表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

1章 セーラとローラ

 9月のある日のことです。イギリスのロンドンの街を一台の車が走っていました。その中に、2人の少女がお父さんの両側に(すわ)っていました。その少女たちは顔立ちと背格好(せかっこう)、そして服装(ふくそう)()ている双子(ふたご)の姉妹です。その少女のうちの1人が(ひとみ)(かがや)かせながら窓越(まどご)しに街並(まちな)みや道行く人々を(なが)めていました。


「とっても素敵(すてき)な街ね!ねぇ、パパ、ここが『あそこ』なの?」

 このローラ・クルーという15(さい)の少女は、ふと楽しそうな表情で(となり)に座るお父さんに聞きました。姉のセーラ・クルーはその間、住んでいたインドのムンバイのことやインドから9時間もの飛行機での空の旅、そしてロンドンを車に乗って移動(いどう)していることを不思議に思っていました。

「そうだよ。…とうとう着いたんだ」

 なるべく明るい声で言ったはずですが、父親は悲しんでいることが(むすめ)たちにはわかりました。

 お母さんはセーラとローラが5歳の時に()くなったので、セーラとローラにとってお(たが)い以外の身内は(わか)くてハンサム、陽気(ようき)裕福(ゆうふく)なお父さんだけ。セーラとローラにとって、このお父さんは大切な家族でした。


 「裕福」というのは、大人たちがこっそり言っていた言葉で、大きくなったら娘たちも裕福になるともいわれていました。セーラとローラには裕福とはどういうことかわかりませんでした。インドではベランダのある素敵(すてき)なお屋敷(やしき)に住んでいて、たくさんいる使用人はセーラとローラを見ると「お嬢様(じょうさま)」と()んでおじぎをし、好きなことは何でも自由にさせてもらえました。たくさんのおもちゃやお洋服もあったし、ペットもいたので、こんなことが裕福なのかな、とも考えていました。

 セーラとローラが数多くのおもちゃの中で特に大事にしていたのは、7歳の誕生日にお父さんが買ってくれたバニーユとフレーズです。バニーユとフレーズは当時世界中の子供たちが観ていたアニメ「アニマルアカデミー」の主人公であるリスの双子の兄妹(きょうだい)で、キャラクターグッズとして販売されていたぬいぐるみでした。バニーユはセーラのカバンに、フレーズはローラのカバンに入っています。


 通っていたインドの学校でも気立てのいい双子の姉妹は人気者で、イギリスへ旅立つ前に友だちも呼んで送別会もしていました。セーラとローラはイギリスに行くのは楽しみでしたが、大好きなお父さんと(はな)ればなれになることについて不安に思っていました。ニコル・メレディスは子どもの(ころ)はインドに住んでいましたが、8歳の時にイギリスの寄宿(きしゅく)学校に入学しました。ニコルの両親が息子(むすこ)から来た手紙を持ってきてくれたこともあり、2人でイギリスの学校のことについて色々話して思いを()せてもいました。


 お父さんはイギリスに来る前、娘たちにこんなことを話していました。

(わか)れて()らすのはたったの3年間だよ。お前たちはたくさんの友達がいる大きくて素敵な学校に行くんだ。そこにはもちろんニコルもいるよ。本もたくさん送ってあげるね。お前たちが立派になって戻ってきたら、また一緒(いっしょ)に暮らそうな。もしボーイフレンドができたら手紙で知らせてくれよ。」

 セーラはそのことについて考えるのが好きでした。また、そのことを妹に話すのも好きでした。ローラやお父さんと一緒に馬に乗ったり、ディナーにやってきたお客様をおもてなししたり、お父さんと話をしたり、お父さんの書斎(しょさい)にある本を読むためなら、ローラとともにイギリスで勉強しようと決心したのでした。

 セーラは男の子に興味(きょうみ)がありませんでしたが、本があればさみしいとも思いませんでした。セーラは本を読むことが大好きで、自分でも物語をノートに書いていました。ローラもその物語が好きでしたし、お父さんも物語を聞くのが好きでした。


 車は大きなレンガ建ての建物(たてもの)の前に()まりました。正面にはピカピカに(みが)かれた真鍮(しんちゅう)の表札がついていて「ミンチン学院」と黒い文字で()られていました。

「パパ、もう着いたんだからもうあきらめないとね」

 車から降りたセーラがあまりにませたことを言うので、ローラもお父さんも笑ってしまいました。実際、お父さんはちっともあきらめていなかったのですが、そのことは娘たちに秘密(ひみつ)にしておかなければいけませんでした。これからは自分のお屋敷に帰っても娘たちがいないと思っただけで、さみしくてなりません。


「セーラ、ローラ、ここだよ。」

 お父さんはできるだけ明るい声で言いました。建物の前の石段を娘たちと一緒に上がっていって、インターフォンを鳴らします。

 ミンチン学院にあった家具類は安全のために角が丸くなっていましたがそれでもピカピカに磨かれており、椅子(いす)などには(かた)(ほね)が入っているかのように感じましたし、使用人に案内された応接室(おうせつしつ)には四角い(がら)のカーペットが()かれていました。

「あまり好きじゃないわ。…でも、どんなに勇敢(ゆうかん)兵隊(へいたい)さんでもいざというときは戦争(せんそう)に行くのが(いや)なんじゃないかしら。」

 セーラが真面目(まじめ)な表情で言ったので、思わずお父さんもローラも笑ってしまいました。それからしばらくが()つと、30歳の若さで学院長を(つと)めるマリア・ミンチン先生が入ってきました。ミンチン先生は185㎝もの高身長を(ほこ)り、スーツを着込んで立派そうに見えますが、とげとげしくも感じます。


 ミンチン先生はニコルの母親であるメレディス夫人の口から、クルー大尉(たいい)が裕福で双子の娘たちのためなら大金を()しまないと聞いており、上機嫌でした。

「こんな美しいお嬢様方をお(あず)かりできるなんて大変(たいへん)光栄(こうえい)ですわ、クルー大尉。メレディス夫人からお聞きしたところ、(おどろ)くほどかしこいとか。」

 セーラはローラのすぐ横に立って、ミンチン先生をじっと見ていました。セーラはドラマに出演(しゅつえん)している金髪(きんぱつ)碧眼(へきがん)女優(じょゆう)イソベル・グランジュの方が自分より美しいと思っていましたが、セーラとローラは美人でした。身長は165㎝でほっそりしており、(むらさき)がかった銀髪(ぎんぱつ)は美しく、目は(さわ)やかなミントグリーンです。


 セーラとローラは、お父さんとミンチン先生の話を聞いていました。セーラとローラがミンチン学院に連れて来られたのはニコルがそこで教育を受けているからであり、友達がいるなら心強いのではないかと思ったからでした。セーラとローラはニコルと同じ「プラチナ生」として、お屋敷のような(りょう)の「プラチナ寮」にて彼女(かのじょ)たち専用(せんよう)の部屋も用意されることとなりました。

「勉強はまったく心配していないんです。特に姉のセーラが勉強し過ぎるのが心配です。本当にこの子たちはかわいくてたまらない。どうか私の代わりに面倒を見てやってください、ミンチン先生。」


セーラとローラはそれから数日、お父さんとロンドン市内の高級(こうきゅう)ホテルに()まりました。お父さんがインドに帰ってしまうまでの間、ずっと一緒です。3人は毎日ロンドンのデパートへ行ってたくさんの買い物をしました。あまりに高価(こうか)な買い物をするのでデパートの店員さんは「どこかの国のお姫様(ひめさま)ではないか」とうわさをするほどでした。

 お父さんも娘たちと一緒にこの買い物を楽しみましたが、本当は悲しくてなりません。お父さんは真夜中に自分のベッドから出て、バニーユを抱いて(ねむ)るセーラとフレーズを抱いて眠るローラを見下ろしました。バニーユとフレーズがセーラとローラのそばにいてくれてよかったと思います。

「がんばれよ、2人とも!私がどれだけさみしくなるか、お前たちにはわかるまい。」


 次の日、お父さんはミンチン学院にセーラとローラを預けに行きました。次の日には飛行機でインドへ帰るので、ミンチン先生にイギリスでは事務弁護士(じむべんごし)のバロウ氏が代理人を務めるので、何か(こま)ったことがあればそちらに相談し、セーラとローラにかかる費用(ひよう)請求書(せいきゅうしょ)もそちらに送ることも教えておきます。さらに、セーラとローラには週に2回手紙を書くと約束(やくそく)し、彼女たちが(のぞ)むことならなんでも(かな)えてほしいと言いました。

「この子たちは無茶なことは望まないから、大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。」

 お父さんは娘たちを連れて、プラチナ寮に用意された部屋に向かう途中(とちゅう)、雪のように白い(はだ)と黒い(かみ)琥珀(こはく)のような(ひとみ)特徴(とくちょう)の少年が声をかけました。


「お久しぶりです、クルー大尉。」

 セーラとローラには声をかけた少年がニコルであることにすぐ気付きました。16歳になった今は身長も170㎝を()え、声も(ひく)くなっています。きちんと着込(きこ)んだ制服(せいふく)には、白薔薇(しろばら)のブローチがついていました。

「ニコル、娘たちのことを頼んだよ。」

「おまかせください。」

 ニコルはふと、8年ぶりに再会した(おさな)なじみのセーラとローラを見ました。彼女たちは美しく成長しており、しばらくの間ニコルは心を(うば)われたかのように呆然(ぼうぜん)としていました。


 セーラとローラは部屋に入り、そこでお父さんとお別れをしました。

「パパはわたしたちの(むね)の中にいるわ。」

「パパの顔は覚えているから、安心してインドに(もど)ってね。」

 お父さんはうなずき、部屋を出ました。車が玄関(げんかん)から離れていくとき、セーラとローラはバニーユとフレーズと一緒に自分たちの部屋にいました。窓から車をずっと目で追いかけていましたが、そのうち角を曲がって行き見えなくなりました。


 ニコルはセーラとローラの部屋に行こうとしましたが、ミンチン先生の妹で学院の教師を務めるアメリア先生がいたのでやめました。セーラとローラは部屋に(かぎ)をかけていたのです。アメリア先生が声をかけると中からセーラの声が返ってきました。

「2人で過ごしたいので、そっとしておいてください。」

 アメリア先生は優しいですが少し(たよ)りなく、153㎝と小柄(こがら)ですがスタイルがいい女性で、姉のことを(おそ)れて(さか)らえないのですが、弟のカール先生には強気な態度をとります。アメリア先生はプラチナ寮の1階にある院長室へ行って、セーラとローラのことを報告(ほうこく)しました。

「お姉様、あの子たちは部屋の鍵をかけているのよ。わずかな音もしないんだから。」

「あの子たちは小さい子どもじゃないし、ぎゃあぎゃあ()(さけ)ぶわけないじゃない。」

 ミンチン先生が答えます。

「あの子たち、なんでもかんでも好き勝手にやってきたらしいの。」

「トランクを開けて荷物(にもつ)片付(かたづ)けたんだけど、びっくりしたわ。高そうなコートが入っていたし、下着には本場のバランシエンヌ・レースがついているのよ。」

「ばかげているとしか言えないわ。でも、あの子たちが出かけるときにそれを着せると見栄(みば)えがいいわね。」


 セーラとローラは鍵のかかった部屋で、ただ(おだ)やかに()ごしていました。

「ニコルがいるなら心強いわ。明日ごあいさつに行きましょう。」

「そうね、ニコルは顔を赤らめていたようだけど、あたしたちのどっちを好きになったのかしらね。」

「どっちだったとしても(うら)みっこなしよ、ローラ。」

 ニコルのことを話しながら、セーラとローラはほほえみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ