3章 クラスの転校生
次の日、セーラとローラが講堂の舞台に現れると、生徒たちはみんな彼女たちの方を見ました。セーラとローラのことはプラチナ生だけでなく、今年で18歳になる最上級生の高等部5年生からまだ8歳で寄宿舎生活を始めたばかりの初等部1年生まで、プラチナ寮に入った編入生はすごいといううわさを聞いて知っていました。
プラチナ寮のラビニアは昨晩到着したフランス人のメイド、マリエット・バジュレの姿を目撃していました。
「今日のニコルったら、院長先生が来るギリギリの時間で食堂に来たわね。いいご身分だと思わない?」
ラビニアが横にいたジェシーに言いました。ジェシーはクスリと笑いました。
「ラビニア、彼には彼なりの事情があるんだ。」
セーラとローラは舞台袖の席に座って、集会が始まるのを待っていました。セーラはじろじろ見られても少しも動じず、こんなことを考えていました。みんなは何を考えているのか、授業はどうなのか、わたしたち姉妹のような優しいお父さんがいるような人がいるのかが気になっていました。セーラとローラはその朝、バニーユとフレーズにお父さんのことをいろいろ話していました。
セーラは空想が大好きな女の子で、双子の妹のローラと共有もしていました。小さい頃からぬいぐるみや人形は本当は生きているとも信じていました。授業や集会に出るために紺色のセーラーブレザーの制服に着替えて、マリエットに髪をとかしてもらった後、専用の椅子に座っているバニーユとフレーズのところへ行って、本を1冊ずつ渡しました。
「わたしたちが教室で勉強している間、これを読んで待っていてね。」
マリエットが不思議そうにセーラを見ていたので、ローラが言いました。
「おもちゃは、本当は何でもできるのよ。バニーユとフレーズは本を読んだり、話をしたり、歩いたりもできるの。でもそれは人がいないときだけ。人前では動いてはいけないっていうルールがあるからなの。」
「なんて面白い子たちなのかしら!」
フランス語でマリエットはひとりごとを言いました。優しく礼儀正しいセーラとローラのことを、マリエットは早くも好きになり始めていました。これまで世話をした子どもたちの中にこんな礼儀正しい子どもはいませんでした。「どうぞ、マリエット」とか「ありがとう、マリエット」みたいにメイドではなく、貴婦人に話しかけているみたいです。マリエットは、台所でメイド頭のモーリー・アボットに言うのでした。
「あの子たちは、まるでプリンセスですわ。」
「なるほど、彼女たちはそれほど気品があるのか。」
モーリーはいつでも冷静沈着で、仕事もきっちりこなすプロ意識の高い女性であり、部下のメイドたちだけでなく学院の使用人たちからも慕われています。
セーラとローラはニコルに院長室に案内されました。ニコルは1学年上の4年生なので同級生ではありません。学院についてのことや授業について説明され、編入するクラスの担任を務める歴史の先生ルーク・メイナードとも話をしました。授業で使う教科書の入ったかばんも手渡されました。その後、ミンチン先生に連れられ学院の講堂に着くと、そこにはニコルを含めたプラチナ生の生徒たちが舞台の席に座っており、舞台の前の席には他の生徒たちが座っていました。
「今日は皆さんに、新しいお友達を紹介します。」
ミンチン先生は厳かに言い、机をとんとたたきました。メイナード先生がジェスチャーでセーラとローラに立つように指示したので、セーラとローラは立ち上がりました。
セーラが机の前まで移動し、笑顔であいさつしました。
「皆さん、はじめまして。私はインドから来たセーラ・クルーです。そして横にいるのは私の双子の妹であるローラ・クルーです。この学院に関してわからないことも多いので、いろいろ教えてください。よろしくお願いいたします。」
生徒たちが拍手をしたので、セーラとローラはおじぎをしました。集会の後、メイナード先生に連れられて高等部の3年A組に来ました。そのクラスにはラビニア、ジェシー、クラウス、ピーターもいます。
「みんな、メイナード先生よ!席に着きなさい!」
ラビニアが教室に入ってくるメイナード先生に気付いて叫ぶと、生徒たちはあわててそれぞれの席に着きました。教壇に立ったメイナード先生は穏やかな笑みを浮かべて言いました。
「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります。皆さんがいろいろ話していた編入生は、このクラスに入ってくることになりました。」
それを聞いて、生徒たちは目を輝かせました。メイナード先生が入るように指示をすると、セーラとローラが入ってきました。生徒たちはセーラとローラを見て、ささやき合っています。
「ほら、あの子たちよ。」
「なんてきれいなんだ、友達になりたいな。」
「おい、ぬけがけするなよ。最初に声をかけるのは俺なんだからな。」
浮足立っている生徒たちを見て、ラビニアはため息をつきました。
「でも、そんなにきれいかしら?ちょっと浮世離れしてるわね。」
ラビニアの声は生徒たちには聞こえていないようです。メイナード先生が咳払いすると、こう続けました。
「セーラ・クルーさんとローラ・クルーさんは双子の姉妹で、昔イギリスの領地だったインドからはるばるこの学院に来ました。わからないことがあったら教えてあげてくださいね。それと授業が終わったらいろいろ話をしてくださいね。」
生徒たちが拍手をしたので、セーラとローラはあらたまっておじぎをしました。
「一時間目はフランス語です。空いている席に座って、デュファルジュ先生の到着を待ってくださいね。」
ミンチン学院は20人学級で、空席はちょうど2つあります。セーラとローラはそこに座って、フランス語の授業で使う教科書や単語帳を開きました。しかし、その内容は2人にとってもう知っていることだったのです。
「どの単語も知っているものばかりだわ。」
「デュファルジュ先生がいらっしゃったら、そのことを話しましょう。」
セーラとローラの亡くなったお母さんは、パリで人気のエトワール歌劇団の伝説になった歌姫でした。お父さんもフランス語が好きでよくフランス語で話していたので、今更それを学び直すものなと思っていました。
1時間目のチャイムが鳴る数分前にフランス語の授業を担当するデュファルジュ先生がやって来たので、セーラとローラはデュファルジュ先生の前まで行って、フランス語でこう説明しました。
「あたしたち姉妹は教科書を使ってフランス語を勉強したことがありませんが、父をはじめみんなからフランス語で話しかけられていたので、英語と同じくらいの読み書きができます。あたしたちの亡くなった母はフランス人でした。」
「ムッシュ・デュファルジュが教えてくださるのなら、喜んで学びます。ですが、教科書と単語帳の内容はもう知っています。」
セーラとローラの美しいフランス語を聞いて生徒たちは驚き、デュファルジュ先生はほほえんで非常に喜びました。遠くにあると思っていた自分の国の言葉をこんなに自然に、ハキハキと話しているのを聞くと、フランスに帰って来たと錯覚してしまうほどでした。
「私が君たちに教えることはほとんどありません。君たちはフランス人そのものだ。」
授業が終わった後、デュファルジュ先生はメイナード先生を見つけた途端、セーラとローラのことを嬉しそうに話しました。
「メイナード先生、あなたのクラスに新しく入った生徒たちですが、実にほれぼれとする発音でしたよ。単語の小テストも満点でしたし、彼女たちはまるでフランス人そのものです。」
メイナード先生は自分のクラスの生徒をほめられて、悪い気はしませんでした。しかし、デュファルジュ先生とメイナード先生の会話を聞いたミンチン先生は腹が立ちました。実のところ、ミンチン先生はフランス語が苦手だったのです。メイナード先生はなぜミンチン先生が怒っていたのかわかりませんでした。