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「底のない暗闇のその先に〜確かに見えたんだ〜星のような瞬きがぁ〜」
繰り返し繰り返しボソボソと呟くように歌うアリスを見て、幼馴染のウィルは顔を引き攣らせた。
アリスとウィルとプルプは同学年。クラスこそウィルだけ別ではあったが、クラブ活動は3人揃って薬学部に所属している。
授業でも嫌と言うほど薬を学ぶのに、態々放課後まで鍋をかき回す奇特な3人はとても仲が良い。
「アリスが壊れた」
「今までが薬学以外に興味がなさすぎたのよ。うら若き乙女が何かに恋をするのは自然な事よ」
「恋ぃ〜?あのアリスがぁ?」
プルプの言葉にウィルは心底胡乱げだった。
物心ついた頃から昨日まで、見目の良い異性の目に留まるよりも、どれだけ手早く美しく鍋をかき混ぜられるかに執心しているアリスしか知らないウィルには当然だった。
「恋って言うのはね、異性間だけに止まらないの。もちろん同性の場合もあるし、異種族だってあり得る。それどころか、美しい風景や物語、芸術品………。アリスの場合は、まぁ音楽でしょうね」
微塵もFFMPのメンバーが対象だとは思っていないプルプの言動から、いかにアリスが他者に興味を持たないマジョだと見られているかが浮き彫りになる。
そも、アリスにとって薬学以外は関心の外。完璧な薬を調合する事以外に趣味を持っていなかった。
そんなアリスにFFMPの奏でる音楽は劇薬に等しいモノだった。
表情が見えなくても分かるほど熱に浮かされたように虚なアリスは、しかしそれでも鍋をかき回す手を止めない。
「………本当に恋してんのは音楽にだよな?」
幼馴染がいわゆる有名人の彼女面ストーカーになってしまうのではないかと、ウィルは気が気では無かった。
ウィルにとって、アリスは同い年でありながら妹のような存在。やることなす事心配で仕方がない。
「そこまで私、馬鹿じゃないわ。というか、彼らに恋だ愛だなんて恐れ多い………。ちゃんと弁えてますぅ」
「本当かなぁ………。ま、思い詰めて恋の秘薬でもぶっ掛けて捕まるような事はすんなよな」
「しないわよ!そもそもそれ、一般禁止薬でしょ」
マジョの国では、致死性の薬や他者の心を支配するような薬は免許が無いと調合出来ない。
無免許で調合したのが発覚した場合は無力な魔物に姿を変えられ、更に悪用した場合は死罪もあり得る。
有名な方と結婚したくて、と恋の秘薬を使用したとしたら、齧歯の魔物にでもされてネコやイヌ型の魔物が住む深き森へ追放されてしまう事だろう。
流石にそこまでする程誰かを好きになる自分が想像出来ないと、アリスはちょっとだけ寂しい気持ちになった。