二人は『ブラット』をおびき出し『ガディヤ』で自由意思を奪い、こちらの思うがままに動かす人形にしろと、アルスラに指示されていた。
「もう良いだろう!『ガディヤ』の煙も無くなった。アルスラ宰主に報告して来い!」
「ああ、分かった! お前は、魔力封じをそいつらにはめておけ!」
ジルは急いでセーフティーゾーンに向かい、そこから外に出てアルスラに報告に向かった。
その時、自分たちの思い通りに事が運んだと思っている、ベーナの首に冷たい感触のナイフがあてられ、口をふさがれた。まったく、何の気配も感じられなかった。
「大人しくしろ! 少しでもおかしな動きをすれば、胴から首がおさらばする事になるぞ‼」
リョウの押し殺した凄味のある声に、ベーナは震える事を押さえられなかった。
『ガディヤ』は二人に効いたはずでる。あの虚ろな目と緩慢な動き、これらは『ガディヤ』を使用した時に現れる典型的な症状だ。それなのに、今、自分の首にナイフを突きつけているリョウは、『ガディヤ』の影響を全く受けていないようだ。どうなっているのか分からない。混乱の極みに陥るベーナだった。
「ったく! アルスラはこれを俺に付けるのが好きだな‼」
ベーナを拘束し床に転がしたリョウは、自分に付けられそうになった魔力封じの首輪を、指でクルクル回しながら呆れたように言った。
「それだけ、兄さんの魔導士としての力を警戒しているんでしょ⁉」
セイは、もう一つの魔力封じの首輪を力任せに握りつぶしている。
あり得ない状況に、床に転がされているベーナが、
「どう言う事だ! お前達『ガディヤ』が効いていたはずだ! こんなにすぐに効き目が切れる事などあるもんか‼」
と、悔しまぎれに叫んだ。
「そうだね、効いていたならすぐに効き目が切れないよね…………フフフㇷ、効いていたらの話だけどね」
「そうだな、効いていたらだよな!」
その言葉でベーナは、二人が初めから『ガディヤ』の影響が全く無かったんだと、この時はじめて思い知った。
リョウとセイは、ベーナとジルが『ビッグポイズンビー』除けの香をたくと言った時点で、今回の話がおかしい事に気が付いた。
アルスラからの依頼は、大量に発生している『ビッグポイズンビー』を討伐して欲しいとの事だった。しかし、『ビッグポイズンビー』除けの香があるなら討伐などは必要ないのである。
だから、この矛盾で裏があると分かったのだ。
まあ、どちらにしても、リョウとセイは解毒の薬を『ルルナス大迷宮』に入る以前に、使用しておいたから『ガディヤ』の影響は受けずに済んだのである。
「お前らだけが解毒の方法を知っていると思うのは、いささか甘い考えじゃないのか? 俺達だって『ルルナスの雫』と『ビッグポイズンビー』の魔石から出来る薬が何かを、知ることは出来るんだぜ」
「そうそう! だからそれに対抗するための薬を用意する事も簡単なんだよ!」
初めから『ブラット』はこちらの意図に気付いていて、『ガディヤ』の解毒薬まで用意してあったらしい。完全に裏をかかれてしまった。
「さて、アルスラからの次の指示が来るまでに、チョッとお前に聞きたい事がある。大人しくしゃべってくれたら何もしないが、そうじゃなきゃ…………」
リョウの凄味のある表情をした脅しにセイは、
「兄さん! その脅し方だと、話したい事も話せなくなっちゃうじゃないの?」
変な心配をしている。
「オッといけねぇ!…………まあでも、この顔だと凄味も半減するけどな」
確かにリョウの顔はイケメンすぎて、脅しには向かない。その点、シャギーの凶悪そうな顔は脅すにはもってこいなのだが…………。今は、『ブラット』のリョウである。
それはさておき、ベーナはアルスラからの指令の内容を、なかなか話したがらなかったが、リョウより怖いセイの脅しでようやく口を割った。
セイは、可愛い顔でえげつない脅しをした。
ニッコリ笑って、アイテムボックスから錬金術で作った様々な薬を取り出し、一つ一つその効能を説明しながらベーナに飲ませようとしている。
その様子をリョウは、只々呆れて見ていた。
セイの、体の良い人体実験だった。




