第16話 【マリアーナ】
セイには分かっていた。
本当はとても思いやりが深く優しいリョウである。だからあんな酷い事は言いたくは無いのだと。
自分には魔族の血が混ざっていて、それが結婚によってどんな悲劇が起こるか分からないからだ。
だから、本来ならセイはリョウに対して苦言を言うべきなのだが、言う事が出来ないでいる。
リョウもセイも、心の中はやり切れない思いで一杯だった。
重苦しい沈黙の中、
「セイ! 帰るぞ」
と一言いい、二人はイエロキーに転移で戻って行った。
そんな事が有ってからひと月が過ぎた頃、切羽詰まったシュテハンからの手紙が転移で送られてきた。
曰く、〔マリアーナに変事あり、至急来られたし〕と、昔の電報の様な簡素な文面が書かれており、リョウは苦い思いをしながらも、そう言われては行かない訳にもいかず、領主邸に転移した。
領主邸ではシュテハンが今か今かとリョウを待っており、現れた彼の腕を掴み、
「来い‼」
と一言いって、引きずる様に領主邸を後にする。
馬車に乗る事しばし、とある屋敷に着いた。
シュテハンは勝手知ったる場所なのか、案内も必要とせずにどんどん奥に進んで行き、とある部屋の前に立ちノックをして中に入る。
その部屋は、落ち着いた内装の女性の寝室であり、ベッドにはマリアーナが横になっている。
だが、マリアーナの姿は見るも無残にやつれ果てていた。目は落ちくぼみ、頬はこけ、体は枯れ枝の様に細く、生気が全く感じられない。
リョウはマリアーナのその姿に目を見開いて驚き、唇をかみ激しく後悔をする。
あの、シャギーに暴言を受けた時から、マリアーナは殆ど食事を摂る事が出来なくなっていた。目に見えてやつれていく娘をマルクス夫妻は、どうにか食事が出来るように様々試みたが、一向に食事を摂る気配はなかった。
彼らはそんな娘を、ただ見守る事しか出来なかった…………。
入って来た、リョウを見たマリアーナの父であるマルクスは、怒気のある声でリョウに詰め寄る。
「あなたは! これで! 満足でしょうね⁉ 女遊びをするのに邪魔な者が居なくなるのですから‼」
今の状況では何を言っても言いわけでしかならない。リョウはただ黙ってマルクスの怒声を受ける。
「あなたにとって、娘は邪魔な存在だったでしょうが⁉ 私たち夫婦にとっては、かけがいの無い大切な娘なのですよ‼」
マルクスの涙ながらの訴えにリョウは目を伏せ、医者であると思われる男性に目を向け問いかける。
「今は、どのような状態なんですか?」
とマリアーナの体の症状を聞くが、
「……もう、打つ手がございません。後は、静かに最後を見届けるだけです……」
と頭を振りながら沈痛に言った。
リョウは目を閉じ、一つ大きく息を吐き、
「これから俺がする事は絶対に他言無用だ! もし、誰かに話でもしたら、物理的に首が飛ぶと思え‼」
と、強い口調で宣言するように言い、マリアーナのベッドに向かう。
部屋にいる者は皆、リョウが何をするのか、不安に思いながら注目している。
マリアーナの背中に手を添え上体を起こし、アイテムボックスからエリクサーを取り出し飲ませようとしたが、もう飲む力も無いのか、口からただ零れ落ちる。
仕方なく、リョウは自分でエリクサーを口に含み、口移しでマリアーナに飲ませた。
マリアーナの喉が動きエリクサーを嚥下したのが分かった。
効果は絶大だった。マリアーナの体が淡く光り、瞬く間に体が元の健康な状態に戻っていく。
リョウは、マリアーナの体を再びベッドに寝かせ、その場から離れマルクス夫妻に場所を譲る。彼らはベッドに駆け寄り、目を開いたマリアーナを抱きしめ、号泣していた。
その場にいた一同は、この奇跡の様な出来事が信じられない様子で、驚きを隠せない。
皆が、マリアーナに注意が向いている隙に、リョウは部屋を出て行こうとしたが、シュテハンに捕まってしまい、
「どこに行く気だ!」
「あ、いや、俺はもう…………」
「まだ、お前にはやる事が有るだろ!」
強い口調で言い、こちらを見ているマリアーナに目を向ける。
マリアーナは目を見開き、
「なぜ………ここにあなたが居るの⁉ なぜ、私を死なせてくれなかったの⁉……あなたに愛してもらえないのなら、私は生きていてもしょうがないのに‼」
と顔を覆い泣きながら、悲痛な叫びをあげる。
部屋に居た全員がリョウに非難の目を向ける。
一つ深呼吸をしたリョウは、皆に向かって、
「マリアーナと二人だけで話がしたい! 全員席を外してもらえないだろうか? 決して悪いようにはしないから」
と、頭を下げた。
「今さら何を話す事が有ると言うのです! また、娘が傷つく事になったら、あなたはいったいどうなさるおつもりなのですか?」
マリアーナの母リアノアが涙ながらに訴える。
「謝罪も含め、俺の話をマリアーナに聞いて欲しいんだ!」
「私たちには話せない事ですか⁉」
「…………それは…………マリアーナが俺の話を聞いて、彼女が話して良いと判断したなら、彼女から話すでしょう」
沈黙が支配する中、マリアーナが、
「あの人と話をします。皆さん、どうか席を外してください」
と。
皆、不信の目をリョウに向けながら、部屋を出て行く。
後に残ったリョウは、マリアーナのベッドに近寄り跪き、
「………すまなかった。こんな事になるとは思っていなかったんだ。本当に辛い思いをさせたな」
と、マリアーナの手を取り自身の額に当て素直に謝る。
「こんなになる程、俺の事を思っていてくれたんだな。ありがとう」
「あなたにお礼を言われる筋合いはないわ! 私が勝手にあなたを愛しただけだもの!」
マリアーナは、リョウに取られている手を振り払いそっぽを向く。
リョウは話す事を何度かためらった後、意を決して話し出す。
『白の魔森』に打ち捨てられ、その後、魔族に拾われ魔族と化した事を包み貸さずに話した。
マリアーナは驚きに目を見開き、両手を口に当て、
「…………うそ! 嘘よね⁉…………ねえ!嘘だと言って‼」
首を振りながらリョウは、
「これが嘘だったらどんなに良いか!………………俺は、今、半分は魔族なんだ」
投げやり気味に答える。
再びマリアーナの手を取り、今度は自分の右頭部を触らせた。そこには、角が有った名残の突起が残っているのである。
「だから、結婚は出来ないし、ましてや子供など望む事など出来やしないんだ!」
二人の間に、何とも言えない沈黙が漂っている。
「……怖かったんだ。お前に本当の事を話して、軽蔑され嫌われる事が‼…………俺も、お前の事を忘れた事など無かった! お前を愛しているんだ‼」
リョウは目を伏せ、寂しそうに話を続ける。
「だが、本当の事など言えるはずが無い! 半分魔族だなんて。今みたいな、お前の反応になるからな。だから、お前にきつい言葉を投げつけて、お前のほうから俺を見限って欲しかった!」
彼女は、真っ直ぐリョウを見つめ、
「それって、卑怯じゃない! 女から別れを言わせるなんて! 最低よね!」
何を言われてもその通りなので、反論は出来ない。ただ謝る事しか出来ない。
「すまない!」
「本当にすまないと思っているなら、態度で示してほしいわね!」
「今の、俺に出来る事なら何でもする‼」
しかし、次のマリアーナの言葉にリョウは唖然とする事になった。
「じゃあ、私と結婚してちょうだい!」




