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ロレンザでの初任務

翌日からの移動は想定よりも楽なものだった。

戦闘が無かったわけではないし、野営の最中に冬眠に入る目前の猛獣が襲ってきたこともあったが傭兵団の協力もあって難なく退け、マルチー領に入ってからも侯爵家の分家が指揮する私兵団のおかげで大きな問題は起きなかった。

ロレンザ領に入れば俺たちを駐屯する町まで案内する役目を担った最強と名高いロレンザ私兵団が待っていた。

統率も然ることながら、その屈強さも類を逸している。

指揮を執る青年は元戦争孤児だったという。今は荒れ果てた土地となった彼の故郷は国境に面していたと語る。

現在、前線がどういった状況にあるかを聞かされた後に進む十日ほどの道程は重苦しいものだった。

原野を通っても獣一匹すら気配を見せないというのは異常にしか思えない。物資を補給するために通る町や村も活気はなく人も少なかった。


一ヶ月弱の移動期間を経て漸く到着した部隊が駐屯するハスバという町は、町全体が堅牢な城塞と言っていい造りになっていた。

検問所では一人一人が細かな身体検査を受け、早朝に到着した騎士全員が城塞内に入れたのは夕刻を迎えた頃だった。

夜には歓迎の宴が催されロレンザ辺境伯とドルセン大隊長から挨拶があった。

テーブルは所属する隊に分かれており、最も少数なのは俺が所属する特殊急襲部隊のようで直属の上司はヨークの次兄リアンだ。

ヨークとは似ても似つかない風貌は本当に兄弟なのか疑いたくなるほどだが、間違いなく兄弟である。

俺とカエラにとってはよく見知った相手で緊張することもなく近寄るとリアンは歯を見せて笑う。この表情だけはどことなくヨークの影があることからやはり兄弟は似るものなんだなと思った。


「久しぶりだなクロウゼス、カエラ」

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「まあ、俺は……な」


そう含みをもたせた彼の脳裏には彼がロレンザに配属されてから戦場に散っていった仲間たちの影があるのかもしれない。

他のテーブルでは騎士たちが盛り上がりを見せるにも拘わらず俺たちが着いたテーブルの一部だけはどこか重々しい雰囲気があった。彼らは口数少なに食事に手を付ける。

声を掛けてくれるな。親しくなろうなどと思うな。そういった雰囲気があるのは、明日にはこの中の誰かが死んでもおかしくないが故だろう。

親しい者が目の前で息絶えていくのを何度も見てきたからこそ同隊の騎士と親しくなることをやめたのだ。

それでも極めて少数の先輩騎士は入隊した者たちを歓迎してくれる。

彼らは彼らで明日もわからぬ命だからこそ努めて明るく振る舞おうと決めているらしかった。


賑やかだった宴の終わりが近付き、まばらに騎士たちが割り振られた自室に戻るのを見送るとドルセン・ハオスワタ大隊長に声を掛けられる。

侯爵に似ているのは黒紫の髪色くらいなもので顔立ちはおそらく今は亡き前侯爵夫人に似ているのだろう。

俺とカエラは移動の疲れがある中でドルセン大隊長に呼ばれて私室に赴くと椅子を用意されて向かい合う。


「国王陛下より極秘任務を賜っていることは理解している。だが、かと言ってお前たちを特別視することはできない。各々が身命を賭してこの場で戦っている以上はお前たちも同列に扱う。ピグロッグに渡るまで生き延びてみせろ」


そう言い切る堅物そうな男に嫌味の一つも返したくなる。国王に特別視されているお前が言えたことかと。

しかし、言い返したとして待遇が変わるわけではないのだとそれを飲み込み、肯定でも返しておけば充分だろうと口を開きかけたところでカエラが言葉を発した。


「大隊長は……ご自分の縁者がなさっていることを理解しておられるのですか?」


ドルセンの目付きが鋭いものに変わったのを見てもカエラが口を閉ざすことはない。


「確かに我々は前線に配属されましたが、元はと言えば大隊長のご家族が起こしている問題を解決するためだという理解はしていただけているのでしょうか?」

「それは私には関係のないことだ」

「そうでしょうか?貴方が侯爵や令嬢に組みしていないのであればハオスワタの問題はハオスワタの長子である大隊長が解決なさるというのが筋というもの。それをシャーレッツオが肩代わりする謂れなどないのですよ?」

「クロウゼス・シャーレッツオは愚妹の婚約者なのだろう?であれば肩代わりなどということにはならない。あれのどこを気に入って婚約者になったのか理解に苦しむが、侯爵に認められたあれの婚約者ならお前が解決に奔走することもおかしくはない」


軽蔑の視線を向けるドルセンが腹立たしくて仕方ない。これ見よがしに溜息を吐いて見せればドルセンの頬が不快だと言わんばかりに動き、俺の堰き止めていた思いが溢れる。


「俺がどんな思いであの女と婚約したのかなんて想像もできないでしょうね。それに紛れもなく貴方の肩代わりでしかないのですよ、ドルセン・ハオスワタ。国王陛下は忠臣である貴方を連座させたくないがために俺という贄を作った。汚名も何もかもを俺に被せて自らの忠臣は手元に残るよう生かせと命じられたんだ」

「……王命であればそれを叶えるのが騎士たるものの務め。そこに私情や心情は関係ない」

「は?あんたのために最愛の婚約者まで捨てさせられたクロウにそれを言うのかよ。……ハオスワタは腐ってもハオスワタだな」

「カエラ、落ち着けって。ドルセン大隊長の言っていることも一理あるだろ?俺たちにとっては王命が絶対だ……」


そう、生きてさえいればいいのだ。たとえ目の前に座る堅物の腕がもがれようと、足がもがれようと、どんな状態であろうと生きてさえいれば。

もっと言えば国王は連座させたくないと言っただけで綺麗な状態のままでとは言っていないし、他の要因での死に関しては言及していない。全てが片付いた後に自分の側に置きたいとも言っていない。

ハオスワタが起こした一連の騒動に関わらせずにいれば、それでいいのだと含みを持った笑みをカエラに向ける。

俺の言わんとしたことを理解したカエラもまたある程度の納得を見せた。


「ドルセン大隊長が特別視しようがしなかろうが我々にとっては王命が最優先事項であることに変わりはありません。特殊急襲部隊の一員として任務には挑みますが、王命に障りある場合には放棄します」


言い切った俺にドルセンの敵視に近い視線が向けられる。おそらくドルセンにとって数少ない友人のひとりである実直で誠実な兄上とでも比べているのだろう。

このような状況でさえなければ国王への忠誠や忠義に厚いドルセンを尊敬くらいはしていたかもしれない。

ただ、彼がハオスワタである限り俺が彼にそのような念を抱くことはないだろう。

それはカエラも同じようだった。ドルセンに追い出されるように部屋を去り、自分たちに与えられた部屋に入ったあとでカエラはドルセンに対して不快感を露わにした。

道理も義理もない彼の態度が気に入らないのだと荷物を片付けながら話す。


「だからって謝罪されたところで許せることでもないけどな」

「それはそうだけどよぉ……」

「まあ、お前からしてみれば巻き込まれただけだしな。ごめんな」


心がこもってもない軽い謝罪を述べると「謝罪が思った以上に軽いな!?」と誂い混じりの言葉が飛ぶ。

わざわざ言葉にしたりはしないが、こういう時に重い空気にしないカエラには本心から感謝している。フェイブルを除けば俺を最も理解している人物はカエラで間違いない。

そのカエラとバディーを組むのは決定事項であり、明日からは公私ともに常にツーマンセルで動くことになる。

何よりカエラは金の瞳の保有者として魔石の扱いにも長けており、剣術や武術も共に学んできたことから戦闘力も近いものがある。気心の知れている相手がバディーであることは俺の気持ちを少しだけ軽くした。



数日後、移動の疲れが抜けた俺たちに言い渡された任務は別隊のサポートだった。そのため特殊急襲部隊独自の隊服ではなく騎士団に与えられた隊服を着て別隊のもとに向かいサポートをする二人組から挨拶を受けた。


「警邏隊所属のトリオン・ミッティだ。よろしくな!」

「トリオンのバディーで、同じく警邏隊所属ヤコブ・ラックだ!」


底抜けに明るそうな二人組みはカエラとは顔見知りらしく「よく戻ってきたな!」と肩を叩く。

移動しながら受けたカエラの説明に因ると仮配属のときに警邏隊に配属され、仕事内容を教えてくれたのがミッティ男爵令息とラック男爵令息だったらしい。二人は幼馴染でもあり、互いにそれほど裕福とは言えない男爵家の次男坊で跡取りでもないことから幼い頃から庶民に紛れて自由気ままに生きてきたという。

リアン隊長から事前に伝えられていた内容では彼らの戦闘力は平均より少し劣るというものだったが、それに付け加えられた『ヤコブの幸運とトリオンの巻き込まれ体質とその相乗効果こそが彼らの特徴』という一言が気になるところではある。


彼らとともに厩舎に向かい、馬に乗って見回りを開始する。彼らが担当している区域は城塞を出た先にある森の中部。レコネアの領地内ではあるが極稀に敵国の兵が潜んでいることもある場所だ。

どこから侵入を許しているのか探しても抜け穴は見つかっていないという。そこから前線部隊の中にピグロッグの間者がいるのではないかとの疑いが出たらしく見当をつけたのは三名の騎士と二名の商人であり、現状、生存している間者の人数は騎士二名とのことだがそれが全てとは思えない。

ちなみにトリオンとヤコブにいたっては全くの白らしい。


森の中部にある小さな池に到着すると、彼らは何故か地面をくまなく見て回る。それに何の意味があるのかと問えば「たまに宝石が落ちてんだよ!なんでだろうな?」とその重要性に気付いていない返答をした。

十中八九それは魔石で間違いないだろう。もしくは魔石としての効力を失いただの宝石になったものか。

治癒の効果を持つ緑の魔石は一度効力を発揮すると魔石としての効果を失い普通の宝石になる。それを理解して捨てているのか、もしくは知らずに運び屋がただ単純に落としていったものかを判断するのは容易ではないだろう。


「宝石ですか……我々も一緒に探しますね」


そう告げて探し始めた矢先にヤコブの「お、あったぞ!」という声が上がった。その後も次々と宝石を見つけ出すヤコブに改めてリアン隊長の言った言葉を思い出す。


「確かに幸運だな」


そう納得して小さく呟いた瞬間、ヤコブが何かに躓いてトリオンにぶつかり、トリオンが「うぎゃあ!」と何とも言えない声を上げて池に落ちた。


「確かに巻き込まれ体質だな……」


仮配属の時に直面することはなかったのか虚を衝かれたような表情のカエラの呟きは慌てふためくヤコブの声で掻き消されたが、池から這い上がってきたトリオンの手には複数の魔石が握られていた。


「「なるほど、相乗効果……」」


息の合った俺たちの呟きに反応する者はいないがヤコブとトリオンの満面の笑みがこちらを向く。


「池の中にもまだあるかもしれないな!」

「お!潜るか!?」

「こんなクソ寒い時に自ら潜るバカがいるかよ!」

「今潜ったろ?」

「お前に落とされたんだよ!!」


幼馴染同士の軽快なやり取りに毒気を抜かれつつ一言「まずは隊長に判断を仰ぎましょう」と返してハスバに踵を返すことになった。


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