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第17話  【身も心もボロボロです】

 シャギーから差し出されたコーヒーを受け取り、

「陛下! お待ちください。わたしが先に頂きます」

 とローランが毒見の為、先にカップに口を付けようとしたが、女王は頓着とんちゃくせずに飲んでしまった。


「陛下‼」

「気にする事は無いです。どのみちここで私に何かが有れば、この者が私の殺害犯になります。生きてここから出る事は出来ないでしょう?」


 確かにそうである。何かしようにも、シャギー(リョウ)が、今日ここに来ているのは大勢に目撃されているし知られてもいるので、おかしな事が出来るはずもない。


 もっとも、そんな事は考えた事すらないが…………。


 コーヒーを堪能たんのうした女王は、

「その道具一揃いを、置いて行ってもらえるませんか? 私も自分で入れて楽しみたいので」

(え? 陛下が、自分で入れるのか?)


「はい。……ですがこれは使いかけですので、新たな物を献上いたしますので、しばらくお待ちいただけますでしょうか?」

「これはこれ、それはそれで、貰う事としましょう」

「……、か、かしこまりました」

(もう、何も言うまい……)

 完全に、あきらめた。


「あと、豆も何種類か置いて行って下さい」

(まだあるのかよ~、もう、家に帰りた~い‼)


 シャギーは、アイテムボックスから、ストックしているコーヒーを淹れる道具と、コーヒー豆をすべて取り出し、女王に差し出した。

「今ある物はこれで全てですので、お納めください」


「ありがとう。色々わがままを言って申し訳ありません。……が、わがままついでにもう二つ三つ、聞いてもらいたいことが有ります」

(…………早く帰りたいな~………)

 現実逃避である。


 女王は、シャギーの後ろを指さし、

「そこの肖像画の前の床に、あなたの転移の魔法陣を設置して下さい」

「………はっ?」

 今日、二度目の間抜け声である。


「転移陣、設置できますでしょう?」

「……はい、設置する事は出来ますが、それをどうするのでしょうか?」

「簡単な事です。あなたががそこに転移してくるだけの事ですので」

「…………、はっ?」

 本日3度目になった。訳が分からない。


「あなたには、内密に色々やってもらいたい事があります。その度、正式に呼び出していたら、手間がかかって時間がおしいでしょう?」

「はい。(内密? 何をさせる気なんだ?)」


「ゆえの、時間短縮のためです」

 分かったような、分からないような。

「あなたを呼ぶときは、この手紙鳥てがみどりを使います。これは、私専用の手紙鳥ですので」


 手紙鳥とは、魔紙で作られた折り紙ような鳥で、中に文字を書き、国内であればどこへでも障害物もすり抜け、飛ばす事が出来る通信手段である。

 ちなみに女王陛下専用は、陛下の紋章が記されている。


「この手紙鳥が届いた際は、転移陣を使い速やかにここに来てください」

「…………速やかに………」

「不服ですか?」

「いえ、そうではなく。場合によっては、速やかに動けぬ時も有りますので」

「それは私も分かっています。『ミリオンアイズ』で確認し、依頼をこなしている場合や、風呂や用を足している時。……あとは、まあ、娼館い行っている時とかは、手紙鳥は飛ばしませんから安心してください」

 クスリと女王が笑う。


 心臓が止まるかと思った。次に、顔から火が出がでる。

 そんな所まで見られていたとは、羞恥しゅうちで死ねそうである。

「そっ、そっ、それは…………」


 もはや、返す言葉が無い。シャギー(リョウ)だって、一人前の成人男性であり、そう言う欲求もある。

 しかし、ただそれだけが目的で行っているのではなく、酒場やああいった場所は結構うわさ話や情報が集まる場所なので、情報収集も兼ねている。


 そこで、ローランが心配そうに一言。

「病気とかは気にされないのか?」


 シャギーがどう答えようかと言葉に窮していると、

「この者は、事をなす前に相手の女性が気づく事無く、浄化の魔法を掛けて事に及んでいるようですので」


 と女王に言われてしまい、もう、本当に消えて無くなりたいシャギーであった。


「さて、まじめな話です。手紙鳥は私がこの部屋に来てから飛ばすので、すぐにここに転移して来て下さい。そうすれば、誰にも怪しまれる事無くあなたと話が出来ますから」


 ショックで立ち直れないまま、

「はい」

 と、言うしかなかった。


 女王は、いたずらを企むような表情で、

「ああ、その際、リョウではなく、シャギーとして来てくださいね」

「?」

「初めに言ったと思いますが、私は黒より赤が好きなのだと」


 もう、なんでもありな事に、

「承りました‼」

 と、やけくそに返事をした。


「では、早速転移陣を設置してもらいましょうか」


 シャギーは、ショックを引きずったまま、ヨロっと立ち上がり壁際の肖像画の前に立ち、右人差し指の先を床に向け、一瞬で無詠唱の転移陣を設置した。

 転移陣は淡く薄い青色をした、複雑なものだったがすぐに見えなくなった。


 女王とローランは、その様子を見て、

「……さすがですね⁉ 無詠唱でしかもそのような見事な魔法陣を一瞬で描くとは……」

「宮廷魔導士でもそのような事は出来ないかと思います!」

 と、感嘆の表情をしていた。


 シャギーは一つ注意を促す。

「この転移陣は、私とセイにしか使用できませんが、魔力量が多い人間がこの上に立つと、青く光る可能性があるので、それだけはご注意ください」

「分かりました」


「最後に、家の話です」

「家……ですか?」

「そうです。分かっているかどうか知りませんが、S級冒険者は住処を秘匿する事になっています」


 言われてみれば、同じ『聖光の館』に所属するS級パティーの『栄光の翼』の、住んでいる所を知らないと気付く。あまり他人に興味が無いから知らないだけかと思っていたが、秘匿されていたらしい。


 ローランが女王に代わって話を始める。

「S級冒険者は、力も名声も財力もありますので、要らぬいさかいやゴタゴタを回避するためにも、住処は秘匿されるのです」

「そのような事が有るのですか?」

「まあ、今まで、多くのS級パティーがおりましたが、名声を妬んでの嫌がらせや、脅迫まがいな事が度々あり、今日の様に住んでいる所が秘匿されるようになったのです」

「そうなんですか。知りませんでした」


「リョウ殿は下宿だと伺っていますが、下宿先の方々の安全を考えるのでしたら、独立した家に住むことをお勧めします」

 その事については、A級に昇格したあたりから下宿の周りがきな臭くなっていたので、とりあえず家の周りに対物防御結界と対魔法防御結界をかけてはいたが、S級になるとその比ではないらしい。


「しかし、急に家と言われましても、心当たりが有りませんので、少し時間を頂けますか?」


 女王が再び話始める。

「その事についてですが、こちらでもう用意はしてあります。この、サマリーアート郊外の丘の上にポツンと一軒家が有ります。そこに住むようにして下さい」


 用意周到である。

「はぁ……」

 と、返事をするしかない。


「一応、掃除はしてありますが家具などは入っていません。『百貨店』が有るのですから、自分たちの好きなものを揃えれば良いと思いますよ」

「何から何までの、お心づかいに感謝いたします」

「いえ、こちらの都合でも有りますから。……転移するにしても、他人の目が無い方が良いでしょうしね」


 ローランが家の場所を記した紙とカギを渡してくれ、女王は最後の無茶ぶりとばかりに、

「では、明日引っ越しをして下さい。今住んでいる所の荷物ですが、【アイテムボックス】に入れて運べば簡単な事でしょう?」

 と言った。


 ここまで自分たちの事を知られていいては、もはや一言も返す気分になれないシャギーであった。


「さて、今日の所はこれまでです。指輪を返しましょう」

 指輪を受け取ろうと手を差し出したが、その指輪は女王にはぐらかされ、引っ込められてしまった。

「…………えっと……?」


「一つ聞きたい事があります。この指輪を私がはめた場合どうなりますか?」

「どうにもなりません。その指輪は私にしか反応しませんので、陛下がはめられても、ただ無駄に魔力を吸い取る指輪でしかありません」

「なるほど。では私にも扱える指輪を作る事が出来きますか?」

「…………できますが……」


 シャギーは、ローランに確認の目線を送る。答えても良いのかと。

 ローランは、あきらめにも似た表情で黙って首を横に振る。

(え~、それだと良いか悪いか分からないじゃないか~!)


「ローランに聞いても無駄ですよ。私のする事に強く意見など言えませんから」

(なんだそれ! ローラン様はどんな弱みを握られているんだ?)


「作ることは出来ますが、作るにあたって、血液と髪の毛が必要になりますし、準備も道具も要りますので、すぐには無理です」

「それで構いません。今すぐ欲しい訳では無いので。出来るか出来ないか確認ができれば良いのですから。いずれ、頼むことになるかも知れませんので、覚えておいて下さいね」


 今日、何度目になるか分からない心のため息をつき、

「承りました」

 と、答えた。


 そして、シャギーは指輪をとり戻し、ようやくリョウに戻る事が出来た。


 入室してきた時と同じような、威厳のある声で女王は、

「用は済みました」

 と告げられ、


 リョウは、

「では、御前を失礼させていただきます」

 と答え、部屋を出た。


 生も魂も尽き果て、幽鬼の様なおぼつかない足取りで、城を去って行くリョウの姿が有った。



 さっき会見をした部屋で、女王とローランは、

「陛下もお人が悪い」

「フフッ、気づかぬあの者がまだ若いだけです」

 と悪い顔で、話をしていた。


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