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緩衝国の憂鬱 〜戦争回避のために周辺国の王子と12股をかける不器用な公爵令嬢は、嫌われたいのに溺愛される〜

作者: 電気けると
掲載日:2022/07/29

愛しき我が故郷、ミズガルズ国。

かつては世界の中心と呼ばれ栄華を誇ったこの国は、衰退の一途を辿り、今や勢力を離れ独立した周辺十二の国に、虎視眈々と領地を狙われている。


ちょうど、時計の位置関係をイメージしてくれればいい。今のミズガルズは、時計の中心に、ごく狭く丸い領土を治めている。そして、文字盤の1の位置にはニサン国、2の位置にはイヤール国、3の位置にはシバン国……と続き、12の位置にアダル国、とぐるりと周囲を囲まれている。


そんなミズガルズと周辺十二国の運命は、私の細い両肩に重くのしかかっていた。


———————


「やあ、アメリア。今日もいい天気だね」


そう言って屈託なく私――アメリア・ウィッシュハートに笑いかけてきたのは、ニサン国の第一王子ユーリ。私の……婚約者だ。栗毛を肩より上で短く切り揃えて、薄手の生地であつらえた青い簡易礼服を身に着けている。


ユーリは、自由闊達――そんな言葉がぴったりの青年だった。身長はそれほど高くないが、体は引き締まり、しなやかな体つきをしていて、ひ弱な印象はまるでない。普段は子犬を思わせるような優しい目をしていて、整った顔は美術品のようだが、いつも親しみやすさを感じさせる明るい笑顔を浮かべ、目が合うとにっこりと笑ってくれた。


これがひとたび馬に乗れば、比類なき騎士になるというのだから、男の人というものはわからないものだ。

しかし、戦場で『蒼き流星』と恐れられるユーリは、いま私の前で、少年のようにいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。


「実は……アメリアは乗馬が趣味って言ってたから、仔馬をプレゼントしたくて。

 僕が育てている中でも、一番のお気に入りを連れてきたんだ。君も気に入ってくれると嬉しいな」


ユーリはそう言うと、厩舎の裏に隠していたのか、私の前に一頭の仔馬を引いてきた。

それを見て、私は思わず息を呑む。


それは公爵家どころか、ミズガルズ王家の厩舎でもお目にかかったことがないほど見事な仔馬だった。

芦毛が陽を反射して艷やかに光り、仔馬ながら引き絞られた筋肉が隆起して、気品と力強さを感じさせるような佇まいをしている。


思わず嬉しくなった私は、満面の笑みで礼を言いかけた。


「まあ、なんて素敵な馬なの! ユーリ、ありが……」


だが、言葉の途中で、無理やりそれを押し留める。


「……アメリア?」


突然言葉を止めた私を見て、ユーリが不思議そうに小首をかしげる。

私は冷や汗をかきながら、なにか粗を探そうと、焦りながら仔馬を見つめた。


見れば見るほど見事な毛並み。両眼には穏やかな色が浮かび、静かに私を見返してきて、野生のなごりは欠片もない。人間を侮るような様子はまったく見せず、調教師の見事な腕がうかがえる。血統がよいせいだろうか、四肢で立つ姿からは気高さすら感じられて、欠点などどこにもなかった。


「あのね、ユーリ、この馬……そう、顔のこの模様を見て」


私はそう言いながら、なんとか仔馬の顔を指差す。芦毛の一部に差した灰色の毛並みが、左目の下で丸く模様になっているのを見て、私は言葉を続けた。


「この顔の毛並み、まるで泣いているみたい。可哀想で、私はとてもこの馬には乗れないわ」


「ア、アメリア……?」


ユーリは困惑したように仔馬の顔を見た。それも当然だろう、自分が手塩にかけて育てた一番の馬をせっかく贈り物にと連れてきたのに、取るに足らない顔の模様で拒絶されたのだ。

私が彼の立場だったなら、気分は悪くするだろうし、怒って帰ってしまうかもしれない。


それを見て、私の心は苛まれる。

ああ、ミズガルズのためとはいえ、こんなにも素敵な人と仔馬を貶めなければならないとは!

……しかし、これが私の選んだ道なのだ。この心の痛みに耐えることもまた、当然の責務なのだろう。


私が震えながら良心の呵責に耐えていると、ユーリは静かにこちらを向いた。

てっきり無礼に対する罵倒の言葉でも飛んでも来るかと思い、反射的に身を固くすると、意外なことに、ユーリは穏やかな微笑みを浮かべた。


「――ああ、アメリア。君はなんて慈愛に満ちた女性なんだろう」


ユーリはそう言って、仔馬の頭を優しく撫でた。

困惑する私に向けて、ユーリは言葉を続ける。


「僕は昔から馬が大好きで、友人のように育ってきた。それなのに、戦で乗るようになってからは、我知らず道具のように扱っていた。

 でも、君の言葉で思い出したよ。馬は大事な家族だ。本当は乗られることなんて、望んでいないのかもしれない」


ユーリはそう言うと、ゆっくりと歩いて、私のすぐ前に立った。そして、私の両手を優しく取ると、仔馬の手綱を私に握らせる。


「アメリア、僕にはこの子の傍にいる資格はない。

 君が育ててやってくれないか。乗らなくていい、ただ傍にいてくれるだけでいいんだ。優しい君の近くで過ごすことが、この子に一番幸せなことだと思う」


「ええ、でも、ユーリ……」


私は両手を握られてパニックになっていた。それに、ユーリの顔がすぐ近くにある。

青く澄んだ瞳が、私の両眼を真っ直ぐに見つめていた。

その瞳はかすかに潤み、頬は紅潮して、キスをせがんでいるようにも見えるのは、私の勘違いだろうか?

そんなことを考えている間にも、ユーリの唇が近づいて――。


私は咄嗟に、彼を突き飛ばすように身を離すと、全力で後ろを向いた。


「あ……」


背後でユーリが、残念そうに呟きを漏らす。

私は彼からは顔が見えないよう、俯いた。


「……ユーリ、素敵な仔馬をどうもありがとう。ごめんなさい、今日は気分が優れなくて、失礼します」


一方的に言い捨てると、私は振り返らないまま、屋敷へと歩き出した。

心臓が早鐘のように打っている。いま、拒絶しなければどうなっていたのだろう。安堵とともに、残念さも感じている。そんな表情を、ユーリには見られたくなかった。


ああ――あんなに魅力的な人が私を好いてくれているというのに、それを拒絶し、嫌われなくてはならないなんて。


どうして、こんなことになったのか。

私は、一週間前の王との会話を思い出していた。


———————


「……すまないな、アメリア」


公爵家、ウィッシュハートの屋敷、二階の一室。

私の部屋で重くため息をつき、目を伏せながら侘びの言葉を口にしたのは、誰あろうミズガルズの王、ヨハナス・ミズガルズだ。


深い髭と白髪を携えた彼は、今は王冠も王笏も手にしていない。控えめな襟襞のついたプールポワン、最低限の礼服のみを身につけ、王の地位にはそぐわない質素な恰好をしている。齢五十とは思えないほどの隆々とした体躯も、今はしぼんだ風船のように縮こまっていて、どこか小さく見えた。


本来であれば、あり得ない光景だ。一国の王が、公爵家とはいえ、淑女の部屋に供もなく入り込み、あまつさえ謝罪するなど。

しかし、私と王――ヨハナスの間では、さして驚くことでもない。


私は立ち上がり、歩み寄ると、無理に笑顔を浮かべて彼の前に膝を突く。


「ヨハナスおじさま、もったいないお言葉です。お顔を上げてください」


我がウィッシュハート家は、代々ミズガルズ王家に仕え、主従関係を超えた厚い信頼で繋がっていた。歴代では何度もの血縁関係もあり、表舞台では礼儀を弁えて振る舞うが、一度王宮を離れれば、家族ぐるみの付き合いをする親戚のような間柄だ。


ヨハナスには一人息子がいるが、女子に恵まれなかったこともあって、私は娘のように可愛がってもらっていた。小さい頃におしめまで替えられたとあっては、今更一人で部屋に入ってこようが、大した問題ではない。


ましてや、ことがことだ。この話は決して漏れてはならない内密の話。だからこそ、王宮の中で話すわけにはいかなかった。


「情けない話だ、アメリア……。全てはミズガルズに力が足りぬせいだ。

 一国の、いや、世界の運命をそなたのようなか弱き子女に背負わせるなど、あってはならないことだ」


そう呟くヨハナスの瞳には、強い苦悩の色が浮かんでいた。

私は小さく首を横に振る。


「とんでもないことですわ、おじさま。ミズガルズに原因があるというのならば、我がウィッシュハート家にもまた責があります。

 それに――私は、嬉しいのです。非力な私が、こうして国のお役に立てることが」


そう言った私の言葉は半分本当で、半分嘘だった。

もちろん私は、生まれ育ったミズガルズ国を愛している。だが同時に、勘弁してよと思う気持ちもないではない。

私がうかつな行動をすれば、途端に国家間の戦争が始まってしまうというのだから、それも当然でしょう?


———————


かつて我が国の周辺地域は、ミズガルズ王に忠誠を誓う領主達が治めていた。

しかし、長い時が経ち、ミズガルズの衰退とともに領主達は次々と国として独立していった。群雄割拠の時代だ。一国一城の主となり、領土を広げ、国を栄えさせたいという野望を誰もが持っていた。


結果的にミズガルズは十二国に囲まれることになり、同時に、中央に位置する戦略的に重要な地となった。どこかの国がミズガルズを支配すれば、他のすべての国に睨みを効かせ、二方面から同時に攻め込むことができるようになる、理想的な戦略拠点だ。


幸いなことに、国同士が牽制関係にあるのと、ミズガルズ王が畏敬の対象になっていることで、武力で領地を奪い取ろうとする者は出てきていない。しかし、諸国の中では暗黙の合意がある。ミズガルズを手中に収めた国が、この地の覇権を手にするのだと。


そして、諸国の王は家同士での婚姻関係を画策した。本来であれば、どこかの国からミズガルズの第一王子、アランに嫁を出すという話になるのだろう。だが、彼は早々に婚約者を決めていて――小狡くて要領だけはいい、憎き私の妹なのだが――重婚が当然の世とはいえ、今から二人目の妻を勧めるというのも失礼にあたる。


結果として、白羽の矢が立ったのはこの私、アメリア・ウィッシュハートだった。ウィッシュハート家がミズガルズで最も王家に近い公爵ということは、周辺諸国にも周知の事実である。そして、王家には他に婚姻ができそうな血縁がいない。だからこそ、ウィッシュハート家と縁を結ぶことが、実質的にミズガルズとの同盟を意味すると、その理屈はもっともだった。


理屈としてはもっともなのだが――当事者の私としては、たまったものではない。


———————


私は立ち上がると、溜息混じりに、机の上の封書に目をやった。その数、十二。宛名は全てウィッシュハート家宛だが、封蝋はすべて違う模様だ。それぞれが異なる王家の紋章をかたどっていて、王家の公式文書であるということを示していた。


私は封書の一つを手に取り、ヨハナスに手渡す。内容は知らせていたが、実物を見せるのは初めてだ。ヨハナスは封書を開き、目を通す。

私は机から別の一枚を手にとって、内容を読み上げるべく口を開いた。


「ウィッシュハート家においてはご機嫌うるわしゅう。……さて、わが国の第一王子もそろそろ婚姻を考える年齢である。ついては、アメリア・ウィッシュハートを嫁に出せ。断る場合は、ミズガルズ国に攻め込む。返事は三日以内に。懸命な判断を期待する」


回りくどい言い回しを自分なりに翻訳したが、大体はこういうことが書いてあった。

ヨハナスは封書を折り畳むと、弱りきった口調で呟いた。


「……まったく、どうしたものか」


他の封書を見せる必要はない。なぜなら、十二通すべてが、ほとんど同じ内容だからだ。

私もため息をついて、封書を机に戻す。選択の余地はなかった。


「おじさま。断るという選択肢はあり得ません。我がミズガルズの運命と私の身柄では、とても釣り合うものではありませんから」


「しかし、アメリア。そなたの身は一つしかないではないか」


「ええ、ですから――」


私は小さく目をつぶり、強い意志とともに開くと、力強く言い放った。


「――私は、十二股します」


———————


作戦は、こうだ。


この縁談を断るという選択肢はない。それはすなわち同盟の申し出を断るということであり、ミズガルズが攻め込まれ、国が滅ぶことを意味する。


しかし、全ての国と同盟を結ぶというのも不可能である。だから、私はこの婚約を引き伸ばすしかない。今は全員にこう返すのだ――「アメリアは喜んであなたの国に嫁ぎます。しかし、無作法者ゆえ嫁入りにはまだ不安が残る。本当に妃としてふさわしいか、王子が見極めてください」と。


私の説明に、ヨハナスは心配そうな視線を向けてきた。


「しかし、アメリア。この婚約は政略的なもので、恋愛によるものではないのだ。そなたに欠点があったり、王子に多少嫌われたりしたところで、止まるものでもないぞ」


「ええ、わかっていますわ。でも、今は他に手はありませんもの。時間を稼いでいる間に、なにかのきっかけで事態が好転することを祈りましょう」


私はそう言って、小さく目を瞑った。

そう、今は時間を稼ぐしかない。だが、私個人としては、もう一つの戦い方があった。

とことん、徹底的に――そう、徹底的に王子に嫌われる。それが私の作戦だった。この女を王家に嫁がせるくらいなら別の手を考えよう、と思うくらいに。こちらではなく、向こうの方から婚約による同盟を断らせる。そうすれば、すぐに戦争が始まることもなく、より長い時間が稼げるはずだ。


しかし、このやり方は王子の尊厳を傷つけるかもしれない。ともすれば、私はその場で斬られることだって考えられる。だから、この作戦はヨハナスには言えない。でも、私には覚悟があった。


私はミズガルズが好きだ。朝に目を覚まして、東のフェナリア山脈から昇る朝日を眺めるのが好きだ。日の光を浴びながら、庭でのどかな一日を過ごすのが好きだ。夕暮れどき、部屋の窓から、家路に就く町民の姿を眺めるのが好きだ。

このミズガルズが一日でも長く戦火を避けられるなら――私の命くらい、賭しても安いものだ。


———————


そうして返書を出してから、十日が経った。

今のところ、宣戦布告はされていない。どうやら、諸国は私の提案を、ひとまずは聞き入れてくれたようだ。そして今日、返書に応じて、私の仮の婚約者となったユーリが訪れたのだった。


明日はイヤール国の王子、ルイが来る予定だ。

イヤールは強力な軍隊を持つ国で、ルイはその軍団長を務めている。赤髪を短く刈り込み、日焼けした長駆は筋骨隆々、鋭い目つきで周囲を寄せ付けない。そんなルイも、無愛想ながら私には優しく接してくれる一面がある。

彼には私の趣味を狐狩りと伝えたから、明日までに少しでも弓の練習をしなければ…。いや、下手な方が却って幻滅してもらえるだろうか。


明後日は、シバン国のゼル王子。

生まれつき隻眼で眼帯をしているが、執事のように物腰柔らかく、理知的な印象の男性だ。吸い込まれそうな綺麗な瞳をしていて、少し話しただけで心の奥が見透かされてしまいそうな気持ちになる。

彼には以前会った時、バイオリンが趣味だと話した。メイドのアンに頼んで、倉庫から出しておいてもらわなければ。下手な私の演奏でも、彼は褒めてくれるのだろう。


明々後日はタムーズ国の王子、アサドとデートだ。

砂漠生まれの彼は、生来の褐色の肌と鮮やかな黒い長髪がよく似合う長駆の男性だ。切れ長のエメラルド・グリーンの瞳で見つめられ、エキゾチックな魅力に参ってしまわないよう気をつけなければ。

そういえば以前、彼とは珍しい紅茶の話で盛り上がった。これもアンに頼んで、商隊から買った逸品を出してもらおう。アサドにとっては、ありきたりのものかもしれないけれど。


しかし、それで終わりではない。私の婚約者はまだまだたくさんいる。


クールな二枚目、アブ国のヴィルヘルム王子。


俺様系の暴君、エルール国のノヴァ王子。


飄々とした不思議なひと、ティシュリー国のイリヤ王子。


天才肌の芸術家、マルヘシュバン国のダンテ王子。


誠実で一途、キスレーヴ国のアーネスト王子。


女好きで有名、テベット国のキース王子。


ちょっと抜けてるけど安心できる、シュバット国のクリス王子。


そして、完璧主義の君子、アダル国のユリウス王子。


彼らの顔を思い浮かべながら、ああ、それにしてもと私は空を仰ぐ。

あんなにも素敵な王子達と婚約できるなんて、本来ならば夢のようだ。

そう思えば思うほど、この境遇を呪わずにはいられない。


しかし、全てはミズガルズ国のため。

私は明日もまた、素敵な王子達の魅力に抗い、全力で嫌われるのだ――。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


いまは短編にまとめましたが、長編化を考えている作品になります。


 「面白い!」 「続きが気になる!」

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