第20話 【お茶目な王様】
宰相のブランドンが一筆書くと申し出た事により、後に続けと申し込もうとする人々が続出した。
しかし、ここで国王アサールが、
「鎮まれ! 今日よりは砂糖に関する事は、国で一切を仕切る事にする! ロザリード卿もその様に考えてくれ」
(なるほど、そう来たか。確かに、有象無象にやらせて、砂糖事業が失敗したら目も当てられないからな)
「ハッ、仰せのままに」
胸に手を当て首肯する。
「詳しい事は、あとで人を寄こすので、しばらくここで待機するように!」
「承りました」
ともかく、査問委員会の様な集まりは、割とあっさりお開きになった。一部貴族たちの、砂糖事業を独占しようとの思惑を失敗に導いて。
シャギーは、待てと言われたので待っていたが、程なくして文官がやって来て、部屋を移動するように言って来た。
その文官の後に続いて歩いていると、何かデジャヴの様な物を感じる。それは、王宮のプライベートスペースのような場所に来てしまったからだ。
以前、イエロキーの王宮で同じ事が有ったので、
(これは、逃げられない奴か…………ハァ、どうしてこうなるかな?)
連れてこられた場所は、イエロキーの時の小部屋と違い、窓が大きく開け放たれ、綺麗に整えられた庭が美しく見える、応接室の様な場所だった。
そこにはすでにアサール国王が座って待っており、宰相のブランドンが傍に控えていた。
「呼びたててすまなかったな。こうでもしないと、外野が煩くてかなわん。あいつらは俺に反対意見しか言わないからな」
「いいえ、本来の自分の立場であれば、このように直に言葉を交わす事さえ叶わないのですから、ご配慮に感謝いたします」
「…………? 辺境伯であれば、王と話をしても何もおかしくは無いと思うが?」
心底不思議そうに言う。
リョウは、自分の勘違いに思わず苦笑いをして、
「私は、平民としての冒険者家業が長かったので、つい貴族と言う事を忘れてしまいました」
「成程『ブラット』のリョウだったか?」
「はい」
アサール国王は、シャギーが思っていた人物とは、かなり違うと感じた。
一見、模範的なこれぞ王様と言う感じではあるが、こう面と向かって言葉を交わす限り、思慮深い反面、豪放磊落な性格の様だ。
でなくては、この若さで王座に就く事など、出来なかったであろうとシャギーは思う。
腹違いの弟が見るからに悪役じみていて、笑いたくなるが。しかし、あちらにも多数の後見人を名乗る貴族が付いて居るので、アサール国王は気を抜く事が出来ないだろうと推察する。
「ところで、イエロキーの女怪にずいぶん可愛がってもらっているようだな?」
「女怪?」
「あのばあさんの事だ!」
笑いながら怖い事を言う。
(え~! 女王陛下をそう言うんだ。…………おっかねぇなぁ。バレたら、俺がどうにかされそうだぜ)
と思いながらも、
「はい。色々と面倒を見てもらっています」
ニヤッと悪い笑みを浮かべながら、
「どうだ、俺に乗り換え無いか? あのばあさんより優遇するぞ!」
「…………そう申されましても…………アサール国王陛下にお仕えするのは吝かではございませんが、正直どちらも同じようにお仕えしたいと考えている所存です」
マミーナリサ女王には、色々弱みを握られているのと、イエロキーの暮らしやすい気候の良さが、シャギーをイエロキーに留めているのである。
「そうか、無理にとは言わんが、気が向いたら俺につけ!」
「私は、王弟殿下ではなく陛下にお仕えしていると思っておりますので、私に出来得ることであれば、何なりとお申し付けください」
「そうか、そう言ってくれるのであれば、一つ頼みが有る」
「何でございましょうか?」
「イエロキーの女怪と同じように、俺が呼んでもすぐにここに来れる様にしろ」
なぜその事を知っているのか、それは女王陛下とローランと自分だけの秘密であったはず。どこから、その事が漏れたのか寒気がする思いがした。
しらばっくれる事も出来るが、この国王には通じなさそうであるので、直球で聞いてみる。
「どこでその事をお知りになられたのでしょうか? その事はほんのわずかな者しか知らない事なのですが」
「話すと思うか?」
「いいえ、思いません」
「ふっ! 良い答えだ!」
「まあ、国を運営すると言う事は、情報にも通じていなくては後れを取るからな。伝手は、いくらでもあるさ!」
やはりこの国王は、ただ者では無いと思う。前世の世界でも情報を制する者は、世界を制すると言われていた程だ。
であるならば、シャギーとしてはこの王に付くのがベストと判断し、
「じつの所、イエロキー王宮のとある場所に転移の魔法陣を設置してあります。女王陛下から手紙鳥が送られて来たならば、すぐさまそこに転移をすると決めてあるのです」
「手紙鳥か…………国を超えては届かぬな」
少し落胆した様子で握った手を口に当てる。
「そう気落ちされる事はございません。私は転移陣の研究をしており、このほど物を送る事が出来る転移陣を構築する事が出来ました。とは言っても、今の所、書類等の紙しか送る事しか出来ませんが」
パッと分かりやすく表情を変え、
「では、早速その転移陣を設置してくれ」
リョウは考えるように、設置場所について意見を述べる。
「出来れば人目に付かずあまり人が訪れない、なおかつ陛下がそこに居られても、違和感のない場所が有れば一番良いですね」
「なぜだ?」
「来いと言う手紙が来たならば、すぐにその場に私が転移をします。あまり人の目に触れたくは無いので、密かに陛下にお会いするのであれば、その場で手紙を書きその場で送り私がその場に転移をすれば、手間が省けます」
しばし考え納得したのか、宰相に向かって、
「良い場所に心当たりが有るか?」
宰相ブランドンは目を上に向け考えながら、
「…………陛下の、亡くなられた御母堂様のお部屋がよろしいかと」
「成程、あそこならば俺しか出向く事が無いな」
それを聞いたリョウは慌てて、
「そのような思いで深い場所では、私の方が恐縮致します!」
「気にするな。俺の母は賑やかな事が好きだったが、今は誰も訪れぬから寂しい思いをしているだろう。だから、ちょうど良い!」
善は急げとばかりに、その部屋に向かう国王と宰相。その際、シャギーは姿を見られると都合が悪いので、隠ぺいの魔法で姿を隠して二人に付いて行く。
その場所は、穏やかな日差しが差し込む、気持ちの良い部屋だった。そう大きくは無いが、キチンと整えられ掃除も行き届いている。部屋の中は、趣味の良い落ち着いた雰囲気の調度品が置かれており、庭には、花々が競い合うように咲き乱れ、短い花の季節を謳歌している様である。
「素敵な部屋ですね⁉」
「だろ⁉ 母のお気に入りの場所だからな」
王の母だけではなく、王自身も気に入っているのが分かる答えだった。
「では、転移陣ですが、私自身が転移してくるものと、手紙を転移させるものと2か所必要になりますので、場所を指定して頂けますか?」
王は顎に手を当て、考えながら、
「そうだな……手紙は、そこの文机の上に頼む。書いたらすぐ送れるからな。シャギーリースが転移してくる場所は…………ん!そこの暖炉の前が良い! 事前の調べでお前は、寒さに弱いと書いてあったから丁度良いだろ⁉」
ニヤリと悪い笑顔で話すアサール国王であった。
シャギーは何でそんな事まで知っているんだと、顔を引きつらせる。
早速、転移陣を描いたが、例のごとく無詠唱なので、ここでも国王と宰相を驚かせてしまい、宰相には宮廷魔導士にならないかと、別件のスカウトを受けてしまったシャギーである。
シャギーは、手紙の送り方を王にレクチャーしたが、その折、場合によってはすぐに来る事が出居ない旨を伝える。
曰く、他の依頼を受けすぐに動けない場合とか、イエロキー王女に会っている場合とか、その他エトセトラ。
「そうした時は、緊急でない場合は申し訳ございませんが、時間をずらし再度送っていただけると助かります」
「緊急の場合はどうするのだ?」
シャギーはしばし考え、
「…………そうですね…………このブラクロック王国とイエロキー聖教国の2国間で、書類をやり取りできる転移陣を設置するのはいかがでしょうか? 国同士の為にもなると思いますし、私の居場所を国王陛下と女王陛下とで、お互いに確認出来る様になりますから」
宰相のブランドンも良い考えだと思ったらしく、
「書類しか送る事が出来ないのであれば、それ程の脅威にはならないのでは無いかと推察いたします」
「それは、イエロキーのばあさんに確認を取らなくて良い事なのか? お前の一存で決めて良いのか?」
もっともな事であるが、シャギーは事前にマミーナリサ女王から、ブラクロック王国につなぎが取れないかと、言われていたのである。その旨をアサール国王に伝え、斯くしてここにラドランダー大陸初、2国間でのホットラインが誕生したのである。




