4章 アーメンガード
淡い金髪を編み込みのハーフアップにした女の子は、セーラとローラがペラペラとフランス語を話すのを驚いて見ていました。アーメンガード・セントジョンは、初等部の頃から「ラ・メール」がお母さんで、「ル・ペール」がお父さんということすら覚えられませんでした。
アーメンガードのフランス語の発音はあまりにひどいもので、クスクス笑われ、どうしようもないなと呆れられ、デュファルジュ先生も思わず笑ってしまうほどでした。
セーラは笑うのはひどいと思ったので、アーメンガードの発音も聞こえないふりをしました。
「あなたたち、フランス語が上手なのね!」
授業が終わり、デュファルジュ先生が教室を出た後、アーメンガードはセーラとローラに近づいて話しかけ、セーラの手を取りました。教室のあちこちで話をしていた生徒たちは驚いて3人の方を見ています。
「たしか、双子のセーラとローラだったわよね!白薔薇様と親しいみたいだけど、どんな関係なの?」
一方的に早口でしゃべるアーメンガードにたじたじしているセーラを見て、ローラは言いました。
「ごめんなさい、セーラも驚いているようだからその手を放してあげて。」
アーメンガードは思わず握っていた手をセーラから放しました。あわてて手を引っ込めたアーメンガードに、セーラはほほえみました。
「いろいろ聞きたいことはあるようだけど、あなたはなんて名前なの?」
「私はアーメンガード・セントジョンよ。」
「まぁ、素敵な名前ね!物語に出てきそうだわ。」
ローラも言いました。クラスメートたちは、アーメンガードが自分の過去を知らないセーラとローラに近づいたのではないかと思いました。
その後も、セーラとローラはアーメンガードのことを気の毒に思いました。数学では数式の間違いを指摘され、情報ではパソコンで作った誤った表を2回も印刷してしまい、午後の歴史ではクラスメートたちだけでなくメイナード先生にまで呆れられました。アーメンガードは勉強が苦手で不器用だっただけではありません。「アーメンノート」と名付けた自分のノートに妄想を書くのが趣味で、「ミンチン・タイムス」という学院の壁新聞にその妄想を書いて問題になってしまい、そのこともあって新聞部をやめたのです。「スキャンダル・メーカー」と呼ばれるアーメンガードのことを苦手な生徒も多く、関わりたくないと思うクラスメートもいました。
放課後、落ち込むアーメンガードにローラは言いました。
「あたしたちの部屋に来ない?バニーユとフレーズも待っているわ。」
アーメンガードがうなずくと、セーラとローラはプラチナ寮の自分の部屋に連れて行きました。部屋まで行くとセーラはひそひそ声で言いました。
「今日はバニーユやフレーズが歩いたり、話したりしているのを見られるかもしれないわ。」
足音を立てないように数歩歩いたと思えば、セーラは勢いよくドアを開けました。その居間ではバニーユとフレーズのぬいぐるみが用意された椅子に座っていました。
「見つかる前に、元の椅子に戻っているわ。」
「イナズマのようにすばやいんだから!」
バニーユとフレーズを見て、アーメンガードは気付きました。
「ああ、バニーユとフレーズってこの子たちだったのね!思い出したわ!私、あのアニメが大好きだったの!」
アニマルアカデミーは10年前に放送されていたアニメで、当時は世界中の子どもたちがこのアニメを観ていました。そのためミンチン学院の高等部である13歳から18歳の生徒たちは、このアニメをリアルタイムで観ていた世代です。
「バニーユ、フレーズ、彼女がアーメンガード・セントジョンよ。だっこしてみる?」
「え、いいの?」
アーメンガードはまずフレーズを、次にバニーユを手に取りました。ふわふわのぬいぐるみは手ざわりが良く、まるでアニメの世界からそのまま出てきたかのように細部まで精巧に作られていました。
「どうして、あんなにフランス語が上手なの?」
アーメンガードはセーラに聞きました。
「いつも聞いていたからよ。あなたもいつも聞いていたら話せるわ。」
「絶対に無理だわ!聞いたでしょ、いつもあんな調子なの。」
アーメンガードの悩みは、ロンドン市内の名門大学で教授をしているお父さんと、同じ学院に通う頭のいい弟がいることでした。お父さんは語学を教えており、英語やフランス語のほかに、ラテン語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、中国語、日本語を話せるマルチリンガルで、何千冊もの本の内容を暗記しているような人で、自分の子どもたちも外国語の簡単な文章を書けることと、数式や歴史の暗記はできて当然と思いました。
アーメンガードは、そんなお父さんにとっては困った存在で、弟のオリバーは優秀なのになぜこの子はぱっとしないのか理解できませんでした。オリバーもまた勉強ができないだけでなく、問題を起こすお姉さんに呆れていました。
「姉さんを見ていると、イライザ叔母さんを思い出すよ。」
オリバーはよく、アーメンガードにそんなことを言っていました。イライザ叔母さんはセントジョン教授の妹で物覚えが悪く、覚えたとしてもすぐに忘れてしまうような人でした。
「弟はあまりにもかしこすぎて、お父さんから過大な期待を寄せられているの。今度会ったら、紹介するわね。そうだわ、あなたたちのことを親友にしてもいい?セーラはかしこくて、ローラは明るくて、私はクラス一の問題児だけど、あなたたちのことが大好きよ!」
セーラとローラはほほえみ、うなずきました。
「あたしたち、もう親友よ!」
「これからは、フランス語の勉強を見てあげるわね。」