第7話 【蟻地獄】
茫然自失となって座り込んでいるピュッテル男爵から、どうにか事のあらましを聞いたシャギーは、呆れてものも言えない感じで彼を見下ろし、
「…………じゃあ、何か? あんたの自分勝手な思惑の為に、俺達を使おうって事だったのか⁉」
「……………………はい……」
消え入りそうな小声で返事をするピュッテル男爵だったが、
「ロザリード卿! どうか今回の件を、国王陛下に伝える事だけはしないで頂きたい。どうか、お願いいたします‼」
急に立ち上がり、シャギーに掴みかからんばかりに迫って来た。
そんな彼自身の保身優先の態度に、カチンときたシャギーは言葉も荒く言い放つ。
「あんたは、自分の保身ばかり考えているようだがな、あんたのその無責任な一言で、多くの人命が失われるとこだったんだぞ‼ そこを分かってんのか⁉」
しかし彼は、シャギーが言っている事が心底分からないと言うような顔をして、とんでもない事をサラッと口にした。
「えぇ~と、それが無いか不都合がありますでしょうか? 騎士に兵士、それに冒険者などいくらでも変えが有りますよね。そんな者達の命などに気を使うなどと、ロザリード卿はおかしなことをおっしゃるのですね?」
王族や貴族は二種類に別れる。
税を納めてくれる民が働きやすく、尚且つ暮らしやすくする為に、自分達が居るのだと考える貴族。
片や、自分たちの生活を支える為だけに、民が存在していると思う貴族。
ピュッテル男爵は完全に後者だ。
前世では人を守る為の職業を選択していたシャギーは、その様に考える者が居る事さえ許し難い。
「チッ! 今回の事はキッチリ国王陛下に報告するからな! ああそれと、これからグリーンメタルアントの掃討を始める。…………お前が居ても邪魔なだけだ、とっととここから失せろ‼」
シャギーは、顔を見るのも嫌になって来たピュッテル男爵に対し、凄味を込めて舌打ちをしてここから追い払った。ここに居られて、また何か良からぬ事でも起こされてはたまらない。
早々に退場させるに限る。
「……………………」
ピュッテル男爵は青い顔をしてシャギーを見て、何かもの言いたげではあったが、これ以上ロザリード卿の不興を買う訳にはいかないと判断したのか、大人しく城壁を降りて行った。
(これでグリーンメタルアントの、甲殻の傷を心配する事は無くなったからな、思いっきりやれるぜ!…………おっと、セイにこの事を知らせなきゃいけない。あいつの負担を少しでも減らさないと!)
今回ロブルアに行くにあたって、セイは新たな魔術具アイテムを錬金術で作り上げていた。
一見ただのイヤリング……どちらかと言えばイヤーカフのような形状をしていて、念話で話が出来る魔術具だ。
以前行ったアレッドカで、リョウが誘拐された事があったので、その様な突発的な出来事に対し、離れていてもすぐに対処できるように、セイが考えて作り出した物だ。しかも、自分の魔力で無ければ取り外しが出来ない仕様になっている。
あまり距離が離れ過ぎていると念話が届かないが、今日位の距離であるならば、問題無く使う事が出来る。
しかし、もっと離れていても念話が出来る様にするのは、セイの今後の課題だ。
シャギーはイヤーカフに魔力を通して、セイに事のあらましを念話で告げる。
(…………と言う訳だったんだ)
(何それ! ずいぶんな事してくれるじゃない‼)
(だよな~。まあでも、奴をここから叩き出したから、これでグリーンメタルアントの駆除に、心置きなく取り掛かる事が出来るぜ!)
(やったね!)
(所で、話は変わるが、奴等の巣は見つかったか?)
(うん、まあ、見つけたよ…………でもさ)
(何だ?)
(規模がかなり大きそうなんだよね。僕が錬金術で作ったアイテムを使ったとしても、巣の中の蟻を全滅させるのは無理だと思う)
(……そうか…………。じゃあ、こっちはここに居るこいつ等に任せて、俺もそっちに向かう事にするよ)
(うん! 兄さんが来てくれるなら助かる。じゃあなるべく早く来てね‼ 待ってるから)
シャギーは、イヤーカフに通していた魔力を解き念話を終了させ、今度は指輪に魔力を通しリョウに戻った。
騎士のイアーデルと冒険者のバッジの元に戻り、さっきセイに念話で話したのと同ように、ピュッテル男爵の所業を暴露した。
「はあ? 何ですかそれは! 貴族てしてあるまじき行為ですよね⁉ 同じ貴族として恥ずかしいですよ! 全く‼」
「って言うか、もうそれは人としてどうなんだ! 良い大人が何やってんだよ‼」
二人ともご立腹である。
それは当然だ。自分たちの命を使い捨ての、物のように扱っていると同じ事だからだ。
「まあ、俺はアサール国王陛下と、昵懇にさせて頂いているから、この事はキッチリ報告しておくよ」
「「よろしくお願いします!」」
二人は、良い笑顔でリョウに頭を下げた。
「で、こう言う訳だから、もう甲殻の傷なんて気にせずに、この蟻たちをやっちゃって良いぞ!」
「やっちゃって良い?……リョウ殿は討伐に加わらないのですか?」
「ああ、すまんが、セイがこいつらの巣穴を発見したんだ。そっちを潰さない限り、こっちをいくらやっても後から後から追加で蟻どもが来るからな。あっちを先に叩きに行く‼ それが終わったら戻って来るから、それまで城壁を頼むわ」
「分かりました。こちらの事は私達で頑張りますので、巣穴の方をよろしくお願いします」
アントの類は主に強靭な顎による噛みつきと、熔解酸を飛ばす攻撃をして来るが、グリーンメタルアントは魔物のランクが低いので、噛みつきも酸もそれ程の威力は無い。なので、ここに居る者達で十分対処は出来る。
ただ、数が異常に多いのが、不安な事ではあるが…………。
しかし、リョウが巣の方が終わり次第戻って来ると言っていたので、それまで持ち堪えれば、どうにかなるだろうとイアーデルとバッジは考えているようだった。
セイに所に向かうにも、耳に付けたイヤーカフが役に立つ。
事前にイヤーカフの使用を試した時、セイの魔力を頼りに、その場所に転移する事が出来るのが分かったのだ。
リョウは、イヤーカフに魔力を通し、セイの魔力を頼りにその場に転移で現れた。
「待ったか?」
「全然。それよりあれを見てよ」
とセイが指さす先には、グリーンメタルアントが、ワラワラと這い出して来る巣穴があった。
「うわっ! な、何だありゃ! 酷でぇな‼」
リョウが驚くのも無理はない。
巣穴と思しき場所からグリーンメタルアントが、押し合いへし合いのような状態で出てきている。
まるで、ダンジョンのスタンピードのような光景だった。
「…………ハァ~。まずは、あいつらが出て来るのを止めないと、無限に蟻が出てきそうだ」
「これがホントの蟻地獄?」
「…………ふざけてるのか⁉」
「少し、気を緩めないと、現実が酷すぎてやってなれないよ~!」
「まあ、分からないでは無いが……」
二人ともども、現実逃避したくなるような惨状である。
「で、どうするの?」
「穴を塞ぐにはやはり蓋をするのが一番だろうな」
「蓋をするって言ったって、どうするのさ。あんなに蟻が居るのに!」
「まあ見てろ」
グリーンメタルアントアントの巣穴は、丁度切り立った崖の下に有り、二人はその崖の上から巣穴を覗き見ている。
リョウは、アイテムボックスから愛用の杖を取り出し構えて目を閉じた。杖の前方に魔法陣が浮かび上がり、リョウは静かに一言【鉄板】と言った。
すると、本当に鉄板状の巨大な物が、グリーンメタルアントの巣穴を覆いかぶさるように、もの凄い音を立てて塞いだ。
「はあ~。すごいね~」
「そうでもないさ。……これが土の板だったら、あいつらに嚙み砕かれてしまうかもしれ無いが、取り合えず鉄にしたんで、あいつらもそう易々と穴を開けられまい。今のうちにここらに居る蟻を始末るぞ‼」
「オッケー!」
リョウは、今すぐにでも崖から飛び降りそうな、セイの襟首をつかみ引き戻し、
「ちょっと待て! 先に魔法で数を減らす!」
と言って再び杖を構え【痺雷走破】と言葉を発して魔法を発動した。
グリーンメタルアントが居る場所に、まるで空を駆け巡る稲妻がバリバリと音を立て、地面を駆け巡っているような光景になった。
数えきれないグリーンメタルアントが一瞬で動かなくなり、ひっくり返っている。
「セイ! ほとんどが死んでいると思うが、まだ生きている奴もいる。止めを刺しに行くぞ」
「分かった‼」
と、二人同時に崖を飛び降り、ひっくり返って動かなくなっているグリーンメタルアントに向かって駆けて行った。




