第18話 【下宿屋さんを後にして】
精神的に疲れた体を引きずるようにして、リョウは冒険者ギルド『聖光の館』にやって来た。
ギルド内に居た者達はリョウの正装姿に驚いたが、正反対の疲れ果てた姿にもっと驚き、ギルドの受付職員のジェットに至っては、
「どうしたんすか~? リョウさん。すごく疲れているみたいすけど~」
面白がって、興味を隠し切れない。
「……ああ、ジェットか…、たいした事じゃ無いよ」
「いや~、たいした事無いようには見えないすけどね~」
(あ~、もう! 疲れているんだからいい加減、絡まないでくれよな~)
わざとらしく話を切り替え、
「いや、ホント。ところで、ギルマスはいるか?」
「いますよ」
「……じゃぁ、ちょっと行ってくるよ」
精神的に重たい体を引きずるように、階段を上がって行った。
ギルドマスターの部屋に入ったリョウは、憤懣やるかたない思いで、机を「バンッ!」と叩きながら開口一番、
「全部分かっていたなら! 初めから教えてくれても! 良かったんじゃないですかね~⁉」
今日一日、イライラのすべてを込めて八つ当たりをする。
そんなリョウの姿に一瞥を向け、気にもとめずにニヤッと笑ったムーンシャナーは、
「その服なかなか似合っているじゃないか? だが、まあ、私が知っていたのは、S級にランクアップする事だけだ。王宮から呼び出しがかかるのは、他にも用が有ったと言う事だろ?」
「…………。まぁ…、ありましたけど……」
不本意ながら渋々認めると、まるで他人事のように、
「そうか。…その話は聞かないでおこう。聞いた所で、こちらにとばっちりが来るといけないからな」
「なっ!、何ですかその言い方は⁉」
「事実だろう? どうせ、あの方の事だ、人には話せないような事を、頼んできたんだろうからな」
色々思いだし力なく、
「ハァ……、頼まれましたよ……」
と、胃の痛くなるような事まで思いだしてしまった。
しかし、その親し気話し方に女王との関係が気になり、
「……なかなか、あの方の事に詳しそうじゃないですか~?」
「古い知り合いだからな」
アッサリ返されてしまった。
彼女は、机の上にあった書類をリョウに差し出し、
「これがランクアップの書類だ。冒険者ギルドと、魔導士、錬金術士、両ギルドの書類も揃っている。明日までに、お前とセイのサインをしてもってこい」
と、言われたが、明日引っ越しをしなくてはいけない事を申し出る。
「明日、引っ越すように言われてしまったので、書類の提出は夜でも良いですかね?」
「ああ……、そう言えばS級は住処を秘匿するんだったな」
「そんな事、今日初めて知りましたよ」
彼女はあきれながら、
「本当にお前はぁ~。まったく魔法以外興味が無いからな。これからは、ギルドにかかわる事が増えるだろうから、もっと他にも関心を示せ!」
(え~、やだな~。めんどくさ!)
そんなリョウの心の内を気にも留めず、
「で、家はどうするんだ?」
「それも、あちらで用意してありましたよ!」
「成程、それで、どこに引っ越すんだ?」
うっかり答えでもしたら、さっきの女王との会話の二の舞である。
「教えられるはずないじゃないですか。あの方にバレたら、どんな難題を吹っかけられる事になるやら、たまったもんじゃないですよ!」
ムーンシャナーは、心底楽しそうに笑いながら、
「アハハ! そうか、書類の提出はそれで良い。それとここの二階に一部屋『ブラット』の部屋をやる。好きに使え」
S級ランクについて、重ねて注意される。
「S級は、何かとギルドにかかわる事が多くなるからな。もっと、多方面にも注意を払え!」
(いや、ホント、めんどくさい事この上ないな~)
と、思いつつリョウはギルドを後にした。
下宿に戻ったリョウを待ち構えていた面々は、彼の疲れた姿に少し心配になりロイドが
「どうした?何が有った?」
「ハァ……、S級の上がれと言われました。と言うより、もう決定していましたよ」
ロイドは納得の顔で、
「なんだ、とうとう年貢の収め時と言う事だな。お前たちの実力は、もうとっくにS級になっていてもおかしくなかったからな」
「えっ!僕も?」
セイも、驚く。
ハナナは、明るくはしゃぎ、どんなご馳走を用意しようか考える。
「まあ! じゃあ、今夜は昇級のお祝いをしなくちゃねっ!」
リョウは、しぶしぶ答え、
「いや、俺にとってはめでたくも嬉しくも無い話なんですけどね」
リーリは無邪気に聞いてくる。
「何で~?」
「雑用は増えるし、魔法の研究時間は減るし、何より、ここを出て行かなきゃならいしね」
その一言にリーリは、
「え~っ! ここ出て行くの~⁉ どうして~⁉ ヤダー! 出て行っちゃ、いや~‼」
驚き、泣きながら嫌がる。
ロイドが慰めるが、好きな人がいなくなってしまう事が、辛い。
「リーリ! そういう決まりになっているんだ! S級と言うのはそれだけの責任がかかる事なんだ」
「…でも、父さん………」
あきらめ切れない。
「ロイドも知っていたのか? 俺は今日初めて知ったよ」
「兄さんが、知らなさすぎじゃないの? 僕でも知ってるよ」
「…………」
結局ここでも何も言えないリョウである。
「それにしても、それだけで王宮の呼ばれるとは?」
「……俺の事だから、ギルドでの通達だとのらりくらりと、はぐらかしそうだから、キッチリとどめを刺すのが目的だったみたいだ」
「あ~、それじゃぁ断れないな」
本当の所は、別の話ではあるが、そう言う事にしておく。
「まったくだ。おまけに家まで用意してあって、その上、明日引っ越せって言われたんだから」
「えっ、明日⁉」
セイも驚く。
「家が用意してあるのは良いが、明日引っ越せとは、また急な話だな?」
「何でも、S級の依頼がたまっていて、少しでも早く仕事させようって事じゃないかね?」
「まあ、ここんところ、上級の魔物の数も多くなってきているからな」
「めんどくさい事この上ない」
「ハハハ、あきらめて、S級の仕事しろ!」
「ハァ~……」
ようやく、落ち着いたリーリはが、
「じゃぁ、今度どこに引っ越すの? 明日頑張ってお手伝いしなきゃ!」
「あ~、リーリ。S級の家は誰のも教えちゃいけないんだよ」
又もショックな話にリーリは、
「え~! なんで~⁉」
「そういう決まりなんだよ」
「それじゃぁ、遊びに行けないよ~!」
「ごめんな」
可愛そうだが、この一家を面倒事に巻き込むわけにはいかない。
「と、言う事で、明日ここを出て行く事になりました。長い間、お世話になりました」
セイも、ここでの暮らしが気に入っていてので、
「ホント、静かで良いとこだったのに、残念だな~」
リョウは努めて明るく、
「今度は、食事に寄るから、その時はまけてくれ!」
ロイドは、笑って、
「いや、S級になって稼ぎが増えた分、割増しで払ってもらうかな⁉」
と言い、リョウは頭をカキカキ、
「まいったなぁ~」
明るい笑いに包まれたひと時であった。
翌日、家具以外の荷物をリョウとセイの二人のアイテムボックスに入れ、別れを告げる。
「ロイド、ハナナさん、リーリ、長い間本当にお世話になりました。ここでの生活は本当に楽しかったです」
「僕も、色々お世話になっちゃたし、迷惑もかけたけど、本当にありがとうございます」
二人の挨拶が、今生の別れの様なので、ロイドは、
「何言ってんだよ! 今度は飯食に来るんだろ。そんな別れの言葉はいらないんだよ!」
「ホントにそうね、またいつでも遊びに来てね」
「リーリも、もっと素敵になるから、絶対お嫁に迎えに来てよね!」
みんなの温かい思いに、リョウとセイはただ黙って頭を下げ、『黄金の葡萄』を後にするのであった。




