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ママの子

作者: 村崎羯諦

 家を出て行ったママが、新しい赤ちゃんを産んだ。


 今度美幸も見においでよ。一年半ぶりに会ったママは、小学校はどう? とか、元気だった? とかじゃなくて、嬉しそうにそう言った。


 ママが新しい赤ちゃんを産んだって聞いた時、お腹の辺りがギューってして変な感じがした。だけど、前みたいにママが怒って帰っちゃうのも嫌だったから、私は見に行きたいって言った。ママはよろこんでくれて、この日においでって言ってくれた。ママが私に会いたがっているっていうのは嬉しかったから、私もうんって言った。


 ママが見においでって言ってくれた日。私はパパには内緒でママのお家に行ってピンポンをした。中からバタバタって足音がして、それから玄関が開いた。ママがどうしたの? って聞いたから、ママの子を見に来たのって言うと、ああ、そうだったねってやっと思い出してくれた。


 お家に上がって、リビングに行くと真ん中にベビーベッドが置いてあって、そこに赤ちゃんが眠っていた。赤ちゃんは知らない私を見ても驚いたりぐずったりしないで、ニコって私に笑いかけてくれた。


 抱っこしていい? と私が聞くと、ママは優しく抱っこの仕方を教えてくれた。赤ちゃんはずっしりと重くて、温かった。


「美幸も赤ちゃんだった頃は、今と違ってこんなに可愛かったのよ」


 ママが言う。私が赤ちゃんを見ると、何も知らない赤ちゃんが笑って、それからお腹の辺りがぎゅーって痛くなった。


「ママは赤ちゃんができたからお家を出て行ったの?」


 赤ちゃんをベッドに戻したあと、私はママの方を見ずに、独り言のように言った。ママの方を見なくても、ママが私をじっと見ているのがわかった。ママはずっと黙ってて、それから冷たい声で違うよとだけ言った。


「そんなことよりも会社の人からもらったお菓子があるから食べない? 別の部屋に置いてあるから取ってくるね」


 ママが私から離れていく足音。痛くなるお腹。私はベビーベッドの柵をぎゅーって握る。そして、赤ちゃんが楽しそうに笑う。


 私は教えてもらったやり方でママの子を抱っこする。振り返ったら、ママはもうリビングにはいなかった。私は足音を立てないようにそっとリビングを出ていく。そして、自分でもなんでそんなことするのかわからないまま、私は赤ちゃんを抱っこしたまま家から出て行った。


 すれ違う人は赤ちゃんを抱いた私を見て、にこりと笑ったり、心配そうな表情を浮かべたりしていた。赤ちゃんを抱っこしたままどこに行こうかなんて考えていなかった。なんで私が赤ちゃんを盗んで逃げるみたいなことをしてるのかもわかんなかった。お腹はさっきからずっと痛いままだった。


 でも、一つだけわかっていた。この子さえいなければママは家を出て行かなかったということ。


 公園があったから、疲れた私はベンチに座った。赤ちゃんは何もわからないままずっとニコニコしていた。これからこの子をどうしよう。私は可愛い赤ちゃんを見ながら、自分がしていることに自分で怖くなってしまう。


 公園には親子で遊びに来ている他の子供たちがいた。それを見てると、今にも涙が出てきそうな感じがした。


「可愛い赤ちゃんね。妹さんか弟さん?」


 いつ間にか横に座っていたおばさんが私に話しかけてくる。私は服の袖で目を拭ってから、違うのと言った。


「この子は、ママの子なの。でも、私の妹とか弟じゃないの」


 おばさんは何も言わずにじっと私を見た。それから「そう」と一言だけ言って、私の頭を撫でてくれた。


「じゃあ、ママに返さないとね」

「でも、きっとママ怒っちゃう」

「大丈夫よ。ママはあなたが寂しいって思う気持ちもわかってくれる。だって、ママはあなたのことが大好きなんだから」


 本当に? 私はおばさんの顔を見て聞いた。おばさんは優しく笑って、おばさんが約束すると力強く言ってくれた。


「ママに他の子供がいても、ママはずっとあなたのことを想ってるのよ。自分の子供が可愛くない親なんているもんですか」


 おばさんは私をそっと抱きしめて、そう言ってくれた。私のことを想ってくれている。その言葉を聞いたら、なんでかわからないけど、さっきまで苦しかった胸がスーッと楽になるような気がした。私はありがとうとお礼を言って、立ち上がった。それからママの子を抱っこしたまま、来た道を引き返した。


 ママはずっとあなたのことを想ってるのよ。私は何度も何度もその言葉を心の中で繰り返した。そうしてるとお腹は痛くなくなったし、足取りは少しだけ軽くなった。家の玄関を開けようとした時、少しだけ不安な気持ちになったけど、その言葉をもう一度繰り返すと勇気が出た。私は玄関を開け、そのまま中に入った。


 廊下を渡ってリビングに入ると、ママは電話越しに大声で叫んでいた。


 鬼のようなその姿に足が止まったけど、勇気を振り絞ってママに近づいて行った。私が近づくまでママは私に気が付かなかった。でも、赤ちゃんを抱っこした私に気がつくと、目を大きくして、手に持っていた携帯を投げ出して私の元に走って来た。


 ママが私から赤ちゃんを乱暴に取り上げる。それから泣きながら赤ん坊を抱きしめて、良かったと何度も何度も何度も言った。


「ごめんなさい、ママ。赤ちゃんにママが取られると思って、寂しかったの」


 私は勇気を振り絞ってそう言った。ママがそこで初めて私の顔を見る。だけど、その顔を見て、私は息が止まりそうになった。ママが私を見つめる顔は、私に優しくしてくれる時のママの顔ではなくて、まるで犯罪者を見るような顔だったから。


「何してくれてんの! このクソガキ!!」


 ママがそう叫んで、思いっきり私のほっぺたを引っ叩いた。私は叩かれたほっぺたを触りながらママの方を見た。だけど、私のことが大好きなはずのママは、私をきっとにらんで、叫んだ。


「あんたなんか私の子じゃない! 出ていけ!!」


 叩かれたほっぺたが痛い。でも、それ以上に私の胸がキューッとして苦しかった。私は大声で泣いた。私に釣られて赤ちゃんが大声で泣く。ママはママの子を怖かったねと優しく言いながら抱きしめる。だけど、ママは私をママの子みたいに優しく抱きしめてくれることは、なかった。

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