ポンニチ怪談 その73 シシャカイケン
所属会社の前社長の犯した罪に対する釈明会見に臨んだはずのイノットだったが、用意した台本とまったく違う様子で…
「えー、それでは、これから記者会見を行います」
司会の声に、イノットはハッとした。
(あ、そうだ、今日は、オブザーバーとして来ているんだった。うちの事務所の前社長の“所属タレントたちに対する性加害被害への謝罪と対応”と、“今後の事務所の再起”だっけ。ああ、まったく、こんなのどうせ、いつものヤラセだよ、番組とおんなじ質問する記者リストも、会見の流れも決まっているのに)
と、見えないように欠伸をかみ殺して、カメラの前ではいつもの誠実そうで純朴な人柄を演出しようとイノットが顔を上げた時、
「で、では、一社一問で」
『何を馬鹿なことを言っているんです、追及にはトコトン答えていただきましょう』
『そのうえで、きっちり償っていただきましょう』
『アナタ方も共犯者ですから』
と口々に反論の声が上がった。
(な、なんだ、これ?こんなの台本にないぞ。だいたいどこの新聞社だよ、INUHKとかちゃんといるのか、こんな質問するなら、もう番組降りるぞ…いや、今はこっちが下ろされるかもしれないのか、だ、だけど、これは、アイツらだって見て見ぬ振りしてた、それどころかおぜん立てもしたくせに)
イノットは驚きと怒りを感じながら、どこの記者か見つけようとしたが、やたらに記者席が暗くて見えない。
「そ、そんなこと、わ、私たちが共犯なんて」
司会が慌てふためいて釈明しようとすると
『そうか、コイツはみーんな喋ったけど』
ヒュー、ドサッ
司会者のそばに投げられたのは
「ひいいいい、社、社長」
前社長の娘ジェイキキセンだった。
「ううう。ご、ごめんなさい。す、すみません、許してください、お、お願い」
全身傷とあざだらけ、自慢のスーツは破れ、あちこちに血がにじんでいる。
(こ、こんな、ま、これじゃ、まるで、会見じゃなくて公開リンチじゃないか。いったい、どうなって)
イノットは慌てて周囲を見回す。
司会は腰を抜かして、パクパクと口を開けたり閉じたりしている。
社長に就任したばかりの先輩タレント、トンサンは、ブツブツと何か言っている。
「あの、トンサン社長?」
イノットが声をかけたのも気が付かず、つぶやき続けるトンサン
「ごめんなさい、お、俺は知ってました、誰がやれるか、次のターゲットか。それをからかって遊んでました。お、俺がやったかって、もう、全部知ってるって、…ああ、そ、そのとおりです、お、おれも。そういう趣味っていうより、え、選ばれたタレントがやっていい子だから…、よ、弱くて人気ない奴らなんて見下していいって、そ、それは、そうかもしれないけど…、“お前たちの人気が出たのは前社長が気に入った奴を売るために裏でいろいろ手を回したからだよ、俺らを犠牲にして、時には…”ご、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください」
府っと顔を上げると、いつの間にか手にしていたナイフで
スーッと首筋を切った。
プッシューと派手に血が噴き出す。
「ぎゃあああああ」
イノットは思わず叫んだ。
司会は気を失ってパターンと椅子から滑り落ちる。
「ひいいい、なんだ、こ、こんな記者会見って」
『記者会見?そんな茶番ではないよ』
『マスコミもグルだからね、きちんと追及する人を笑いものにして』
『それに騙される方にも責任があるかもしれないけどさ、一番はアンタたちだよね』
『そうそう。立場を利用して僕らを蹂躙した前社長の大罪を見て見ぬふりどころか、加担してた。自分らがのし上がって、いい思いするためには僕らがどうなろうとしったこっちゃない』
『子供に見せられない?あのさあ、同期や後輩がレイプされ、玩具にされ、道具にされようが知らん顔。それどころか、標的になった後輩を揶揄する、からかう、いじめる、酷いよねえ。そのおかげで自分たちが今の栄光を得られたんだろ』
『アンタたちが、人気者になって、金持ちになって、いい家にすんで、家族を持てたのも、ぜーんぶ、僕らの犠牲のうえ、前社長のコネ、ライバルを蹴落としてもらって上での成功なんだよねえ。誤魔化し、偽り、まがい物のくせに、エラソーに自分は清廉潔白の正義の人みたいなこと良く言えたもんだよねえ』
『そこの社長や前社長の娘さんみたいに、きっちり反省してよねえ』
イノットは、いつの間に大勢の人影に囲まれていた。
「ひいい。お、お前らき、記者じゃないな、だ、誰なんだ」
薄暗くてよく見えない影に向かってイノットは叫んだ。
『ああ?まだ、わかんないのかよ』
『僕らは被害者だよ、ただし訴えていないけど』
『だって、酷さに耐え換えて死んじゃったからねえ』
『ある意味殺されたともいうねえ』
『まあ、政治家とかにも献上とかされちゃあ、生きてちゃ困るらしいしねえ』
『ほんと、そうやっていい思いをしたことを、まーったく反省してないんだねえ。アンタたちの子供にぜーんぶ教えてやりたいねえ』
『ああ、それより僕たちとおんなじ目にあわせようか。それとも、アンタがやられちゃう?』
「や。やめろおおお、やめてくれええ」
悲鳴をあげるイノットの目の前の少年たちの顔。その顔には瞳がなかった。目にあたる場所は空洞になっており、底知れぬ闇が広がっていた。その闇に吸い込まれるようにイノットの意識は遠のいていった。
どこぞの国では政府機関どころか、史上最悪といわれる性加害の前社長とそれを黙認ひょっとしたら加担していた民間会社まで予定調和の台本会見が横行。まあ出席した記者たちの会社もある意味共犯という、ジャーナリズムが終わりまくっているようで、それじゃあ国民が気が付かないうちにトンデモな結果になっても仕方ないですねえ。