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透明マジョA  作者: ねこのかぎしっぽ
恋乞いの手紙
2/14

1

マジョの国に生まれ落ちた幼いアリスは、両親が大好きだった。


アリスの母親であるソフィーは優秀な魔法薬の調合師で、特に美容系の薬が人気で小さな店ながら沢山のマジョ達が薬を求めてやってきた。


「ソフィーの美白薬は100歳若返る」


「ソフィーの美声薬を使ったら歌声をニンギョと間違われた」


など、ソフィーを讃える声にアリスは鼻高々だった。


自分も将来ソフィーと共に素晴らしい薬を店に並べるのがアリスの夢であり、そんなアリスをソフィーは強く応援していた。


マジョの国では10歳になると学校へ行き、成人である20歳まで魔法や魔法薬の修練を行うが、ソフィーはなんとアリスが3歳の頃から魔法薬を学ばせていた。


アリスも調合の素質があったためソフィーの手ほどきでメキメキと知識を吸収していった。


5歳になると、簡単な魔法薬なら一人でも調合出来るようになっていた。


アリスの父親であるワイズは、魔法学校の教師である。


魔法学の天才と称された彼は、魔法を使うのに必須の杖を必要としない。


百発百中の水球は、主に魔法を学び始めたヤンチャな生徒が起こす度の過ぎた悪戯の鎮圧で重宝されていた。


生徒達の起こす様々な事件事故の顛末知るワイズは、アリスの才能を誇らしく思う反面、未就学の子供が魔法薬を扱うのを喜ばしく無いと思っていた。


全てのマジョに学校へ行く義務があるのは、それ相応の理由があるのだと……。


しかし、楽しそうに鍋をかき混ぜるアリスから大匙を取り上げる勇気も無く、一人相反する気持ちを胸にしまっていたワイズだったが、残念な事にその不安は現実のものとなる。


その日、アリスはソフィーの工房で髪染め薬を煮込んでいた。


髪染め薬で髪色を変えるのは成人したマジョの身だしなみのマナーであり、初歩薬ということもあってさほど手間では無いので通常自分で調合するのだが、より美しい髪色を求める者がわざわざお金を出してまでソフィーの薬を買いに来る。


なんでも、髪艶というのは日頃のケアが大事だというのだが、ソフィーの薬はケアをしなくても艶々になるのだという。


材料も作り方も見ているというのに、ソフィーと同じ質のものを作れないアリスは、髪染め薬の調合を日課としている。


後は染め色になる粉を入れるところまで煮詰めたアリスは、考え事をしながらもかき混ぜる大匙を止めない。さながら一人前の調合師のようだった。


「さて今日は何色にしようかしら」


昨日は金色、一昨日は茶色、その前は赤色……。


悩むアリスの目の前を綺麗な翅がふわりと横切った。


陽の光を受けてキラキラと何色にも輝く銀色の蝶。


まるで童話に出てくるヨウセイの国の聖女のようだと釘付けになる。ふわりふわりと鍋の近くを気ままに羽ばたいていたが、飽きてしまったのか窓辺から外へと帰っていく。


名残惜しくて蝶に思わず手を伸ばすと、ぐらりと足元が傾いた。


「きゃっ………!?」


調合用の大鍋はソフィーの背丈に合わせて作られている。当然アリスには大きすぎるので踏み台を使っていたのだが、蝶に意識が向いていたためにバランスを崩してしまったのだ。


縋るものもなくぎゅっと大匙を握り締めると、子供とはいえ全体重をかけられた匙は鍋を傾けてアリスと共に床へとひっくり返った。


煮えたぎった鍋の中身がアリスの全身に降り注ぐ。


「あああああ!!!」


熱い、とアリスが思ったのは一瞬だった。


熱さは瞬時に痛みに変わり、全身を襲う。


少し口にも入ったのか舌も刺すように痛み、アリスは大きな声で泣きながら床をのたうちまわった。


「アリス………!?大丈夫!?」


鍋の倒れた大きな音を聞きつけて、ソフィーが駆けつけてくる。


部屋に飛び込んできたソフィーは、キョロキョロと部屋を見渡す。


「アリス?どこなの?」


アリスは倒れた大鍋と共に床に転がっているというのに、ソフィーはアリスを見つけられない。


泣いてる声がするからこの部屋にいるはず、と名を呼びながら部屋を探し回る。


アリスは痛みに耐えながら、ソフィーの奇行に目を疑う。


いつもだったら、柔らかな絨毯の上に転んだって真っ先に駆けつけてきてぶつけたところを撫でてくれるのにと。


痛みを堪えながら必死に立ち上がると、ソフィーのローブの裾をぎゅっと掴んだ。


その感覚にソフィーはほっとした顔で振り返る。


掴まれた布地はくしゃりと歪んでいるのに、掴んでいるはずの拳が無い。


その時、アリスとソフィーは気づいた。アリスは透明に染まってしまったのだ。



ソフィーお手製の薬で火傷を治療してもらったアリス。


通常髪染め薬の効能は2週間から1ヶ月程なので、最初はよくある失敗だとソフィーもワイズも笑っていたものの、3ヶ月が過ぎてもアリスは変わらず透明なままだった。


あの日アリスは全く調合を間違えなかった。


だからこそ、透明になった原因が分からないのだ。通常、染め色になる材料を入れなければ薬は完成しない。


被っても何の効果もないのは、ワイズの体を張った入念な現場検証で証明されていた。


ソフィーはアリスと共に透明になってしまった衣服で染めの実験をしているものの、全く落ちる気配が無いどころか新たに上から色が入らないため、アリスを元に戻す手掛かりは未だ掴めない。


「工房の絨毯や大鍋は透明になっていないから、反魔法の呪いが鍵なのかな」


「一度染まってしまうと呪いがあまり作用しないみたいね。通常の髪染め薬なら効かない訳では無いけど………」


通常魔法薬を作る道具などには、製作している薬の影響を受けないように呪いがかけられている。


絨毯も大量に薬を作るソフィーが特注でホウセキの国から取り寄せられており、薬の効果を受けないばかりか薬を浄化させる効能付きで、アリスが盛大に溢した髪染め薬は綺麗さっぱり消え失せていた。


着ていた服に染みた分も絨毯でのたうち回っていた際に絨毯の効果で消えてしまったため、薬から解呪薬を作ることが出来ない。


ワイズの勤め先の教職員も、国中の色んな魔法による事故を見ている医者も、住んでいる町の管理者である賢者でさえ力なく首を横に振った。


八方塞がりの現状を嘆いたソフィーとワイズは遂に暴挙に出る。


「アリスの事どうかよろしくお願いね」


「お義父様お義母様、必ず手がかりを見つけて参りますので」


2人はそう言い残し、アリスを祖父母に預けて国外へと旅立っていった。


連れて行きたくとも、出国の際は魔法の鏡に顔を映す義務があるため仕方がない事だった。


マジョの国では、防犯や治世の手段として魔法の鏡を用いている。


鏡が読み取った情報は映るたびに更新されて国立の図書館に収められており、賢者や聖女や女王などしか扱えない禁書となっている。


決して偽りを許さない鏡にさえ映らない事は、わざわざ王都まで行って調べてくれたこの町の賢者が確認しており、現状この国で打てる手がない事を表していた。


しかしアリスにとって、大好きな両親に置いて行かれた事は、一生透明かもしれない事よりも大層ショックだった。

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