1話
目が覚めると知らない街に居た。いや、街そのものは知っている。なんなら1日に最低でも2度は見る景色なので知らないなんて事はない。それでも自分が「知らない街」などと言ったのには訳がある。人が居ないのだ。自分の住んでいる街は都会と言うほど栄えている訳でもないが大抵のものは10分歩けば手に入ると胸を張って言えるぐらいには栄えているし酒屋の類もたくさんあるので深夜でも1人ぐらいはその辺を人が歩いているはずなのだがおかしな事に本当に誰も居ないのだ。それに奇妙なのは今自分の背中がもたれかかっているこの壁だ。先ほども言ったように自分はこの街の民なのでそりゃそうと言えばそりゃそうなのだがかなりこの街を知っている、すごくよく知っている。なのであの建物群があの部分だけ見えるような場所に立つとなるとその真後ろに壁なんてものは存在し得ないということも知っている。二日酔いにやられた頭でどうにか立ち上がり壁から離れて後ろを向くとそこには随分と立派な門があった。中世ヨーロッパの城についてるような大きな黒い門である。地獄の門を思わせる風貌のその門に壁はなかった、それに枠もなかったので門と呼ぶべきか2枚の大きな鉄板と言うべきかは迷った。一度立ったらばと思い少し散策をしてみるがこの大きな門以外に普段の街から何か変わった事はないし人は相変わらず居ないので何かないかと門のある場所へ戻る事にした。何をして何が起こったのか、何をすれば元に戻るかなど何のヒントも得られずに相当な時間が経ったので半ばヤケクソになりながら門を押してみる。サイズと触った感じの材質からして人間1人で開けられるような門ではない。ふぬおおおおおおおおおおお!と情けない声を出しながら全力で押してみるが本当にビクともしない。が、何も起きないという訳ではないようだ。門の裏からなにやら自分を呼ぶ声が聞こえてくるではないか。ひとまず門を押すのをやめて門の裏へと向かうとそこには麗人が居た。麗人は言った、「君はどうしてここにいるんだい?」と。そんなのこっちが聞きたいよと返す。すると麗人は鉄砲玉でも受けたかのようにあんぐりと穴という穴を見開いて驚いている。「なんで?」とでも言いたい感じの顔だった。自分が「あなたは何者なんです?」と聞くと麗人ははっと正気に戻り答えた。「私は…なんだろうな?」と。私全部分かってますみたいな雰囲気勝手に出しておきながらこのザマだったので殴りかかりたくもなったが右手は抑えておいた。彼女は彼女自身のことについては教えてくれなかったが自分は今放っておけば命が怪しいこととこの状況から抜け出せるということを教えてくれた。彼女自身のことについては彼女も分かっていないのか言えることが少ないのかは分からないがだんまりだった。まず彼女の言うことが真実であるならば自分は今ラジオで言う所の周波数が他の人と違う状態にあるらしい。他の人間は見えないし触れないけど周波数さえ整えれば他の人は見えるし触れるし聞こえるいつもの状態に戻るとのこと。それから周波数を整えるにはこの門を開けてその中を通る必要があるらしい。門を開けるにはなんやかんやする必要があるらしいがその辺の話は二日酔いが極まっている自分には理解できるはずもないほど複雑だったので正直覚えていない。ひとまずここから出たいといった旨の話を彼女にすると少し寂しそうな顔をしながら「喜んで」と、ただ一言残した。