第30話
フブキが、自分の身代わりになって闇の血を浄化してくれた。闇の血に犯された自分を救ってくれた、それは本当に嬉しいし助かったと思えるが、フブキが居なくなってしまった事がこれ程ショックに思えるとは。
ブリザードスネーク討伐の時、正直言ってドライアドに、無理やり押し付けられた感が凄かったが、自身の一部になってしまったので、居ないのがどう表現して良いか分からない位、寂しく悲しい。声を上げて泣きたい程である。
「今回の事は、あの子が大好きだったあなたの為に、あの子の尊い犠牲の上であなたが救われたのです。ですが、二度は無いと思って下さい。次は有りません」
「はい。肝に銘じて!」
シャギーは跪き、最上級の礼をドライアドに返した。
「では、私はこれで…………」
ドライアドが消えそうになった所をマリアーナが呼び止めて、どうしても聞きたかった事があった。
「待ってください! 失礼を承知でお尋ねします。シャギーリースは、もう、魔族になる事は無いのでしょうか?」
その、マリアーナの切実な思いに、柔らかく微笑み二人を見ながら、
「そうですね。今後は何の愁いも無く、契りを結び後継を残す事が出来ます。その者は新たなるこの地を治める者となるでしょう」
と、シャギーとマリアーナ二人を真っ赤にさせるような事を、サラッと言ってドライアドは周りに溶け込むように消えて行った。
赤くなっている二人を、シュテハンは生暖かい目で見ながら咳払い一つして、
「んっん! これで何の心配も無く子作りに専念できるな! シャギーリース!」
「おっ、おまっ! お前! 言い方‼」
耳まで赤くなったシャギーの叫びに、その場の緊張が解れ誰ともなく笑いだし、森が穏やかな雰囲気に包まれた。
爽やかな秋の気配が満ちている森で、シャギーは空を見上げ、
(フブキ、ありがとな! お前に救って貰ったこの命、何があろうとも絶対に粗末にしないからな!)
と、空にフブキを思い描きながら心に誓う。
屋敷に戻ったシャギー一行。シャギーはシュテハンに、改めて8歳の時の『白の魔森』での出来事を話した。
「そんな事があったのか⁉ なぜ、今まで話してくれなかったんだ? みずくさい!」
「まあ、そうは言ってもなぁ。言っていたらお前は普段通りに俺と接する事が出来たか? さっきだって、お前は俺の事を凄い目で見ていたぞ」
そうシャギーに指摘されたシュテハンは、気まずさに眼を逸らせた。
「気にするな! そうならないように誰にも言わずに生きて来たんだからな」
「でも、セイ君には話したのでしょう? 婚約者の私を差し置いて!」
「マリアーナさん。あの時はやむにやまれぬ事情があって、その事が無ければ兄さんも僕には話さなかったと思いますよ」
初めの内は魔族化の話をしていたのが、いつの間にか誰に一番に話したかと言う、変な事態になってしまった。しかし、シャギーは本来なら深刻な話を、笑いながら話す事が出来る日が来ようとは、思ってもみなかった事で、表現のしようが無い程、泣きたくなる位嬉しい事だった。
その後、マリアーナは以前にも増して結婚準備に精を出し、付き合わされたシャギーを辟易させていた。
シャギー、シュテハン、マルクスは、山ブドウ(ラドランダーではシーレルと言うらしい)を大量に集め、ワインにするべく加工をしたり、シーレルを人の手で作る事が出来るかを、色々な村や町に栽培の委託したりいしてした。
セイは…………いつも通り錬金術で、離れを盛大に爆発させていた。
短い秋が終わりを迎えるころ、シャギーとマリアーナの結婚の儀が王都のシホワロイト教教会で執り行われた。
大臣、有力諸侯、地方諸侯が居並ぶ中、二人は静々と祭壇へと向かう。
マリアーナはラドランダーの結婚式のドレスとしては珍しい、純白のドレスと頭には透き通るような繊細なレースのベールとティアラ。
シャギーは、逆に、深紅のフロックコート。随所に白の絹糸と銀糸で刺しゅうを施してある。赤い髪も今日は綺麗に整えてあり、髪飾りには、今日の為に作った細かい銀細工の台に、赤と濃い紫の魔石を施した物を付けている。
余談だがこの後、結婚式に白のドレスを着てベールを付ける事が、ラドランダーでは流行る事となる。
列席していた各婦人方が、ドレスに使われている真珠の量に驚きを隠せない。
真珠の養殖など有る訳無いので、この量は異常と言って良い程である。金額にしたらそれこそ一つの領地が買えてしまえそうである。
これが、シャギーのポケットマネー(『百貨店』なのでさほど高額ではない)から出ている等とは誰も分からいから、彼が領地の金を散財していると思っている者が結構いたりする。
(…………凄い真珠の量ですね)
(何だあれは! あの真珠の金はどうしたんだ!)
(前領主代行も金を使いまくっていたが、息子も息子だ! 2代揃って愚か者だなっ‼)
(私。ロザリード辺境伯の側室になれないかしら?)
羨望と陰口のオンパレードである。
礼拝堂の一番後ろの席に座っていたセイは、そんな列席者達のひそひそ話聞いて、ため息一つ、
(ハァ~、兄さんって何をやっても、トラブルになってしまうよね~)
と、諦めの境地になっていた。
誓の宣誓の後、シャギーはマリアーナのベールをめくり、その赤く艶やかな唇に口付けをし、式はつつがなく終了した。
夜に行われた二人のお披露目は、王都のロザリード辺境伯邸の庭で趣向を変えて行われた。盛大に色とりどり魔石の明りを灯し、楽団を入れ賑やかに行われ、立食用のテーブルをいくつも配しご馳走を並べ、休憩用の椅子やソファーも用意してある。
二人の衣装は昼間の趣を逆にして、真っ赤なドレスのマリアーナと、真っ白なタキシードのシャギーとなっていた。
「つっ、疲れた! 早く楽になりたい」
「もう! シャギーリースったら! もうちょっとシャンとしなさいよね!」
そう言われても、普段は冒険者。規則にあまり縛られない気楽な生活をしていたので、こうもお偉方に囲まれ、堅苦しい服を着せられては、愚痴の一つも出ようと言うもの。
「これ以上疲れたら、今夜お前を抱く事が出来なくなりそうだ」
思わずうっかり本音を口にして、真っ赤になったマリアーナから、背中に手形が付きそうな位の平手打ちを受けてしまい、
「………な、何て事言うのよ! 知らない! シャギーリースのバカーーー‼」
ドレスの裾を掴んで走り去るマリアーナを、唖然とした表情で見送るシャギー。
「…………今のは、兄さんが悪いよね」
「もう少し、女性を思いやる事を覚えろ! シャギーリース」
セイとシュテハンに白い目で見られながら、説教されてしまった。
その後、シャギーはマリアーナを追いかけ、謝り倒してどうにか許してもらい、お披露目も済み、無事二人だけの夜の時間を過ごす事が出来たのである。
二人でベッドに腰かけ、シャギーが用意した甘めの軽いお酒を飲みながら、
「マリアーナ。俺は、冒険者をやめるつもりは無い。冒険者はイエロキーが主体になるから、冒険者をしている時はここに戻ってこられない。その間、お前は女主人としてここロザリード辺境伯邸を守って欲しい」
「もう! しょうがないわね。…………分かったわ、私に任せてちょうだい。立派に女主人を務めて見せるわ」
「ありがとう!…………それで、これを受け取って欲しい」
シャギーにとって、と言うより僚佑にとって結婚に欠かせない物、結婚指輪をマリアーナの左薬指にそっとはめた。
その指輪は、細かな彫金がされたプラチナの台に、ルビーとエメラルドを品よく装飾してある、美しい指輪だった。
指輪をはめた手をみて、
「…………綺麗! なんて綺麗なの⁉ ありがとう、大事にするわ!」
「喜んでもらえて良かったよ。マリアーナ、これからはもうお前を泣かせるような事はしないと誓う! だからよろしく頼む!」
「ええ! こちらこそよろしくお願いします」
部屋の明かりを落として、二人はお互いの愛を確かめ合った。