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裏切り

既にロレンザに来て三ケ月。

あの日捕えた捕虜から聞き出した情報を使いあれから計八回ほどの襲撃があったがその全てを返し、ピグロッグで『レコネアに化物がいる』という噂が立ち始めたとロレンザでも小耳に挟むようになった。

化物も何も魔石で強化しているのはお前たちも同じだろうと言いたいところではあるが、正しい使い方を知らないのだから仕方のないことだろうか。

そう思いつつ今日も任務に勤しむかという時にキエナからの報せが届いたとリアン隊長が俺たちの部屋を訪れる。


「今日の日暮れと共にピグロッグが大規模な襲撃作戦を決行する予定らしい」

「ついにか……向こうで受け入れてくれる侯爵家の動きはどうなんだ?」

「ハスバから北東に位置するセロ村からピグロッグ領内に続く川下……というか崖下にメイペル侯爵家が陣取る手筈になってるみたいですね」

「あぁ、あの滝があるところらへんか」

「滝ですか?」

「そうだ。滝があり、すぐ先には海がある」


リアン隊長が地図を広げて挙げた場所の位置に印をつけていく。


「滝は……落ちても問題ない高さですか?滝壺の水深は?」


言葉の意味を察したリアンが口を濁しているところを見ると問題がないとは言えないのだろう。


「姿を消すなら確かに滝に落ちるのが楽っちゃ楽だな」

「まぁ、森の中だろうし辺りに明かりさえなければ姿を隠してもバレなさそうではあるけど……」

「滝に落ちるか崖を下るか……」

「どっちもどっちな気がするな」

「確かにな」


テーブルを挟み言葉をかわす俺たちの頭にポンと大きな分厚い手が乗る。


「任務はお前たちに懸かっている。生存確率の高い方を選べよ?」

「「はい」」

「それと、お前たち二人だけで行かせるわけにはいかないと大隊長が煩くてな。トリオンとヤコブを付けることになった」

「二人は俺たちの任務について知っているんですか?」

「トリオンとヤコブ、それと近場に配置する急襲部隊の数名にはクロウゼスとカエラには潜入任務を言い渡してあるとだけ伝えてある」

「わかりました」

「じゃあ、俺は他の奴らに指示を出しに行くから準備が整い次第、北方に配属される騎士と合流しお前たちはセロ村に向かえ」


そう言ってリアンが去り、カエラと二人で準備を開始する。

武器の手入れから始まり、魔石の確認を終え隊服に袖を通す。フェイブルから貰ったクラバットを手に取り、ひと針ひと針丁寧に刺してくれたであろう刺繍を眺めた。

幼い頃フェイブルが好きだと言っていた物語の王女がつけていたティアラを囲むように咲くイベリス。

二人の淡い想い出を象った刺繍は無事を祈るというよりも、殺伐とした日々の中でもあの頃の想いを忘れないでほしいという願いが込められているのだろう。

それを首に巻き、全ての準備を終えたあと騎士たちと合流しハスバを出立した。



セロ村はハスバから馬で五時間ほどの距離にある。途中の集落などで馬を休ませる必要があるので実際に必要な時間は八時間近くになる。

道中で騎士たちと別れながら進み、最終的にセロ村まで向かうのは俺たちを含む三十名。最も少ない人数での配置だが、その多くがシャーレッツオやロレンザ、マルチーの分家にあたり少数精鋭といえる。

最年長がシャーレッツオの者というのもリアン隊長の配慮が窺えるところだ。

セロ村に着いてすぐに最年長の騎士が村長と交渉し、宿がないため比較的に新しめの空き家を何軒か拠点として使わせてもらえることになった。

各組一人だけが室内に残り、もう一人は馬の世話に向かう。

ロレンザの騎士が地図を広げ、自分たちの配置される場所を記したところで最年長騎士の金の瞳がこちらを向く。


「クロウゼス様、リアン隊長より潜入任務についてはお聞きしておりますが何か手伝えることはありますか?」

「セドリックさん、貴方の方が立場は上ですよ」

「……それでもクロウゼス様を敬称無しに呼ぶことは憚られます」


彼は二十半ばの青年で、この程騎士爵を賜った者でもある。そもそも爵位を持つ彼と伯爵子息でしかない俺では当然彼の方が立場は上なのだがカエラのことは呼び捨てにする辺り本家と分家では扱いが異なるのだろう。

敬称は譲らないといった頑なな意思を受け取り、セドリックの前に婚約の証と白のクラバット、カエラの予備の手袋を差し出す。


「俺とカエラが消えた後、これらを壊すなり汚すなりして行方不明になった証拠品として提出してください」

「これは?」

「ノミンシナ・ハオスワタとの婚約の証とロレンザに来る前に貰ったクラバット、それとカエラの手袋です」

「……クラバットは白、ですか」

「まあ、俺が前線に行くと決まった時点で俺への興味は薄らいでいるはずなので仕方のないことでしょう」

「そうですか……わかりました。婚約の証に関しては良きように身に着けていた理由を作っておきましょう」

「お願いします」


にこりと笑み合う二人の間にマルチーの騎士が割って入り、その後は詳しい作戦の話になったが俺とカエラは全くの別行動になるため口を挟まず耳を傾けることに専念する。

話し合いが終わると各々が多少ある時間を使って身体を休め、日暮れが近くなってから一斉に動き出した。

セロ村に残る六名の騎士に別れを告げ、カエラとトリオン・ヤコブ組を連れて最北である所定の位置に向かった。



移動に馬は使わず、整備のされていない獣道を駆けて森の中に潜む。トリオンとヤコブを途中に残したため今はカエラと二人きりだ。

幹や枝が太く折れる心配のない木に軽々と上がり、視界の片隅にいるカエラは茂みの中に身を隠す。

刻一刻と森に夜の影が落ち始め緊張が強まる。

冷たい風が吹き葉の擦れる音がやけに大きく聞こえる気がする。今までにないひりつくような緊張感に手が震え何度か握っては開くを繰り返す。

暗さに慣れた目で辺りを見回し、息を潜めていると右前方から微かに不自然な金属の擦れる音がした。

鞘から剣を抜いた音か、はたまた甲冑の擦れ合う音か、そこまでの判断は出来ないほどの距離がある。

カエラの位置を確認しようと視線を向けると、カエラは音もなく俺の乗る木の下まで来ていた。


「ゆっくり過ぎないか?」


反対側の枝に乗ったカエラが小さく言う。

確かにまだ国境を越えているわけでもないのに移動速度がやけに遅い。まるでこの森に騎士が配置されていることを知っているかのようだ。慎重に行動をしているという可能性もなくはないが、それにしてもだ。


「情報が漏れてるとか?」

「配置が決まったのは今日の朝だぞ?どうやってピグロッグの兵に報せて――」


報せているのか、その問いは突然響いた爆発音と遠くに光る眩い閃光に掻き消され、少しの間をおいて風によって運ばれてくる火薬の匂いで何があったのかを察する。


「森の中で爆弾を使ったのか?火が回れば自分たちも死ぬだろ」

「…………音だけ?」

「は?」

「陽動、か?」


爆発音が響いたせいか耳が小さな音を拾いづらく先程聞こえていた金属音が聞こえない。

その上、火の手が上がる気配もなければいくら耳を澄ましても爆発音がした方向から剣戟も戦闘を開始するような音さえも聞こえてこないのだ。遠距離に及ぶ投擲武器があったとしても導火線に火を点けてから飛ばしたのでは途中で爆発してしまうだろうし、そう考えれば弓で届く範囲か手で投げて届く範囲内からの攻撃だろう。

もしそうであるなら付近にいるはずの騎士が敵を発見し戦闘になっているはず。

それが起きないということは――ふと後方の数人が動く気配がする。遠ざかる気配はトリオンとヤコブのものだろう。

彼らに言い渡されている任務は俺たちの任務遂行のための補助なはず。

であれば俺たちから遠退くはずは…………


「カエラ!狙いは俺たちだ!!」

「はぁ!?」


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