第15話 【押し問答】
久しぶりに訪れた領主邸の執務室は、以前の成金趣味とは違い、すっきとした趣のある部屋に変わっていた。シュテハンの趣味の良さが伺える。
リョウは辺りを見回し、
「良い部屋になったな」
「前はゴデゴデしていて、なんか落ち着かなかったよね」
イースも部屋の内装が気に入ったようだ。
「いつまでその姿でいるつもりだ。ここにいる間は領主らしく『双赤を纏う者』でいてくれ!」
「…………どんなカッコしていようが、俺の勝手だと思うがね」
「罪滅ぼしと言うなら、こっちの望みを叶えても良いのではないのか⁉」
シュテハンの要求に、減らず口をたたきながらも、
「ヘイヘイ!」
と言ってターバンと紫のかつらを外し、青いカラーコンタクトも外して、指輪を抜いた。
が、シャギーリースにはなったものの、今、着ている物が冒険者風なので、傷のある凶悪そうな顔と相まって、余計に部屋にそぐわなくなってしまった。
イースもセイの姿に戻りそばでクスクス笑う。
これには姿を変えろと言ったシュテハンも、気まずそうに眼を逸らしながら、
「んっ、ん! それで、なぜあんな面倒な事をしていたんだ? 正直に領主を名乗っておけば良かっただろうに」
「さっきも言っただろ、領民の生活を少しでも良くする事と、お前の評価を上げる事だと」
「私の評価を上げるのに何の意味が有るんだ⁉ 上げるとしたらお前自身の評価を上げろ!」
結局、二人とも堂々巡りの言い争いにしかならなった。
シャギーとしては自分のやるべき事を、シュテハンに押し付けたと言う思いが少なからずあるので、少しでも彼の助けになればとの思いと、自分が前に出たくない思いとで、変装をしたまでである。
まあ、自分の評価を落としたのは、領主などやりたくないと思う下心が有ったからではあるが。
かたや、シュテハンはシャギーが自分よりはるかに優れていると気付いていて、出来ればロザリードに戻って来て、領主をやってほしいと切実に思っているのである。
「とにかく、私では手に負えない事案が出てきているんだ。だが、お前の意見を聞きたい思っても連絡方法が無い。出来ればここに戻って来て、領主をやってくれ!頼む!」
シャギーは、頭をかきながら、
「悪いな。何と言われてもここに戻る気は無い。…………まぁ、お前が出来ない事を俺が出来るとは思えないが…………ちょっと、その手に負えない事案とやらを見せてみろ」
と言って、シュテハンから幾つかの書類を受け取り、目を通す。シャギーにとっては、と言うより現代日本で生きて来た僚佑の常識では、それ程難解な事では無かったので、いくつか簡単にアドバイスをした。
しかし、ここラドランダーではそう言う考え自体が画期的であり、シュテハンにとってはなぜこう言う考えが出来るのか、それ自体『双赤を纏う者』がなせる業だろうと思っても、仕方のない事だった。
驚きの表情に悔しさをにじませ、
「なぜだ! なぜこうも簡単に答えを出せる。なのになぜ領主をしない! お前なら領主をこなす等など容易い事だろう‼」
「…………いや、なぜと言われても。逆に聞くがなぜ分からなかったんだ?」
「分かるか!こんなこと!」
切れ気味に答えるシュテハンであった。
お互い生きて来た世界が異なる事による、認識の相違である。
「分かったよ。……だが、俺はここに戻る気は無い。………まあ、でも、連絡方法だけは何とかしよう」
と言って辺りを見回し、壁際に置いてある花瓶を乗せる台に向かい手をかける。
持ち上げようとしたが、思いのほか重くてシャギーでは運ぶ事が出来ず、
「セイ! 悪いけどこれをそこの机の横に運んでくれないか?」
「うん、良いよ!」
ソファーでお茶お飲んでいた、セイに頼んで運んでもらった。
執務用の机の横に運んだ台の上に、シャギーは小さい魔法陣を描いた。
「これは転移の魔法陣を少し改良して、物を転移させる事が出来る様にした物だ。ただ、今は紙位しか転移させられないけどな」
そう言う事を易々やってしまうシャギーは、やはり普通の人では無いと思うシュテハンである。
「それは、私でも使う事が出来るのか?」
「まあ、送る物が紙位だから、少量の魔力で済むようにしてあるよ。ここに、書類を置いて魔法陣に手をかざして、魔力を送ると転移させる事が出来る。……試しにやってみようか?」
と言って、対になる様に執務用の机に簡易の魔法陣を描いた。
花瓶の台の転移陣に、
「ここに、こう紙を置いてだな、こう手をかざして魔力を流す」
すると、対になった机の上の魔法陣に紙が転移した。
「じゃあ、今度はお前がやってみろ」
と言われ、シュテハンも同じように紙を置いて少量の魔力を流すと、机の上に紙が移動した。
「ハァ~。凄いな!これは。………何でこんな事思いつくんだお前は⁉」
「何でって言われても、便利だと思うからだが?」
シャギーは常々思っていた事が有る。
この世界は、魔法を便利に使う事が出来るおかげで、あまり文化が発達していないように見受けられる。そのせいなのかどうかは分からないが、イメージをするとか応用をするとか言う事が苦手な様なのだ。画一的な考えを是とする風習だ。
魔法を使うにしても、詠唱をしないとイメージとしてハッキリ思い浮かべる事が出来ないようで、その点、僚佑達現代日本で生活をしていた者は、そういった事象を割と簡単にイメージとして思い浮かべる事が出来る。なので、詠唱無しでも魔法を発動する事が出来るようになる。
それ故、シャギーの魔法は日本語での発動が多くなる。シャギーにとってはその方がイメージし易いからだ。
執務用の机に書いた簡易の魔法陣を消しながら、
「俺が、イエロキーに戻ったら対になる魔法陣を向こうで書くから、困った事が有ったら手紙なり書類なり送ってくれ。可能な限り対応するから」
「……………………一番良いのは、お前がここに戻る事だけどな……」
「ハハハハハㇵ……」
ジト目のシュテハンにそう言われ、笑ってごまかすシャギーだった。
そんな事を言っていた時だった。
突然部屋の扉がバン!と勢いよく開けられ、入ってきた人物がいた。ドレスの裾を蹴散らす勢いのマリアーナだった。
「レッド‼」
凄い勢いで迫って来るマリアーナに、顔を引きつらせながら、
「何度も言わせるな! 俺はレッドじゃねぇ‼」
「…あっ、ごめんなさい。シャギーリース!」
「俺に、何か用か⁉」
マリアーナの勢いに嫌な予感しかしないシャギーである。
(ああ…………早く帰れば良かった…………)
と思っても、遅きに失した。
怒涛の勢いで迫って来るマリアーナ。
彼女は、今の冒険者としてのシャギーの姿を見ても、彼を慕う思いは変わらない。むしろ、なぜかは分からないが、会えば会うほど程、彼を愛する思いが強くなる。
「私は、あなたの許嫁なのよ!」
「親の決めたな」
「それでも、あなたは私と結婚するべきでしょう?」
「はぁ? どんな理屈だよそれは⁉」
「あなたのお母さまがお決めになったのに、お母様の意向を無下にするつもりなの?」
「いつの話だよ、それは⁉ そんな昔の話を今更ほじくり出して来て、それこそ死んだ人間を冒涜するようなもんじゃねぇのかよ⁉」
「ハァ………、それこそどんな理屈よ!」
話がかみ合っていないが、シャギーはこの許嫁の話は無かった事にしたい。マリアーナは、シャギーリースと結婚したい。結果、どちらも引くに引けない状態になっている。
業を煮やしたシャギーは、とうとう言ってはならない事を口にしてしまった。
「俺には、お前みたいなお貴族様のご令嬢はいらねぇんだよ! 場末の娼館の白粉臭い女で十分なんだ! お高くとまった女にゃ様は無い! 迷惑だ、帰れ‼」
その言葉聞いたマリアーナは、顔面蒼白になり、目に涙をためて、
「……………………酷い!」
と一言残し、入って来た時と同様の勢いで部屋を出て行った。
シュテハンは、今のシャギーの酷い言葉に憤りを隠せず、
「シャギーリース! 今のは酷すぎないか! あれではマリアーナが可愛そうだ!」
「だったら、お前が行って慰めてやれよ! 俺には関係ない!」
取り付く島もない、シャギーの返答が帰って来た。
そうしたやり取りを、セイは複雑そうにただ黙って見ていた。




