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再び愛を誓うまで

家に着いた俺は誰に帰宅の挨拶をする事もなく庭園に向かった。

侍従たちも俺の淀んだ雰囲気に気圧されたのか声をかけてくる事はなく剪定に勤しんでいた庭師が言葉もなく頭を下げて庭を後にする。

庭園の中にある通い慣れたカートイット邸と繋がる扉は今までなら開け放たれたままだった。

それが今は堅く閉ざされている。

夜の空気に触れて冷たくなった扉に手を掛けてその場に座り込んだ。


カチャンと鉄が触れ合う音がする。

何度か扉に触れて、開かないことを確認した。

もしかしたらまだ開くかもしれない。まだフェイブルは婚約破棄のことなど知らず逢ってくれるかもしれない。

懇願するように閉じられた扉を強く叩いても扉は微動だにせず、微かにあった期待さえも現実が打ち砕いていく。

ここが閉じられているということはフェイブルの手にあの書類が渡ったと言うことだ。

今頃どんな想いを抱いて居るだろうか。

泣いていないだろうか。彼女は強く、そして弱い。

聡明で意志が強く、他者に弱味は見せられないこともよく知っている。

唯一、俺だけがその弱い部分を見せてもらえていたというのに。

何が幸せにするだ。何も守れてないじゃないか。

何の為に修練を積み、剣を磨き、優秀であろうとしたんだ。

フェイの隣に立つ為じゃないのか。

たった一日で色褪せた世界が余りに苦しくて何度愛しい人の名前を呼んでも返事はなく、色の無い三日月が俺を嘲笑っているかのように輝いている。


「はっ、ははっ。フェイ…愛してるよ……あい、して……ごめん、ね……」


口元が引き攣り、乾いた笑い声を上げて無意識に零れ落ちる涙が地面に吸い込まれていく。

何度も名前を呼んで、何度も謝罪を口にして、何度愛してると呟いても、それでも溢れる涙は止まらない。

最悪の幕切れを想像しては、くぐもった声を上げて近くに伸びた荊を掻き毟った。

生まれたときから側にいて、物心がついた頃には彼女が世界の中心にいた。

フェイブルと育んできた愛は、この十五年は無駄だったと言いたいのか。

退路を断たれ、選択肢など無かったに等しい。

それでも何も知らない彼女を傷付けたのは俺だ。

泣く権利など何処にある。


棘が刺さり血塗れになった手で婚約の証を握り締め数え切れないほどに繰り返したプロポーズの言葉を思い出す。

初めては確か三歳の頃。フェイブルの誕生日に辿々しい言葉で「ぼくのおよめさんになって」と一輪のマーガレットを差し出した俺に幼いフェイブルが控えめに笑って「うれしい」と言って受け入れてくれた。

それ以降も毎年のように誕生日に繰り返した。

何があっても必ず君を護るから、と。

死がふたりを分かとうとも来世もまた次の世も傍に居て欲しい、と。

彼女が好むロマンス小説を読んで学んだ甘い言葉を使った時もあれば飾り気のないありのままの言葉で伝えた時もある。

爵位も地位も富も名声もどうでもよかった。ただフェイブルの隣に居させてくれたなら、それでよかった。


「華燭の……灯る佳日まで、私の心は貴女と共にあり貴女を護る剣であると誓う」


婚約式の日に誓い合った言葉になぞらえた宣誓を虚空に吐いて痛みを忘れた手のひらを見た。

寄り添ってきた長い時間と育んできた愛の大きさは俺を壊すには充分なものだったらしい。

宣誓の言葉を零したあと全てを吐き出すように叫んで、乱れる呼吸を整える。

ピタリと止んだ涙の跡を雑に拭い、色の消えた庭園を眺めれば冷静さが戻り始める。

あんなにも彩り鮮やかで美しいと思えた庭園も今では色がくすみ、淀み、何の感情も湧かない物になった。

それだけ俺の世界は彼女が中心だったのだ。

ならば、それを取り戻すために何を壊してもいいじゃないか。


「待っていて…フェイ……」


ここまでするからには疑惑と呼ぶ以上に明らかな何かがあるのだろう。

そして、それは侯爵の地位すら褒賞に含めるだけの重大な罪なのだ。

娘を使って侯爵を引き摺り落とせば俺はフェイブルのもとに帰ることができる。

それだけが俺の救いだった。

どんな汚い手を使っても、この先どれだけの汚名を被ろうとも、どれだけ愛しい人に辛い思いをさせようとも、壊れ始めた俺を君は待っていないかもしれないけれど、最後には君のもとに帰るから……

どうか今だけは君の軽蔑する軽薄で薄汚い男になることを許して欲しい。


俺は一度ゆっくりと目を伏せて、生気を失った瞳を三日月に向ける。


「フェイを盾に取ったことを後悔するといい」


愛しい人と同じ色を持つはずの三日月は獰猛に狂い始めた俺を謗り嘲笑っているように見えた。

棘の刺さった手を握り締めて俺は父の書斎へと歩みを進め、薄汚れた紳士の仮面を張り付けた。

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