第5話 【シャギーって‼】
翌朝、イースが目を覚ました時、すでにシャギーは起きていて、窓のそばに立っていた。
夕べと同じように窓の外を見ている。
(外に、何かあるのかな?)
寝起きのはっきりしない頭でそう思ったが、
「起きたか?朝飯食いに行くぞ」
と言われて、慌ててベッドから降りた。
夕べと同じテーブルで朝食をとり食べ終わると、シャギーが無言で二階に行くぞと、顎で指し示した。
部屋に戻って来てすぐシャギーは、イースが今まで見た事が無い、十㎝位のサイコロの状の金属を、ベッドのそばのテーブルに置き、スイッチの様なものを押し、
「これは、俺が作った魔術具で、この部屋の音を遮断し、外に音を漏らさないように出来るものだ。後、外からの視線もごまかすことが出来るようになっている」
魔導士や錬金術師でも無いシャギーが、なぜそんなものを作れるのか不思議だったが、その後一言も話さない彼に聞けるはずもなく、ただ黙って次の言葉を待つ。
ベッドに腰かけたシャギーは、組んだ手のひらをテーブルの上に置き、窓の外に目をやり、黙ったままである。
この何とも言えない沈黙にイースは耐えられなくなり、
「……ねぇ、シャギー。具合が悪いんなら、無理しないで横になった方が良いんじゃないの?」
「ん? 具合なんて悪くないぞ。むしろ、良く寝たからスッキリしているくらいだが?」
「そぉ?…でも、顔色すごく悪いけど…」
目を見開き、さも今思いだしたかのように頬を撫で、
「そういえば、夕べも今朝も顔を洗ってなかったな」
と言い、いつもベルトに付けているポーチから、おもむろに、この世界ではありえない物を取り出していった。
それは、チューブ入りのクレンジングクリームであった。他にも、女優ミラーの様なライトのついた鏡や、フワフワタオル、ティッシュボックス、ウエットティッシュ等々。
あまりの驚きに言葉も出ないイースを見ながら、それらを使って顔色の悪いメークを落としていった。
ハッと、気を取り戻したイースは、もう完全にパニック状態である。
「何なのそれ! なんでそんなもんが有るんだよ⁉ いったい何なのさ‼」
「まあ、落ち着けよ」
メークを落とし、サッパリした顔のシャギーが苦笑しながら言ったが、イースはいつもは怖くてたまらない彼に掴みかからんばかりに詰め寄り、
「落ち着いてなんかいられないよ!」
と、叫ぶ。
正直、どこをどう突っ込めば良いのか分からない位、訳が分からない気持ちでいっぱいになっていた。
両手をあげ「まあまあ」とでも言いそうな素振りで、
「イース、お前、前世は日本人だろ?俺もそうさ」
シャギーの衝撃の告白である。夕べの4千円の事があったので、もしかしたらそうではないかと思いもしていたが、あんまりな言い様である。
その様子を見ながらシャギーは、
「やっぱ、音、遮断しておいて正解だったな」
ニヤリと笑って、いけしゃあしゃあと言ったのである。
「まず、お前もおおよその見当がついていると思が、このポーチは…」
「マジックバッグ‼」
「…ではなく、アイテムボックスの取り出し口をポーチに設定して、マジックバッグの様にしているのさ」
「えっ⁈そんな事出来るの?」
苦笑しながらシャギーは説明する。
「変則的な技だけどな」
シャギーが言うには、この世界、アイテムボックスを持っている人間は結構いるらしいが、容量は多い人でも前世で言うコンテナ1個分位なのだそうだ。自分は、容量無制限でしかも時間経過なし。こんな事を他人に知られるわけにはいかないので、容量多めのマジックバッグに偽装する為の処置だそうだ。
「後で、詳しく俺のステータスやスキルを説明するが、とりあえず、今お前が効きたい事から説明してやるよ」
と言われても、疑問がありすぎて何から聞いて良いのか、頭が追い付かない。
シャギーは、肩をすくめ、
「じゃぁまず、なんでお前が日本人だと分かったかと言うと、お前は一人でいる時に、時々ブツブツと独り言を言う癖があるだろ? その時、コーラが飲みたいとか、ハンバーガーが食べたいとか、抹茶アイスが食べたいとか。他の奴らには意味不明だろうけど、俺にはわかるからなぁ、思わず頭を抱えそうになったぜ」
イースは、独り言を言っている自覚は無かった。いつも暴力やいじめに苦しんでいたので、無自覚に言ってしまっていたらしい。
自分のうかつさに、穴があったら入りたい、無くても掘って埋まりたい気分である。
前世の記憶は、もろ刃の剣である。うまく使えば自分に有利に事を運ぶが、逆に他人に悪用されでもしたら、最悪になる。
前世では、ラノベも読んでいたしゲームも好きだったので、記憶が戻ってからは、その一言が身の破滅につながると、前世でのことは絶対に口にしないよう十分気を付けていた。
にもかかわらず独り言を言っていたとはとは痛恨のミスである。
シャギーは、
「まあ、あまり気にする事は無いと思う。他の奴らは、いつも訳の分からない事を言っていると思っていたみたいだしな」
と、言ってはくれたが、イースはがっくり肩を落として、
「はぁ、…それでも、自分のうかつさに凹む…」
「ハハ……、誰だって失敗の一つや二つあるさ」
あの脳筋シャギーに慰められてしまった。
「では改めて、俺の前世は『九条僚佑』、横須賀にある防衛大学の四年だ。転生あるあるの友人を庇って、命を落としたらしい」
「らしい?」
「まあ、気が付いたらシャギーになっていた。ってところだな。お前は?」
「僕は、『一ノ宮誠人』、私立梅園丘高校三年です。塾の帰りに友達とファストフード店でしゃべっていたら車が突っ込んで来て、……僕も、気が付いたらイースになっていたんだ」
「おおっ!すっごい進学校じゃないか!」
「シャギーだって、エリートじゃん!」
「ん~、人によっては?」
「なぜに、疑問形?」
「自衛隊の存在は、人によって意見の相違があるからな」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
イースは不思議な事に気が付いた、怖い存在であるはずのシャギーと、こうも普通に話が出来ている事に。
「シャギー、なんか変?」
「はぁ!どこがだよ!」
「あっ!、ごめんなさい‼」
「あっ、悪い、悪い。威圧するつもりは無いんだ。いつもの癖で大声を出してしまった。反省、反省」
と、いつもの片頬をあげて、犬歯をむき出しにする笑い顔ではなく、無理して爽やかに笑っているように、見えなくもない笑顔であった。
「で、どこがおかしいって?」
「…あの、気にさわったらごめんね…。なんだかいつもと違って、そんなに怖くないし、話やすいんだ」
「…………あぁ…まぁ…。俺はシャギーと言う男を演じていたからな。今は、演じてない素の自分だしな」
「演じていた?」
「『光の聖剣』に入った時に、なぜか自分の素を出すのはまずいと感じたんで、態度の悪いバーサク剣士と言うキャラクターを作った。俺は、こう言う勘は当たる事が多いんだよ」
何か、その当時を思い返しているみたいに、シャギーは天井に目を向ける。
気を取り直し、イースに目を向け、
「今の自分が言うのもおこがましいが、後輩思いの優しい性格なのが、素の『九条僚佑』なのさ」
「はぁ…(自分で、優しいっていうか?)」
「まあ、これからはたよってくれて良いからな!」
イースにとってたのもしいのか、たのもしく無いのか?分からないが、話はまだまだ続くようである。