第4話 【九条僚佑】
館に戻ったレッドを待っていたのは、父親からの激しい虐待であった。
表向きは、ケガと心の療養と言う名目で部屋に監禁され、しかしその実態は日々、殴る蹴る、食事も満足に与えられず、ケガの治療もされず、放置されていた。
館に古くから使えていた使用人達は、古参の家宰を執り行うセバスと、メイド長のソフィヤの二人を除く殆どが解雇され、新たに、レッドの父である領主代行の、ガルバンに忠実な者たちで固められていた。
新しい使用人たちは、レッドが虐待されているのを知りながら見て見ぬふりをし、世話などしようともしなかった。
セバスとソフィヤの二人は、ガルバンの目を盗みレッドの世話をしていたが、なかなか思うようには世話が出来ず、レッドは日々衰弱していった。
「まったく、自分の息子ながら気味の悪い。何なんだ、この髪と目は! まるで血の様じゃないか!」
ガルバンは、ここロザリード辺境伯領の出身では無かったため、赤を纏った者の意味を全く理解していなかったのだ。
このロザリード辺境伯領を、自分の思うがままにしたいと言う思惑があったが、レッドの優秀さが際立ってしまい、このままレッドが成長し成人すれば、すぐに自分はお払い箱になってしまうと言う危機感が募る。
そして、とうとう妻と子を亡き者にすると言う暴挙に出たのだ。
しかし、盗賊共に金を掴ませ襲わせたが、アイスホーンウルフの襲来と言うイレギュラーな事が起こり、レッドが生き残ってしまった。
洗礼も執り行われず、3年が過ぎレッドは8歳になったが、相変わらず、父親による虐待が続いており、その苛烈さは増していった。
「なんだ、その反抗的な目は! それが父親を見る目か‼」
その言葉と共に蹴り飛ばされる。しかし、レッドの目には復讐の炎が燃える。
(絶対! 絶対! 死んでもお前を許さない! 母様を殺したお前をいつか必ず殺してやる‼)
ある日、いつもの様にガルバンからの激しい虐待があったが、レッドの様子がおかしいと気付いた。
よく見ると息をしていない。これ幸いとほくそ笑んだガルバンは、賊が侵入して来てレッドを誘拐したと触れ回る。
しかしその実態は、子飼いの者に息をしていないレッドを、どこかに捨てて来いと命じていたのである。
そこまでの話を、息をつめて聞いていたセイは、悔しくて泣いていた。
「………ウック…………ヒック。ひどいよ!何で!こんなの無いよ!」
「泣くなよ! もう昔の事だ。それに、今こうして生きているだろ?」
リョウはセイの頭に手をやり、優しく撫でる。
それでも、セイは悔しくてたまらない。
「なんでだよ! 兄さんはもう悔しくなくなったの⁉」
「悔しくないかと聞かれたら、悔しいさ‼ あのくそ野郎に会ったら殺してやりたい位にな!」
「だったら何で、そう平然としていられるのさ⁉」
「まあ、まだこれからもっとひどい事があって、いい加減復讐心を維持して行く事がバカからしくなっただけさ」
『白の魔森』
それは、このラドランダー大陸の中央に存在する魔の森で、ほぼ全ての植生が白い為にそう呼ばれている。
『白の魔森』は魔素量が多く、魔物も尋常ではない位の数がいるとされていて、外側から中心に向けて魔素がどんどん濃くなり、それにつれ魔物も中心に向かい上級レベルの魔物が多くなる。
中央にはシホワロイト教の聖地である聖なる山、4000m級の霊峰『シホワロイト』があり、山頂には聖域であるシホワロイトの神々が座す神殿が有ると言われており、山全体が聖なる力に覆われていて、麓からの魔物の侵入を阻止している。
シホワロイト教の教会関係者で、教士を目指す者は修行の為に聖地巡礼としてこの山を目指す者もいる。多くは『白の魔森』の魔物達のせいで死ぬ事になったりで、山頂には辿り着く者そう多くは無い。
ラドランダー大陸はその『白の魔森』を取り囲むように、『四色街道』が円形にあり、街道の北に北の大国『ブラクロック王国』、東に東の大国『ロブルア神皇国』、南に南の大国『アレッドカ共和国』、そして西に西の大国『イエロキー聖教国』があり、その他大国の周りに属国となる小国が点在していいる。
幼いレッドの亡骸を捨てて来いと言われた者たちは、初めは『氷雪の荒野』に置き去りにするかと考えたが、万が一息を吹き返した場合、領地に近い為戻ってくる可能性もあり、そうなるとガルバンからどんな叱責が有るか分からないので、わざわざブラクロック王国を南に縦断して、『四色街道』も横切り『白の魔森』に、その躯を魔物にでも食わせようと、レッドを置き去りにした。
しかし、死んだと思われていたレッドは、仮死状態で運ばれていたに過ぎなかった。
レッドに意識が戻る。
「…………うっ…………ここはど……こ?」
(…………俺は、今井を助けて、代わりに死んだと思っていたが…………)
「…………違…うよ、…私はあ…いつに……捨てら…………れたんだ…………」
(…………何だ?記憶が混乱している…………?)
「…………痛い!……苦しい!…………誰か…助けて!」
(…………そうだ!ケガが酷すぎる! 誰か、救急車を呼んでくれーーーー!)
ここで、激しい痛みの為に意識がはっきりした。九条僚佑として、前世の記憶が蘇る。
「あっ…私は………いや違う……俺は…………異世界に、このラドランダーに転生したのか…………⁉」
異世界転生を認識するより、今の体の状態を何とかしないと、前世の記憶うんぬんより死んでしまう可能性か強い。
(どうでも良いが体が痛い! あのくそ野郎! 自分の息子に何て事してくれるんだ!)
まだ8歳の体で、ケガも酷くこのままでは本当に、死を待つばかりになってしまう。せっかく戻った意識が段々と薄れていく。
死を覚悟した時、突如として死よりも恐ろしい気配に一瞬で塗り替わった。
「なんだ? 子供? 人の子か?」
「…………だ……れ……だ…………?」
「私か? 私はディールだ。お前達人間は私たちの事を魔族と言っているな」
「ま……ぞ……く……?」
「ふん、つまらん! もうすぐ死んでしまう者など用は無い」
半死半生の僚佑が目にしたものは、この世の物とも思われぬ美しい男だった。
濁った血のようにくすんだ赤い長い髪。同じような色合いの縦瞳孔の瞳。頭には、漆黒に輝く黒曜石のような左右一対の角。顔の作りは冴え冴えと冷たく、その目は死にゆく僚佑を無感情に見下ろしている。
レッドも赤い髪で赤い瞳をしてはいるが、こちらは煌めくルビーのような明るく生気に満ちた鮮やかな赤である。
興味を亡くした魔族のディールは立ち去ろうとしたが、僚佑は相手が誰であれここで見放されれば、もう本当に死しかないと思い、必死に助けを求める。
「………待って…くれ!…………助け……てく…れ!」
その切れ切れの叫びに、再びレッドを見たディールは、目を見開き興味深げに、
「ほう。お前は転生者か?」
その言葉に今度は僚佑が目を見開く。
(俺が、転生者だと分かるのか⁉)
僚佑の心を読んだのか、
「何を驚く? お前のステータスを見れば簡単な事だ。…………なかなか面白そうな人間だな。助けてほしいのか?」
再び自分に興味を持ってくれたと、今を逃せばもう後は無いと覚悟をして、
「…………助け…てくれ!……助けてく………れたなら何で……もする…………!」
と、懇願した。
…………それが、後々僚佑にとって最悪の災いになろうとは夢にも思わずに。




