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『今、私達はニンギョの国にいます』
両親から届いたポストカードを見て、アリスは深く嘆息した。
10年以上一度も帰って来ない両親に、お祝いくらい直接言って欲しいとアリスが恨めしく思うのも無理は無い。
別に一生このままの姿でも構わないのだと伝えたいが、なんあちこち渡り歩きながら一方的にポストカードを送ってくるだけなので、返信することも叶わない。
今日は、アリスの16歳の誕生日だった。
毎年この日だけは必ず、両親からのポストカードが送られて来る。
それがアリスにとっては両親の安否確認になっていた。
青空まで突き抜けるような白い水流が空へと立ち昇る噴水の前で、アリスの両親は笑顔でこちらへプレゼントボックスを差出している。
アリスがそっとそれに触れると、カードからプレゼントボックスが飛び出してきた。
中身は、音楽グループ『FFMP(トビウオ音楽企画)』のライブチケットだった。
FFMPは、4尾のニンギョの男達のメンバーで構成された、主に変則的なメロディラインが特徴のヨウセイ音楽をメインとした、ジャンルを問わない自由な楽曲で活動している。
ニンギョの国ではクラシカルな声楽である人魚音楽が至高であり、一般にはなかなか理解はされていないものの、新しい挑戦をし続ける彼らは世界中の若者を中心に人気が出始めていた。
「プルプは喜びそうだけど…」
アリスはあまり音楽に興味がない。
というのも、マジョの国は観光の名物になるようなものは少なく外国からあまり人が来ない為、中々新しい文化が入ってこない。
しかもアリスの住んでいる町はそれに輪をかけて辺鄙な田舎町なため、世界的な流行なぞ外海の向こう側ぐらい関係の無い話だった。
アリスは、最近ニンギョの国から転入して来たプルプという友人を思い浮かべた。
ニンギョの中でも珍しい蛸足の少女なのだが、致命的な音痴であり、歌を重んじるニンギョの国では生き難いため移住してきたのだ。
うねうねと動く8本の足を巧みに動かす彼女を、手早く魔法薬の調合が出来て羨ましいとアリスは常々思っていた。
そんな彼女が最近、やれFFMPの新曲がどうとか、ギター捌きがどうとか、喧しく騒いでいたのを思い出した。
手元にはあつらえた様に2枚のチケット。
こちらの交友情報なんて両親が分かるはずもないのに、親の力ってすごいものだとアリスは感心した。
もちろん、両親からしたら学友とでは無く、恋人とを想定していたのだが………。
愛だの恋だのなど、音楽や流行り廃り以上にアリスには無関心なものであった。
音楽グループは某中二病の方々のオマージュです。