16章 白と黒
ある放課後、メイナード先生はアメリア先生をローズガーデンに呼び出していました。
「アメリア先生、院長先生のしていることは生徒たちに悪影響があります。」
「そう…ですよね。」
思いつめるメイナード先生に、アメリア先生はうなずきます。メイナード先生は自分の過去を話しました。
メイナード先生は13歳だった15年前、ミンチン学院に奨学金で入学した生徒でした。同じく奨学金で入学した同級生デイビッド・ヒックスとは親しく、一緒にミンチン学院の先生になろうと将来の約束までしていました。しかし、「庶民狩り」が行われており、奨学生にとってミンチン学院は居心地のいい学校ではありませんでした。庶民狩りに耐えられなくなったヒックスは、退学してしまいました。メイナード先生はその後も親友とした約束を果たすために必死に勉強して、教える側としてミンチン学院に戻ってきました。
「今日、院長先生に直談判をしたいと思っています。アメリア先生…来てくれますね?」
アメリア先生がうなずいたので、メイナード先生はアメリア先生を連れて院長室に行きました。
「院長先生、お話があります。」
メイナード先生は、眼鏡を上げながらミンチン先生にこう切り出しました。
「メイナード先生、どのようなご用件ですか?手短にお願いします。」
「うちのクラスにいた彼女たちのことです。」
ミンチン先生は眉をひそめました。
「セーラとローラのことですか?あなたには関係ないはずですが。」
その言葉に、メイナード先生は腹が立ちました。自分には関係ないと言われたことが許せなかったのです。
「関係ありますよ!彼女たちはもともと僕が受け持つクラスの生徒でした!なのに一文無しになった途端、下働きのメイドとして働かせるなんてどうかしている!」
メイナード先生は、セーラとローラへの理不尽な仕打ちに怒っていました。怒りのあまり我を忘れるメイナード先生を初めて見たアメリア先生は、びっくりしています。
「メイナード先生、勝手なことはやめてください。」
「勝手なことをしているのはそっちじゃないですか!生徒たちに対して彼女たちと口もきいてはいけないとか、いじめですよ!教育者として、許されることじゃありません!」
メイナード先生にあきれたミンチン先生は、アメリア先生をちらと見て言いました。
「アメリア、メイナード先生を落ち着かせなさい。」
アメリア先生は少し間をおいて、こう叫びました。
「お姉様…申しわけないけど、今のはメイナード先生の方が正しいわ!」
怒りのあまり我を忘れていたメイナード先生でしたが、急に冷静になってアメリア先生の方を見ました。
「メイナード先生をやめさせるなら、私もやめます。行きましょう、メイナード先生。」
アメリア先生はそう言って、院長室を出ました。
「アメリア先生、あんなこと言ってよかったんですか?」
あわてるメイナード先生に、アメリア先生は笑顔で答えました。
「ええ、ありがとうございます。メイナード先生のおかげで勇気を持てました。もう帰っていいですよ。後は、私が何とかしますので。」
その夜、プラチナ寮の談話室には、ニコルをのぞいた8人が集まっていました。
「院長室の前を通りかかったけど、アメリア先生とメイナード先生がすごく怒っていたわ。」
不思議そうに言うラビニアに、ジェシーが言いました。
「2人とも普段は穏やかなのにね。何をやらかしたんだか。」
「セーラとローラのことでしょ。あいつら、あたしたちのことをじっと見てくるのよ。ムカつくったら、ありゃしない!」
怒るラビニアに、クラウスがおどけた調子でこう言います。
「そういう君には、魅力があるんじゃないかい?」
「…くだらないわ。」
ラビニアの言葉にくすくす笑いながら、ジャネットは言います。
「まぁ、赤薔薇様は辛口なのですね。私の目には品のあるレディに見えましたが?」
「なるほど、君の目にはメイドも貴婦人に見えるのか。」
ジェシーが皮肉を言って鼻で笑いますが、ジャネットは気にしていない様子でした。ラビニアが本題を話します。
「とにかく、セーラとローラのことよ。ニコルも最近様子がおかしいし…。」
セーラとローラを守るために自分の専属メイドにしてほしい、とニコルはミンチン先生に頼んで却下されたことを、ラビニアは知っていました。
「ニコルには白薔薇の座を降りてもらおうと思ってる。もちろん、あの双子のメイドや白薔薇の威を借る庶民も邪魔だと思うんだ。そのために手伝ってくれるね?」
クラウスはニヤリと笑って提案しました。
「おい、何言ってんだよ!そんなことできねぇって!」
「ケントくんの言う通りです!うちもそんなことできません!」
ケントとサクラはこの提案には猛反対。それに対して、ラビニアは冷静でした。
「あたしはクラウスの意見に賛成よ。あの4人をまとめてつぶしたいと思ってたの。」
「なら、私も同感だ。君たちはどうするんだ?」
ジェシーはそう言って、周りを見ます。ケントとサクラはもちろん、ピーターとガートルードも驚きと動揺を隠せない様子でした。
「気に入らなかったとしても、ちょっとやり過ぎだと思う。」
ピーターは携帯ゲーム機を操作しながら、落ち着いた様子で言いました。
「ルーちゃん!うちらの味方してくれるよね!?」
サクラは不安と動揺のあまり、ガートルードの肩をつかみました。ガートルードはびっくりしましたが、しばらくすると元気のない声で言いました。
「もう戻るよ…おやすみ。」
とぼとぼと部屋に戻るガートルードを見て呆然とするサクラに、ジャネットは言いました。
「無理に連れ戻さない方が良いでしょう。私も戻りますね。」
自分も部屋に戻ったジャネットは、ひとりごとを言いました。
「白薔薇様、あなたはこのような苦境をどう乗り切るのでしょうか…。今から楽しみです。」
一方、マルク先生は院長室にてこう言いました。
「マリア、アメリアから聞いたぞ。」
ひと呼吸置いてから、こう続けました。
「セーラさんとローラさんを下働きのメイドとして働かせているみたいだな。」
「あの子たちは父親が死んで一文無しになったのよ。生きるためには働かないといけないでしょう。」
生きるためには働かないといけない。確かにそうですが、生徒を下働きとして働かせるのは違うと感じたマルク先生は怒りました。
「お前はなんてことをしてくれたんだ!一文無しになった生徒を下働きにしたとマスコミに知られたら、この学院は終わりだぞ!今まで築き上げたものが、全部水の泡だ!」
ミンチン先生にとっては、まさに正論です。そのことをわかっていたマルク先生は、それ以上は言いませんでした。
アメリア先生とカール先生が見守る中、マルク先生がけろりとした表情で院長室を出て来ました。アメリア先生が心配そうにたずねます。
「お父様、これでよかったの?」
「ああ、マリアもこれで懲りてくれるだろう。私は部屋に戻るよ。」
部屋に戻って行くマルク先生を見送った後、カール先生はアメリア先生に聞きました。
「姉さん、メイナード先生が学院をやめるって言ってたけど本当なのか?」
「もしそうなったら、私もやめるつもりよ。」
アメリア先生がなぜそう言ったのか、カール先生にはわかりませんでした。しかし、アメリア先生は愛するメイナード先生についていこう、と決めていました。
一方、マルク先生はため息をつきながら、自分の部屋に入りました。娘たちと息子の前では気丈にふるまっていましたが、本当は少し言い過ぎたのかもしれないと気にしていたのです。
ベッドに座ったマルク先生は、昔に家族で撮った思い出の写真を眺めました。
マルク先生は40歳の時、最愛の妻だったソニアに先立たれていました。この時、長女マリアは10歳、次女アメリアは7歳、長男カールはまだ5歳でした。子どもたちのためにも妻を失った悲しみを乗り越え、学院を経営していました。そんな父親を子どもたちは尊敬しており、特に長女は父の役に立ちたいと先生を目指すようになりました。しかし、先生になった長女とは学院の経営方針で対立し、それ以来顔を合わせなくなってしまい、親子関係は冷え切っていました。
「ソニアが死んでもう20年か…。ソニア…お前がいてくれたら、どんな助言をしてくれたんだろうな……。」
マルク先生は、写真を見ながらつぶやきました。




