第15話 【飛行船】
自分達に会えと言われた所で、リョウとセイにはサッパリ訳が分からない。
「え~と…………」
「はい。そちらの疑問はもっともな事です。我々も、そして『姫巫女』様達でも理解できていないのですから」
それはもう、リョウ達にとってはお手上げ状態である。
「ですので、ここで今世の『姫巫女』様とお話しされるよりは、皇都に赴き先代の『姫巫女』様とお話しするとこをお勧めします」
「…………。ではなぜここに今世の『姫巫女』様が来られたのでしょうか?」
当然の疑問である。
皇都で会うのであれば、ここに来る必要はないからだ。
しかし斗蘭之が次の言葉を発るより早く結菜が口を開いた。
「え~、それはねぇ~、私がリョウ君とセイ君に会いたかったんだも~ん‼」
そのあっけらかんとした言動に、斗蘭之のみならず、リョウも頭を抱えたくなった。
だが、セイは少し他の者達と何か違う感じ方をしていた。
(この子…………。なんか変? 無理してギャルをしてるみたいに見えるんだけど?)
セイが、このラドランダーに転生した時の前世は、現役の高校生だった。
まあ、バリバリの進学校だったので、そうギャルとかに詳しいわけでは無いのだが、同級生の女子達の話を聞いたりしていたので、この結菜と言う少女のギャルに違和感を感じるのだ。
「あの~、斗蘭之さん。僕、『姫巫女』様にお聞きしたことが有るんですが良いですか?」
と、斗蘭之に『姫巫女』と話しても良いか聞いてみたのだが、斗蘭之はセイ達に『姫巫女』を関わらせたく無いのか、
「申し訳ございません。直接『姫巫女』様とお話をするのはご容赦ください」
と言って来た。
しかし、ここでも空気を読まない(読めない?)結菜が口を挟む。
「え~! 私、セイ君と話し出来るよ~」
「『姫巫女』様‼ 少しはお控え下さい! その様に我が儘を仰ってばかりでは困ります!」
とうとう斗蘭之がキレてしまった。
微妙な空気が部屋に漂う。
ここで役人の武宇良木が助け舟を出す。
「ひとまず『ブラット』のお二人には、お部屋で休んで頂いたらいかがでしょうか? 今日、この月美勢津に到着されてお疲れでしょうから。このままここで分からない話をしていてもらちがあきません。ですのでお話は、やはり皇都の慶皇鄭でされた方が良いのではないでしょうか?」
「そうですね、詳しい話は皇都で先代の『姫巫女』様にも加わって頂いて、お話をした方が良いでしょう」
武宇良木の提案に、これ以上結菜に突拍子もない言動をさせないためにも、斗蘭之もその話に乗った。
こうしてリョウとセイは、この迎賓館の部屋に案内されて行った。
部屋に残った斗蘭之は、大きなため息をついて、
「ハァーー。『姫巫女』様‼ あれ程、ご自身での発言はお控え下さいと、私は事前にご注意しましたよね! なぜ、そう勝手な事をなさるのですか⁉」
斗蘭之の小言に結菜は、プウッと頬を膨らませいかにも不服そうに、
「え~、だってぇ~、頭の中に聞こえてくる変な声が、リョウ君とセイ君と話をしろって言ってるんだもん。だから、話したかったんだよね!…………斗蘭之はさ、いつもいつもあれやっちゃダメとかこれやっちゃダメとか言うけどさ、何で結菜は自由にしちゃいけないのよ⁉ もう! ホント! 勘弁してよね~‼」
と、逆切れしてそっぽを向く。
二人とも、生きて来た環境も育った過程も違い過ぎて、お互い理解しようとも思いもしないのだ。
かたや、日本と言う異世界の、普通の女子高生として生きて来た結菜。
かたや、露葡瑠吾の由緒ある家柄で、厳格な家庭環境で育って来た斗蘭之。
理解し合えと言う方が、無理である。
「それでも、私は貴方様の意を酌んで、この月美勢津に来る事をお許ししたのです。であれば、貴方様も、少しは私の言う事を聞いて頂いてもよろしいのではないですか?」
「ん~、ここに連れて来てくれた事は嬉しいけどさぁ~、あの二人と話できないんじゃ、来た意味ないじゃん!」
「…………やはり、ここに貴方様をお連れした事は、私の間違いでした。明日、皇都に戻ります。その後は先代の『姫巫女』様とお婆様にお叱りを受けて下さい!」
「えっ! やだぁーーーー‼」
豪華な応接室に、結菜の叫びが響いた。
その頃、部屋に案内されたリョウとセイは、
「…………」
「…………」
あまりの豪華な部屋に、口をあんぐり開けて言葉を失くしていていた。
「えっと…………」
「なにか、ここに有るもの全て、触れるのが恐ろしいな」
「ん、そうだよね。……僕、こんな所で寝れ無いよ! このベッドだったら床で寝た方が良く寝れそうだよ」
「ハァ~、チョッと他にランクの低い部屋が無いか聞いてみるか? お前じゃ無いが、本当にこれじゃあ寝れんぞ!」
「そうしよう!」
リョウは、ロザリード辺境伯としてまたはクジョウ準公爵として、だいぶ豪華な場所には慣れてきたが、それはその場所で仕事や話し合いをしていただけであって、その豪華な場所に寝泊まりすると言う事では無かった。
今回、王宮とは違うが、この贅を凝らした迎賓館の部屋に泊まると言うのは、リョウとしてもいささか勝手が違っていた。
先程、この迎賓館の支配人の伊井野吏が、困った事があれば言ってくれと言っていたので、早速彼に相談してみた。
結果、リョウ達の話を聞いた伊井野吏は、初めはそのような事は出来かねると渋られたが、セイが、じゃあこの部屋の床で直に寝ると言いだしたので、そんな事をされたらこの迎賓館の沽券に係わると思い、別のグレードの部屋を用意してくれた。
まあ、その部屋自体も前世のホテルに例えるのなら、ロイヤルスイートのような雰囲気ではあったが…………。
「ま、まあ、これで良しとするか?」
「う、うん。良いんじゃない…………」
伊井野吏の話によれば、この部屋が客間としては一番格が低いそうだ。後は、お付きの者や使用人が使う部屋になるので、二人はもうこの部屋で妥協するしかなかった。
その日は、特に豪華な晩餐に招待される訳でも無く、部屋に届けられた食事は和洋食のような料理がかなりの量があったが、そこはそれ、成人男性が二人、特にセイは未だに食べ盛りなので、残さず全て綺麗に頂きましたとさ。
翌朝届けられた朝食は、驚くべき事に前世の旅館で供されるような、完全な和食にリョウとセイは驚かされたが、これも、ご飯のお変わりを何回もして全て食べ切ってしまった。
身支度を整えて一階ロビーに降りて行ったリョウとセイ。
そこにはすでに『姫巫女』様ご一行が待っていた。
「お早うございます。申し訳ない! 遅れてしまいましたか?」
「お早うございます。いいえ、私共も今ここに来た所ですので、お気になさらず」
心の中はともかくとして、リョウと斗蘭之は当たり障りのない朝の挨拶をかわす。
この月美勢津から皇都迄はかなりの距離がある。その長い距離を馬車で移動するとなると、いくらサスペンションが付いていても、リョウ達の様に体を鍛えていても相当応えるだろう。
ましてや、『姫巫女』はまだ若い女の子である。具合が悪くなったり、泣き出したりしないか心配になる。
「ところで、皇都に向かうのに、移動は馬車になるんですか?」
斗蘭之はサッと辺りを見回しながら小声で、
「それは…………。ここでは少しお話しできない事がございまして、然る場所までの移動に使う馬車の中でご説明いたしますので、それまでその事に関しての事をお尋ねになるのはご容赦ください」
何かこの国ならではの、秘密の移動手段があるようで、リョウは軽く頷きそれを承諾した。
二台の馬車に分かれて、それぞれ乗り込み馬車を出発させる。
先頭の馬車には『姫巫女』と斗蘭之、それに護衛騎士の部羅瑠登が乗り込み、後続の馬車にはリョウとセイ、そして役人の武宇良木が乗り込んだ。
馬車の中では特に、移動手段についての説明も無いまま、馬車は進んで行く。
そして辿り着いたその場所は、まるでヘリコプターの発着場を広くしたような広場になっていて、そこには、リョウとセイにとってありえない物が鎮座していた。
それは、露葡瑠吾の貴色、青色に染められた飛行船だった。




