第5話 【ディール】
ディールは面白そうに、
「そうか、何でもするのだな?」
僚佑は、もう応える力が無く、ただ頷いた。
「では、助けてやろう!」
と言って、僚佑の口に一滴ディールの血を落とした。
その効果は絶大で、あっという間にケガも傷も骨折も治ってしまった。
しかし、逆に身の内を焼き尽くさんばかりの激しい熱さに、のたうち回る。
「ああああああああぁ!…………熱い!熱い!熱ーーーーーーーい‼」
僚佑の中にある聖の魔力と、ディールの血に含まれる闇の魔力がせめぎ合って、体の中で暴れていた。
その苦しむ様を面白そうに見ていたディールは、
「ふ~む、第一ジョブは聖魔導士か。なるほど苦しむはずだな。フフㇷ……面白い!これから、毎日お前に私の血をくれてやろう! 聖魔導士が闇に落ちるその時までな!」
僚佑は薄れゆく意識の中で、ディールの言葉の意味を理解し、自分の行動の愚かさに気が付いたが、もう後の祭りであり、ついには意識を手放した。
再び僚佑が意識を取り戻した時、自分の状態が分からなかった。移動をしているのは分かったが、どうやら足首を掴まれ引きずられているようだった。
ディールは掴んでいた僚佑の足を乱暴に手放しながら言う。
「何だ、気が付いたか。だったら自分で歩け! 私は、お前を運ぶために居るわけでは無い!」
「痛てぇ~な! 運ぶにしたって、もう少し方法があるだろ!」
瞬間、つい僚佑は口答えをしてしまった。
途端に辺り一面に死の気配が充満する。
「ほう! 誰に向かってそんな口を利いている?」
僚佑は、闇の気配に首を絞められたように、のどに手を当て口をパクパクさせ、空気を求める。
「……ごめん…なさい………許…………してくださ……………………い!」
「ふん! 今度生意気な口を利いたら……………そうだな、お前の血を一滴残らず啜ってやろう!」
舌なめずりしながらディールはそう言った。
僚佑は、ただただ空気を求め足掻いていたが、そのディールの言葉に初めて魔族の恐ろしさを実感したのだった。
「罰として、お前にまた私の血をやる。さあ、飲め!」
と言って笑いながら、今度は先ほどと違い結構な量の血が僚佑の口の中に注ぎ込まれた。さっきは一滴でのた打ち回ったが、今度はその比ではなく、口に血が入った瞬間僚佑は激しい衝撃でまたも気を失った。
再び意識を取り戻した僚佑を待っていたのは、不機嫌を絵に描いたようなディールだった。
「人間は、脆弱で脆い! こう度々気を失われたら、面倒でかなわん!」
とりあえず、僚佑は8歳の自分に出来る事、すなわち謝ったのである。
「ごめんなさい。もうしません。本当にすみませんでした」
「まあ良い。人間とはそのようなものだ。それより、お前を鑑定してやろう」
ディールの言っている意味が分からない。
「鑑定ですか?」
「おまえは、ステータスが確定していないだろう?」
どうやら、教会の洗礼の事を言っているようだと思い、
「はい、していません」
と答える。
ディールは【鑑定】と言葉に出す。
僚佑のステータスが現れた。
・名前 シャギー(九条僚佑)
・年齢 8歳
・種別 人族(異世界からの転生者 魔族に変革中)
・ジョブ 聖魔導士? 片手剣士
・レベル 15/100
・HP 121/999
・MP 107/999
・攻撃力 13/100
・防御力 18/100
・俊敏性 22/100
・魔法 聖魔法? 魔法全般
・スキル 魔法付与
・固有スキル 鑑定 マジックボック(容量制限なし・時間経過なし) 百貨店
・称号 無し
ディールがすべてを口にし、僚佑のステータスが確定した。
こうして、九条僚佑ことシャギーが誕生したのである。
ディールは、
「なかなか面白いステータスだな。数値も人間にしては良い方だ。何よりスキルが面白い」
余談ではあるが、ディールは後に、シャギーのスキル『百貨店』に興味を持ち、その中でも特に煙草にはまり、ニコチン中毒になるのではないかと思うくらいの、チェーンスモーカーになってしまった。
ディールに面白いと言われたスキルも、シャギー自身は何が面白いのかサッパリ分からない。むしろ、ジョブと魔法の後ろについている?マークのほうが気になった。
「あの、この?マークは何を示しているのでしょうか?」
「ん? ああ、それは私の血を飲んだ事により、聖の力が弱まり闇の力が強くなっているのだろう。そのうちジョブは闇魔導士になり、魔法は闇魔法になるな」
顔から血の気が引くのが分かった。このままディールの血を飲み続ければ、いずれ自分は魔族になってしまうのかもしれない。事実、種別の項目にも(魔族に変革中)と記されている。
しかし、命乞いをする時に、何でもすると言った手前、今さら嫌だとは言えない。何より、逃げ出す事も叶わないだろうし、逃げれば自分の血をすべて啜り取られてしまう。
一瞬、血を啜り取られて、人間として死んだ方が良いかと考えた時、
「そういう甘い考えはしない方が良いぞ! お前は魔族に変わる己自身を嘆き悲しんで生きて行くのだ! フハハハハ…………!」
心の内を読まれ、絶望の淵に沈んだ。
それからの日々は、苦しみと絶望が絶え間なく繰り返された。
朝から、『白の魔森』の魔物達と戦わされ、ケガをし死にそうになるとディールの血を飲まされ、魔族と化していく己自信を嘆いた。
月日が過ぎ、シャギーは10歳になった。
ラドランダーでは、よほどの事情が無い限り、平民は10歳になると自分のジョブに従って仕事を始める。シャギーも、ディールによって魔導士としての修行が始まっていた。ただし、もうすでにステータスでは聖魔導士では無く、闇魔導士に変わっていた。魔法も闇魔法だけになっていた。
姿かたちも変貌を遂げ、目は縦瞳孔になり、犬歯は牙になり、耳はとがり、右頭部に魔族の証の角が生えていた。
そして、体が魔族に変化したせいか、ディールの血を美味いと思えるようになってしまった事が、悔まれる事だった。血を飲む時間が近づくと待ちわびている自分に嫌気がさす。しかしいざ、その時が来ると嬉々としてディールに牙を立て血を啜った。そんな自分に嫌悪する日々である。
しかし、なぜか心は未だに魔族に変化する事無く、人間らしい思考を持っていた。特に、残虐的な行動を取る事も無く、魔族の特徴でもある気まぐれを起こすでもなく、日々、人としての思いで過ごしていた。
そんなシャギーの心が魔族に変わらない事に、ディールは不思議には思っていたが、魔族の性格なのか些細な事と思い放っておいた。
そんなある日の事だった。突然ディールは、
「つまらん! 何の変化も無い日々はもう飽きた。私は、北の魔族の国へ帰る‼」
と言い、シャギーを置いて消えてしまった。
その際、
「お前に教える事はもう無い! 後は自分で好きなようにしろ!……………そうだな、目印だけはつけておくか」
と言って、ゴルフボール位の大きさで、ルビーの様な魔石を、いきなりシャギーの胸に埋め込んだ。
「ぐぅわっ‼」
激しい痛みと苦しみがシャギーから意識を奪った。
どれくらい時間がたったか、気が付いた時には、もうすでにディールの気配は無くなっていた。
今まで、なんだかんだ言っても、例え魔族であっても養い親には違わなかったので、シャギーは途方に暮れてしまった。この外見では、人間界では暮らしていくことは出来ない。かと言って、このまま『白の魔森』で暮らしていても、人間にバッタリ会ったら確実に魔族認定され、討伐の対象になってしまう。
ふと、本当に些細な事だが頭に違和感があった。角が有る所に手をやると、角が無い。慌ててアイテムボックスから鏡を取り出し顔を見ると、目も耳も普通の人間と変わらなかったし、角ももちろんなかった。ただし、牙はとがった犬歯位には見えていた。
何がどうしてこうなったかは分からないが、これで人間界で生きていけると思い、2年もの間暮らしてきた『白の魔森』を後にしたシャギーだった。




