第6話 【ゾフィヤ】
ゾフィヤがベッドに乗り上げて来て、シャギーに小瓶の液体を飲ませようとする。ゾフィヤから小瓶を取り上げ動けない様にしたかったが、薬の副作用か何なの分からないが、女にしては凄い力でシャギーを押さえつけて来る。
シャギーは必死に小瓶から口を背けるが、いよいよ薬を飲まされそうになったその時である、急にゾフィヤが気を失いシャギーに倒れこんで来た。
何が起こったか訳が分からない、唖然とするシャギー。
「お待たせ、兄さん!」
セイの明るい声が部屋に響く。
セイのその声を聞いたシャギーは、安堵の為か体中から力が抜けそうになってしまった。
セイは隠ぺいで姿を隠したまま宰主邸を見て回り、やっとシャギー達が居る部屋を見つけた。
部屋の扉の前に少し様子がおかしい一人の女性が立っていたが、セイは彼女に構わず扉の陰から部屋の中の話を聞くことにする。
その時、中から呼ばれたのか、彼女が部屋に入って行く。セイも一緒に部屋の中に入って行き、部屋の隅で彼らの話を聞きながらシャギーを救出する機会を狙っていた。
アルスラが部屋を出たタイミングで、セイはゾフィヤに近付き首に手刀を落として意識を刈ったのである。
姿を現したセイは、呆れた様子を隠そうともせず、
「兄さん! さっき自分でアルスラには気を付けろって言ってたよね! 何で自分が捕まっちゃうかなぁ~⁉」
「…………面目無い……」
グウの音も出ない。借りてきた猫の様にしょげ返っているリョウだった。
「でも、本当に助かったよ。こんな物飲まされて行為に及んでいたら、いったいどうなっていたか分からないからな」
と言って、ゾフィヤが持っていた小瓶を取り上げた。
「兄さん、とにかく服を来なよ。別に、裸が好きって訳じゃ無いでしょ?」
「まあそうなんだが、俺の服がどこに有るか分からんからなぁ~」
「アイテムボックスから出せばいいじゃん! バッグが無くても取り出せるでしょ⁉」
シャギーは自分の首を指さして、
「…………それはそうなんだが、こいつを付けられてしまったんで、魔法が使えないんだ! アイテムボックスから物を取り出すにも多少の魔力は必要だからな」
シャギーの首に見慣れぬもにが有るのは分かっていたが、それ自体が何なのかセイは知らなかったので、
「何それ?」
「これは、魔力封じの首輪だ。さすがの俺もこれを付けられたら、全く魔力を使う事が出来なくなる。本当に、魔導士泣かせの代物だよ」
セイは、
「フ~ン」
と気のない一言を言ったと思ったら、首輪に手をかけ力任せに首輪を引き千切った。
「これで良い?」
「…………あぁ……ありがとう…………」
と、さすがのシャギーも唖然としながらお礼を言っていた。
それからの行動は早かった。シャギーはアイテムボックスから、着る物と予備の指輪、それと髪飾りを取り出し身支度を整え、気を失っているゾフィヤをベッドに寝かせた。そして、効くかどうかわからないが、解毒の魔法をかけて彼女の異常な様子を治療した。その後、彼女が持っていた小瓶の中身を少々頂いて、残りはベッド脇の台に置いておいた。
小瓶の中身を頂いたのは、これがただの媚薬と思えなかったので、家に持って帰って鑑定する為である。
「とりあえず、イエロキーの家に転移するか⁉」
「そうだね。そうすれば、絶対に追ってはこられないだろうからね!…………でも、転移陣を設置しっぱなしで良いの?」
リョウはニヤっと笑って、
「最近俺は一度行った場所なら、転移陣が無くても転移できるようになったんだ」
どうだ凄いだろうと言いたげに胸を張ったリョウだったが、
「捕まっちゃうポカが無ければ凄いよ」
と、鋭いセイのツッコミに撃沈させられた。
イエロキーの家に戻ったリョウとセイは、お互い何があったのか話し合った。
「あのギルマスは、僕が捕まって居た人買いのリーダーだったんだ」
「あいつがか⁉ とんだ人間をギルマスに据えたもんだな。全く、アルスラは何考えてんだ⁉」
いかに能力が有ろうとも、犯罪組織のリーダーを組織のトップにするとは、あきれてものが言えない。恐らく人身売買は、今現在も行われているのだろうと考えられる。
となるとミーニャの件も、あのヴィーゴが関わっていると思って差し支えないだろう。
イエロキーのマミーナリサ女王が言っていた、人身売買組織はラドランダー大陸中に下部組織が有ると。これは、何としてもあの組織を壊滅に追い込まなければ、まだまだ被害が広がりそうである。
持って帰って来た小瓶の中身を、リョウが鑑定のスキルで鑑定した所、媚薬は媚薬でも違法な魔法薬で麻薬成分が殆どを占めていて、常習すると麻薬中毒で禁断症状が出る様な危険な代物だった。
あのゾフィヤの状態はもしかすると、すでに中毒になっているのでは無いかとリョウは気をもむが、今は何の証拠も無い。必ず、証拠をつかんで、ゾフィヤを助けると心に誓う。
「あの人、ゾフィヤさんって言ったっけ? 兄さんの知り合い?」
「…………彼女は、俺が初めて愛した女だ」
リョウは当時を懐かしむかのように、優しい視線を上に向けて話している。
「それじゃぁ、マリアーナさんは何だったの?」
セイのもっともな質問にリョウも真面目に答える。
「まぁ、マリアーナは幼馴染だからな、当時は妹のような感じと思っていたから、色恋とは思わなかったんだが、再会した時思ったのが、ああ、俺はマリアーナが好きなんだ、初恋だったんだ!とな」
マリアーナへの思いとは別に、ゾフィヤに対する思いは恋と言うより、大人の愛だった。事実、二人はその愛をはぐくみ合っていたのだから。
「でも、別れちゃったんでしょ?」
「そうだな…………アルスラと袂を分かつ事となった時、一緒に来いって言ったんだけどな、自分は俺より年が上だから、俺の足手まといになりたく無いって言って、アレッドカに残ったんだ。こんな事になるって分かっていなたら、強引にでも連れ出せば良かったよ!」
「ねぇ。あの人置いて来ちゃって良かったの? 連れてきた方が良かったんじゃない?」
セイの言い分は尤もではあるが、
「おそらく連れてきた場合、俺達があいつの女を誘拐したとか言って来るんじゃないのか? まあ、置いてきた場合でも、無かった既成事実をでっち上げるなんて事を、あいつは何とも思わずやるだろうけどな」
今のアルスラならどんなことでも平気でやると確信できるリョウだった。
「それじゃぁダメじゃん! どうするのさ!」
「俺は、今日アレッドカにいなかった事にするしかないな。………ちょっと、ロザリードに行ってアリバイ作って来るわ」
リョウはそんな事を言いながら、あっという間に転移して行ってしまった。
リョウは考える、悔んだ所で過ぎ去った過去は変えられない。今、考えるべき事は、アルスラが関与している犯罪をどうするかであって、過去を嘆く事ではない。
しかし、S級と言えどただの冒険者である。こうも広範囲にわたっての犯罪は手に余る。ここは一つ、マミーナリサ女王とアサール国王に、お伺いを立てるのが得策だと結論づけた。
一方アレッドカの宰主邸ではアルスラとヴィーゴが、二人の情事が終わったと思われる頃に部屋に行ったが、そこにはベッドで眠っているゾフィヤが一人いただけだった。しかも、明らかに何事もなかったのは、一目見て分かった。
「…………これは、いったい、どう言う事だ⁉ シャギーはどこに行った⁉」
ヴィーゴは顎に手を当てながら、
「……宰主閣下、恐らくですが、『ブラット』の片割れが助けに来たと俺は思います。あの後、どこを探してもあいつを見つける事が出来ませんでしたから」
自分達の裏をかいた『ブラット』に、ヴィーゴは目をギラつかせながら、強敵の存在に高揚感を感じていた。
「奴らは、伊達にS級冒険者と言っている訳じゃ無いって事です。ヤバい橋をいくつも渡って今に至るんでしょうからね。俺達が知らない様な手も使えるって事でしょう。それに…………あいつらは『ドラゴンスレイヤー』ですしね」
いつか、必ずあいつら『ブラット』を叩きのめすと、心に誓ったヴィーゴだった。
爪を噛み、暗くなった窓の外を見ながらアルスラは、
(シャギー! どんな手を使ってでも、絶対にお前を俺の前に跪かせて見せる‼ 首を洗って待っていろ!)
暗闇に吹きすさぶブリザードの様な、暗く冷たい闘志を胸に燃やしていた。




