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急襲

ロレンザに着いてから一ヶ月半が経とうかという頃、愉快な二人組をサポートする任務から帰る道中で一人の青年に声を掛けられる。

彼はハスバの酒場で住み込みで働く者だと名乗った。恰幅の良さが目立つ青年が抱えるくたびれた鞄の中には俺に渡す何かが入っているのだろう。

それを察してトリオンとヤコブには先に城に戻ってもらいカエラと二人で彼の住む酒場に向かう。


「誰からの情報だ?」


そう尋ねたのはハスバの酒場も例に違わずゴードン率いる傭兵団のアジトになっていると判断したからだ。最も人目につかない席に通されたことも確証を強めた要因である。


「お頭から渡されましたが、中身については知りません。この鞄ごと渡せと言われました」


渡された鞄を開けて中身を確認すると夥しい量の書類と三通の手紙が入っており、横から鞄を覗いたカエラがぽつりと零す。


「休ませる気が全く無い量だな」

「まあ、な……」


鞄を受け取って城に戻るとドルセン大隊長が訝しげにこちらを見て近寄ってくる。おそらくトリオンかヤコブから俺たちが庶民に声を掛けられて帰りが遅くなることでも伝えられていたのだろう。

案の定どのような理由で声を掛けられたのか尋ねられ「任務に関わることですので」と躱す。

暗にお前には関係ないと告げたことでドルセンの眉間に皺が寄る。

ドルセンの行動や言動からは今回の極秘任務についての理解が見えない。きっと三ヶ月後にピグロッグに入国予定の二人組という程度の認識なのではなかろうか。

そもそも国王から関わらせるなと言われている以上、俺たちに必要以上に関わらないで欲しいというのが本心だ。


侍従の一人に食事を部屋で摂ると告げ、一度部屋に戻ってから全ての荷物をおいて温泉が引かれている湯殿に向かい身を清める。湯殿には誰も居らず、窓から黒に染まりかけた紫の空を見上げながらカエラが「異様に静かだよな」と呟いた。

確かにと頷く。俺たちがロレンザ入りしてからピグロッグに動きはない。頻繁にあった小競り合いさえ生まれていない状況には違和感しか無い。


「俺たちの任務を知っている者が裏切っている可能性は?」

「国王がヘマをしていない限り、それはないだろうな」


ただサノス公爵が影武者をしている限りその可能性も薄い。他に理由があるとすれば――


「魔石の密輸が途絶えたから、か」

「そういえばショモナーに集められてたんだったな」

「あの鞄の中にそれに関する情報があるかもしれない」

「はぁ~さっさと上がって読むか~」


大きく伸びをしたカエラに続いて湯殿を出て部屋に向かうと丁度食事が運ばれてきたところだった。

食事を受け取り、部屋に入って鍵をかけ向かい合うように席につく。テーブルの上はほぼ書類の山で埋まり、二人で大きく溜息を吐いた。


読み漁りながら適当に食事を口に運ぶという作業を続け、漸く終わりが見え始めた時に大きな鐘が短間隔で何度も強く鳴り響く。

それは付近で敵襲があったという合図だ。

書類を全て鞄に戻し寝台に隠してからクローゼットに掛けてあった特殊急襲部隊の隊服に着替え、急ぎ厩舎へと駆け出した。



警邏隊や救護隊などと違い俺たちの所属する特殊急襲部隊は最前線に立たなくてはならない。

そのため隊長一人が大隊長からの指示を受けている間に現場に向かう準備を整えておかなくてはいけなかった。もちろん隊長の分までも。

それらを全て終わらせた時にリアン隊長が現れ、馬の背に乗る。

隊長を先頭に駆け出し、移動をしながら指示を受けた。


「クロウゼス、カエラ。お前たちは根本に行け。理由はわかってるな?」

「はい」

「死なずに生きて戻れ。それがお前たちへの指示だ」


それだけを言って隊長率いる他の騎士は俺たちが乗っていた馬を連れて被害が出ている可能性の高い集落へと向かい、別れた俺たち二人は自らの足で例の池がある森へと向かう。隊長が別行動を許したのは俺たちがサノス公爵家から受けている指示の内容をリアン隊長が知っているということに他ならず、マルチー侯爵家への信頼の厚さがわかる。


リアン隊長が言った根本とは池がある場所のことを指す。

あの日見つけた宝石は間違いなく魔石だった。そして、その池の内部にピグロッグに繋がる空洞が発見されたのだ。

池の底や周りに魔石が散らばっていた理由も空洞を通って侵入してきたピグロッグ兵が落としていったものだと予想している。

敵国に上等な魔石が渡っていること自体も問題だが一般兵に渡るほどの量となるとロレンザの私兵団が苦戦を強いられていたのも納得がいく。

何せレコネア騎士団の者は魔石の存在すら知らないのだ。

国から支給された隊服に取り付けられている装飾には魔石が使用されているものの良くて中級程度の魔石であり、ピグロッグの兵が身につけているものよりも等級は低い。

それでも優勢を保っていたのだからロレンザ私兵団や前線部隊には優秀な騎士が多いのだろう。


この一ヶ月半の間、俺とカエラや他にも配属されているシャーレッツオに連なる家系の騎士にはピグロッグ兵が落としていった魔石の管理という仕事が追加されていたのだが、それなりの量の魔石を落としていっていることを考えるとピグロッグの兵が魔石の効力や稀少性を正しく理解しているとも思えない。

何より魔石というものは宝飾品として装飾されることで効力を増強することができるのだが、落ちていた魔石は装飾部がなく丸裸の状態だった。密輸に噛んでいるであろう主教や王妃もそのことを知らないのだから仕方のないことだろう。


青の魔石の効力を用いて身体能力の強化を施すと単純に足の速さや腕力などが増強されるだけではなく、自然治癒力も上がる。緑の魔石は青の魔石と組み合わせて一つの宝飾品とし身に着けることで更に効力をあげることができるというのは王家でさえ知らないことだと士官学校に入学する前に教えられていた。

これはシャーレッツオとカートイットしか知らない事実であり、王家にさえ秘匿とするのは最古の貴族家である両家に許された特権でもある。

伯爵家でありながら両家の発言権が大きいのも魔石に関する知識が豊富だからだ。


徐々に池に近付くにつれて走る速度を下げて首に巻いていたフェイブルに貰ったクラバットを顔の半分を覆うように巻き直し、神経を研ぎ澄ませながら池の中で複数の何かが動く気配を捉え互いに目視できるだけの距離を空けて草陰に隠れて様子を窺う。

声は出せないため視線と手の動き、自身の体に触れる場所などで互いに状況を知らせ、池の縁に手がかかったのを見て腰に携えていた複数の短剣のひとつに手を伸ばす。

この短剣の形状はレイピアに近く、応戦するためのものと言うより奇襲時に投擲武器として扱うことを主としているもので、それを構えながら池から上がってくる人数を確認し終えると彼らの濡れた衣服に目が行く。

撥水性も防水性もない衣服は存分に水分を含み重さを増している。それだけではなく中には水苔や水草が所々に絡まり武器を取り出すことも容易ではない者もいる。


――奇襲するなら今か。


そう考えてカエラに視線を送ると小さく頷く。

敵の首に狙いを定め、短剣を使い数人を仕留めると奇襲に慌てたピグロッグ兵の統率が乱れ森の中に逃げていく者や池の中に落ちる者もいた。それらを捨て置き応戦する体勢をとった者たちに剣を向け一気に間を詰めて斬り伏せる。

普通の人間であれば一人で十人を超える兵を相手にするのは難しいが正しく魔石で強化されている人間なら不可能なことではない。

敵の髪を鷲掴み振り回すように別の敵との間に引きずり込んで盾にし、微かに動揺した敵兵の首を斬り落として流れるように次の敵の相手に移る。

カエラも俺と同様に一太刀で相手を斬り殺しているのにも理由があった。

敵が多勢であることも理由のひとつではあるが、何より重要なのは敵兵が持つ緑の魔石の等級だ。視界に入る緑の魔石が異常なまでの輝きを内在させているということは、あれらはレコネア王家もしくはレコネアの教会から送られたものということだ。

その緑の魔石は失った手足を生やすことは出来ないが、どんなに大きな裂傷でも瞬時に塞いでしまう。たとえ使い切りだったとしても復活されるのは避けたかった。

それの対処方法が頭を落とすか脳自体が稼働しなくなるようにするというものだった。

カエラが持っている剣は俺の持つ剣より大きく重量がある。そのため斬り伏せるよりも殴打で頭を潰している方が多い。


ふと泥になった足場に気付かなかったカエラの体勢が崩れるのが視界に入り、追い打つように振り下ろされる剣がカエラに届く前に外套を掴んで引き寄せ代わりにその敵兵の前に出て斬り伏せては好機と思ったのか森の中から戻ってきた敵兵の相手に切り替える。

既に体勢を直したカエラも残る敵兵の相手に移っていた。


辺り一面が血に塗れ、残るのは五人程になったときに一人の敵兵を捕えて首に剣を突きつける。


「生きたいか?此方の質問に答えられるなら見逃してやろう」


無傷な上に呼吸さえ乱れさせることなく二十に近い人間を屠った俺に慣れた感情が含まれる視線が注がれた。化物か怪物か何かだとでも思っているであろう表情は士官学校で飽きるほど浴びせられている。

それもそうかと思わなくもないのは、ほぼ同じ鍛錬を行ってきたカエラでさえ肩で息をしているのだ。きっと俺が異常なのだろう。

冷淡な声で問う俺の前に戸惑った様子の敵兵から武器が放り投げられ、降伏の意思が示される。


「お前たちが持つ宝石は誰から貰ったものだ?」

「……せ、聖女様が…………」

「その宝石の効果は知っているのか?」

「聖女様の祈りが込められた特別な聖石だとしか……」

「聖石?」

「聖女様がお持ちになっている特別な御力が込められた、聖女様しか生み出せない石のことだ」

「……なるほど」


そういうことになっているのか、とは口に出さず納得するような返答をすれば口を開くことのなかった一人の敵兵が逃げるように後退り勢いよく池に潜る。

残された物は逃げる機を失し恐怖に怯えた表情で俺を見上げた。


「大人しくしていれば全員逃してやったものを」


瞬時にカエラが動き残る敵兵を縄に掛け、終わったことを知らせる笛を吹く。

ピーーーーーーーーーと甲高い鳥の声に似た音が響き、暫しの時間をおいてリアン隊長と極小数の騎士が現れる。

足元に転がる惨状に彼らの表情が凍ったのを確認したが、それを気にすることなく捕えた敵兵を渡す。


「何があったかはハスバに戻ってから聞こう」

「了解しました」

「お前たちの馬を連れてきているから先に戻れ」

「「はい」」


そう言って騎乗し、ハスバに到着したのは朝を迎えた頃だった。


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