妹やお姉さんたちにはついてるのに俺にはついてないものがある
なんだかんだと忙しかった一日が終わり、璃々香お手製の芋の串焼きを食べた俺は、あっという間に眠りについた。
翌日俺は、顔に朝日を感じて目が覚め、伸びをしてゆっくりと起きようとしていたところへ、
「お兄ちゃん、朝だよ!」
と、けたたましい璃々香の声が飛んできた。
「わかってるよ……」
「お姉さんたちがね、獣人化するんだって」
「ああ、そういえば……」
昨日は普通に人間の姿だったな。
「それにね、ルミるんとユリりん、あ、お姉さんたちのハンドルネームね、で二人は姉妹なんだって」
「やっぱ姉妹なんだな」
「うん、でね、ルミるん達と私達って違ってるんだよね」
「違ってる?」
いきなり話が飛んでないか?
「うん、私達は海に放り出されて気がついたら島に着いてたけど、ルミるん達は海を漂ってる途中でトンネルみたいなところを通ったんだって」
「トンネル!?」
何だそれ、ちょっと恐いな。
「とにかく行こう、早く!」
璃々香に腕を引っ張られるようにして泉に向かうと、二人のお姉さん、ルミるんさんとユリりんさんが泉の精霊の前に立っていた。
「おお、来たな」
俺達に気づいた精霊が言った。
「それでは始めようかの」
そう言うと精霊は静かに目を閉じた。
すると、仄かな光が二人を包みこみ、やがて光が消えると二人の頭にケモミミが生えていた。
「ねえねえ、二人は何になったの?」
璃々香が駆け寄って訪ねた。
「私は猫、山猫かな」
背の高い方の女性、後で聞いたらこちらが姉のルミるんさんだそうだ。
「私は狼」
で、こちらが妹のユリりんさん。
「すごぉーい、かっこいいねぇーー!」
璃々香はそう言いながら二人を交互に見て、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
その時初めて俺は、璃々香に尻尾があることに気がついた。
「璃々香には尻尾があったんだな」
「そうだよ、今まで気づかなかったの」
「ああ」
(そうか、俺には尻尾がないから……)
俺は自分の尻のあたりに手を当てて思いながら、
(二人はどうなんだろう……?)
などと、思っていると、
「ルミるんとユリりんにも尻尾があるからね!」
と、わざわざ見る必要はないとばかりに、璃々香が言った。
「そ、そうなのか」
尻尾を見ようとすれば必然的に二人の女性の下半身を後ろから見ることになる。
(やばいやばい……)
璃々香にスケベだの変態だのと言われるのは構わないが、会ったばかりの女性にスケベ変態認定されるのは絶対に避けたい。
(話題を変えよう……)
そう思って俺は精霊に訊ねた。
「さっき璃々香から、お二人はトンネルみたいなところを通ってきたって聞いたんだけど……」
「そうじゃな」
精霊が答え、二人も頷いている。
「でも俺達はトンネルなんて、なあ……」
俺が璃々香に振ると、
「うん、通らなかった」
璃々香も頷きながら言って、
「けど……」
「けど?」
「うん、今思い出したんだけど、なんだか一瞬、風の中を抜けたような感じがしたと思う」
「風を……?」
俺は聞き返しながら、海を漂って潮に流されていたときを思い出そうとした。
言われてみれば、という気はするがはっきりとは思い出せなかった。
璃々香は大雑把な性格の割に敏感なところがある。
特に気圧の変化には敏感なようで、局地的な天候予想はほぼ的中する。
「俺は気づかなかったが、璃々香が言うならそうなんだろうな」
「ふふん!」
腰に手を当ててドヤ顔の璃々香。
「ふむ、おいおい話すつもりではあったが」
精霊が話し始めた。
「この島は、というよりはこの世界はお主らのいた世界とは違う世界なのじゃ」
「「「「え!?」」」」
俺達は四人同時に声を上げた。
「考えてもみい、お主等の世界に獣人なんぞいたか?われのような精霊もいなかったじゃろ?」
「それはそうだが……」
「いきなり違う世界だと言われても……」
俺と璃々香の言葉にお姉さん二人も頷いている。
「とにかく先のことは後で考えるとして、この世界で生きていくことを考えるのじゃ」
「「「「はぁ……」」」」
俺たちは精霊の言葉に渋々頷いた。
「で、早速じゃが」
俺達を見回しながら精霊が言った。
「浜に漂着物がある」
「漂着物?」
「うむ、箱がいくつかじゃな。おそらくお主等の世界から流れ着いたものじゃろう」
「それってもしかしたら……」
そう言う璃々香の声には期待がこもっていた。
「うむ、生活に使えるものも入っているやも知れん」
穏やかな笑顔で精霊が言った。
「それは、朗報だな」
「だよね!」
「ですね!」
「早速見に行きましょう!」
こうして俺達四人は精霊の指示の下、漂着したと言う箱の回収に浜へと向かった。
「でね、お兄ちゃん」
浜へ向かって歩きながら璃々香が言った。
「なんだ?」
「お兄ちゃんにもハンドルネームがあったほうがいいよね?」
璃々香が言うと、
「そうですね」
「やっぱり呼び名がないと」
お姉さんたちも同調した。
「なので、私がお兄ちゃんのハンドルネームをつけてあげる」
「いや、いらねえよ」
「だめ、もう考えたんだから!」
そう言って璃々香は腰に手を当てて俺を睨んだ。
「お兄ちゃんは今からウッホと名乗りなさい」
「ウッホ?なんだそりゃ?」
「だってお兄ちゃんはゴリラの獣人でしょ、だからウッホ」
「いや、ちょっと待て……」
俺が抗議しようとすると、
「いいですね、ウッホさん」
「覚えやすくて」
そう言うお姉さんたちは明らかに笑いをこらえている。
「じゃあ、ウッホで決まりね!」
嬉しそうにドヤ笑顔で璃々香が宣言した。
そして璃々香は浜に着くまでずっと「ウッホウッホ〜♪」と歌い続けた。