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密談

帰宅し、汗を流してから兄上の部屋に向かうとカエラが既に寛いでいた。

「随分と遅かったな。どうせフェイブルちゃんのとこにでも行ってたんだろ」と囃し立てられながら用意された席につき、注がれたウイスキー・ソーダを呷る。

カエラと俺はロレンザ行きの準備のため勿論仕事はないが、兄上も今日は一緒に飲むようだ。

ショモナーの排除も恙無く終わったことを伝えれば、小さく頷いた兄上が極秘任務に関わる書類を机に並べた。


「ピグロッグの教会に関するものだ」


俺たちが住むレコネア王国と同様にピグロッグ王国も女神信仰の国だ。

しかし、同じ女神を奉りながらレコネアで最も位が高い聖職者は主教だが、ピグロッグでは聖女が教会の最高権力者として座している部分が異なる。

女神の声を聞くことができる特別な力を持つ者が選ばれるらしいが俄には信じられない話だ。

正直に言えば女神の声が聞こえるというのは虚言か妄想の類だろうと思っている。しかし、ピグロッグではその特別な力の存在が信じられているが故に王族よりも教会の威光が強く、近年はそれが如実に表れているという。

現在、国境付近で小競り合いが多発しているのも教会が扇動しているらしい。

表立って動きを見せているのは神官や巫女たちで聖女ではないようだが、十中八九聖女の指示だろうことは明白だ。


「王室や王権派の貴族は争いを好まず和平交渉を望んでいるようだが教会が戦争を推し進めている状況らしい」

「教会は聖女の力を認めないレコネアを邪教徒の蔓延る国として見てるからな……それと、ロレンザ部隊の中に間者がいるのも把握してる」

「大隊長やロレンザ辺境伯は間者の排除には漕ぎ出してないのか?」

「まだ泳がせてる状況だな。数人は把握してるから監視対象にはなってるけど奴らの動きが鈍くてなぁ……」


鈍いという言葉に、ふと七年前にレコネアの王城で起きた事件のことを思い出す。

手練とも思えない拙い盗賊、今回の動きの鈍い間者……どうも敵側の教育不足が目立つのだ。

少なくともハオスワタ侯爵は当時の近衛騎士団長や当代の学校長に就任するだけの実力はあったはずで、その人物が直接関わっているのなら教育を怠る訳が無い。

であれば、それ相応の役職に就きながら不相応な実力の持ち主が間に入っている可能性が高い。

果たして、それが誰なのかと考えたが思い浮かぶ人物は今のところ居ない。

では、レコネア内部で大規模な戦争が起きて現状最も利益を得るのは誰だろうかと兄上に聞けば「ホビロン侯爵家とカルデン・ピンジット個人だろうな」と言う。


「ピンジットは家としては王家の忠臣と言えるがカルデンは別だ。もしカルデンが戦争で功績をあげれば近衛に配属された程度のサンチェスを追い落とすことは容易い。まぁ、あくまでも前線に配属されているロレンザ辺境伯家やマルチー侯爵家、我らがシャーレッツオの面々を凌ぐ功績をあげれるのであればの話だが。ホビロンは侯爵が騎士団長、息子のケメロイが精鋭教育小隊の隊長を務めてはいるが大きな功績自体はない。地盤固めに乗り出しているとも聞くし、ここで功績でもあげればハオスワタに並ぶ派閥を作り出すことも可能だろうな」

「第三派閥が立つとなるとハオスワタには不利益だよな?」

「そこは調査中だ。カルデンが功績を立てるなら一先ず利益にはなるだろうが、ホビロンの功績はハオスワタの利益には繋がらないと思っていいだろう。ハオスワタとホビロンの間に私的な関係は今までほぼ無いと言っていいからな。ハオスワタと裏で繋がっている可能性もあるが今のところ職務外でやり取りをしているのは見受けられない」

「今の状況はハオスワタにとって望んだものに近いんじゃないか?噂通り、三男をピグロッグの王女に婿入りさせるとなれば戦争の前兆がある方が人質を理由に自然な形で送りやすい」

「ってことは、ハオスワタは戦争を起こす空気感が欲しいだけで開戦自体は求めてないってことになるのか?」

「どうだろうな。王家さえ乗っ取れば、その後は好きにできるだろ。向こうの国王は我が国の国王陛下のように聡明ではないらしいしな」


兄上の言葉に若干の含みを感じる。

賢くないのではなく、きっと──


「お人好し、か」

「それでもマシな言い方だな」


兄上のピグロッグ国王に対する評価は低いらしい。それもそうかと納得せざるを得ない。

何せ今回の作戦でレコネアに協力する侯爵家は王権派の筆頭貴族であり、更には王家自体もレコネアの作戦に応じているというのだ。

自分たちで教会を黙らせることができないから助けてくれと敵国に協力を要請するあたり善意、善行以外を知らないのだろう。


「それで、俺たちはピグロッグに潜入して何をすればいいんだ?」

「陛下からの勅命はピグロッグ王家の掌握、ピグロッグからの要請としては教会の瓦解になる」

「うわぁ……重要すぎて吐き気するわ〜」

「お前たちは三ケ月以内に名声を上げ、暫くピグロッグが攻め込めないように地盤作りをしたその後ピグロッグ王国に入ってもらう。三ケ月という期間はメイペル侯爵家がお前たちを受け入れる準備に要する期間だ」

「侯爵家での俺たちの立ち位置は?」

「メイペル侯爵家の縁戚の婚外子が後継者以外に男児の居ない本家の養子に迎えられた、ということにするらしい」

「そりゃまた複雑な……」

「剣の腕が立つため、王女の護衛騎士に配置するといっていた」

「随分と中枢に入るんだな……」

「でも、それじゃ簡単に動けないんじゃないか?」

「王権派全体が協力体制にある。身動きが取りやすいようにしてくれるそうだ」

「……本当に全てレコネア任せか」

「王としては余りにも、だな」


呆れを隠さず俺とカエラが言うと兄上にも同様の思いがあるようだった。


「それで、シャーレッツオ家としての任務は?あるって言ってたよな?」

「……聖女が何らかの薬物か魔石を使用している可能性が高い。その入手経路を調べて欲しい。ピグロッグにも居るんだろ?お前の駒になる奴らが」


兄上の言う駒になる奴らとは傭兵団の事だろう。


「いるな。先にランドルをピグロッグに入れておけば統率も問題ないと思う。ただ……」


言葉を選んだほうがいいだろうかと悩んでいると兄上が今更どんな報告を受けても動じないからさっさと言えと急かす。


「魔石の入手先はショモナーの可能性が高い」

「は?」

「ショモナーには先代の頃から多くの魔石が集められていた。クルライを問いただしたところ、それらは王室から送られてきていると。密輸先などについては知らないようだったが教会ではないかと言っていた」

「王室から?」

「おいおい、それ本当に言ってんのかよ。国王陛下やサノス公爵がそんなこと許すはずないだろ。それに教会に贈るなら通すのはシャーレッツオかカートイットだろ?」

「それと……王領地とハオスワタ領の境にある農村にある孤児院では拉致した子供が集められ、なにがしかの教育を受けたのちに何処かに売られているらしい」

「お前、なんでそんな重要な事件を隠していたんだ!」


声を荒げる兄上を前に表情を消し、あくまでも冷静に返す。


「そっちはアイリーン・ショモナーが首謀者になるように仕組まれていたが、カルデン・ピンジットが絡んでいる」

「……公にしたらピンジット伯爵家自体が消えるな」

「そっちは俺が動くよりもサンチェスが動いたほうがいいと判断したんだ。国王陛下がハオスワタの嫡男の立場を守るために俺を引きずり込んだ理由と同じだ。文句を言われる筋合いはないな」

「だからといって俺や父上にまで隠すことはないだろ」


数秒の間を空け、落胆する兄上を真っ直ぐに見据える。


「信用できない」

「な……」

「あの国王に忠誠を誓う人間を信用できないと言ったんだ」


兄上の表情が悲痛に歪み、カエラが「まあ、そうなるよな」と苦く零した。


「兄上や父上のことは尊敬しているし、大切に思っているよ。ただ、それとこれとは別だ。国王は俺を必要な犠牲としてノミンシナにくれてやったんだろ?兄上も父上もそれに異を唱えなかったからこそ、あれだけ早く婚約破棄と新たな婚約が結ばれた。そういうことなんじゃないのか?」

「そう、だ」

「それなら俺は俺の選んだ方法であいつらを追い詰めるし、そこへの口出しは邪魔でしかない。サンチェスは俺にとって信頼できる協力者だ。今回の件に関して言えば他の人物よりも優先されるべき人物だと思っている。ピンジットを潰すことは許さない。もしそのように進めるのならハオスワタの悪行も公にしドルセンもその妻子までもを道連れにする」


年齢差はあれどドルセンは兄上にとって友人と呼べる人物だ。それを理解していての言動に沈黙が流れ、小さく「わかった」と聞こえた。


「まあ、アイリーンが消えた以上は拉致に関しての動きは止まるはずだし、魔石の横流しに関しては新たな運搬役が選ばれる可能性があるため注視が必要だと思う」

「……わかった。他に何か隠していることはないか?」

「ある」

「おまッ!言え!協力してやるから!」

「国王に忠誠を誓っている兄上が国王に隠し事ができるのか?」

「するわ!こんなん乗りかかった船だろうが!」

「ノミンシナが普段好んで身につけている首飾りに紛失した王太子の宝冠のものと思われる赤の魔石が使われていた」

「……お前、それこそ言わなきゃ駄目なやつだろ」


苦笑したカエラの言葉を無視して続ける。


「さる御方から貰ったものだと言っていたが相手はまだ分かっていないし、ノミンシナ自身はそれをルビーだと言ったことから魔石としての効力には気付いていないようだった」

「……他には?」

「ノミンシナに侍る者はガーネットの宝飾品を身に着けているらしい。俺はブローチを渡されたし、サーヤも婚約式後に訪れたノミンシナからブレスレットを渡されている。俺が確認できたのはカルデンとショモナー兄妹だけだったがフェイが他に数名確認している」

「え?その情報を集めてもらえるくらい連絡取り合ってたのか?」

「いや?婚約破棄後に会ったのは今日が初めてだ」

「それでどうやって……」

「直接連絡を取り合わなくてもヒントになるものを渡せばそこから導き出してくれるからな」

「相変わらず有能だな、フェイブルちゃん」


フェイブルから貰った詳細が纏められた紙を兄上に渡し反応を待つ。


「教会と騎士団両方に関係する者か」

「教会は騎士の立ち入りを許していないことは分かってる。国王の許可でもない限り捜査は無理だろうが、国王は許可しないだろうな」

「クロウ、敬称を……」

「今この場で敬う必要性がないし、本心から敬っても居ない。忠誠を誓っているのは父上と兄上であって俺じゃない」


押し黙った兄上の代わりにカエラが許可しないのは何故かと聞き、簡単なことだと返す。


「国王と王妃の後ろ盾が主教だからだ。特に王妃は主教と繋がりが深いらしい。何せ俺とノミンシナの婚約は主教の助言らしいからな」

「それは聞いていないぞ?王妃や主教が他者の婚約に口を挟むなど……」

「なあ兄上、国王陛下は忠誠を誓うに値する人物なのか?自分は周りの反対を押し切って好いた女と結婚し、その後好き放題やらせている国王が。王子の教育もまともにできない状態にしている王妃を諌めることもしない国王だぞ?」


思い悩む兄上から視線を離し、再び情報の開示を進める。


「近いうちにノイハ殿下の友人候補を城に招くらしいとフェイから聞いた。それが主教に関係する人物の子供なんじゃないかと言っていた。それがハオスワタの三男だろうと俺は予想している。ただ、ハオスワタの三男の出生に関しては不審点があり、ノミンシナの実子である可能性が高い」

「え?子供いんの?」


三男がノミンシナの実子である可能性が高い理由と長期に渡って消息が絶たれていたことを教えるとカエラが「教会うさんくせぇ~」と天を仰ぎ、同様の思いを抱いてか兄上も額をおさえ溜息を吐いた。

いや、兄上の場合は国王に対する信頼が揺らいでいることが原因かもしれない。


「兄上、三つだけ約束して欲しいことがある。それさえ守ってくれたら、また兄上のことを心から信用できると思うんだ」


幼さの残る柔らかな微笑みを向ければ約束の内容を尋ねられ、それに対して先に守ると約束してくれなければ言えないと告げる。

少しの押し問答ののちに折れたのは兄上で、取れた言質に穏やかに笑んで見せる。


「まず、何よりも優先的にフェイを護ること。次に今伝えた情報をサノス兄妹とサンチェス、パッセ、ヨーク、フェイブル以外には明かさないこと。最期に俺が戻るまでノミンシナだけは生かしておくこと」

「クロウ、それは……」

「あれの首を斬り落とすのは俺の役目ですよ」


弟がこうも変わってしまったのかと後悔を滲ませつつも了承を示した兄上は、用件は終わりだと言わんばかりに席を立ち、目をこすりながら「ほら、出てけ。おやすみ」と俺とカエラを追い払い、私室に戻ろうとして何故かついて来るカエラに首を傾げた。


「お前、なんでついて来るんだ?」

「え?従兄弟の親交を深めようと思って」


キョトンと悪びれもない表情は、同じ部屋に帰ることを当然だと言っていて思わず「何でだよ!」と口に出た。


「まぁ、そう言うなよ従兄弟殿!お前に吉報だ!!なんと魔女様からお茶会のお誘いがあったぞ!!それも、あの黒薔薇の館でだ!貞操の危機じゃねーか!」

「どこが吉報だ!悲報にも程があるだろ!」

「このカエラがついて行ってやるって言ってんだよ!泣いて喜べよ!」

「お前ッ……え?一緒に行くのか?」

「許可は貰ったから安心していいぞ。流石に一人で噂に名高い黒薔薇の館に行かせるほど薄情じゃねーわ」


ノミンシナの黒薔薇の館と言えば淑女の間では豪華絢爛な花園として有名だが、紳士の間では別の理由で有名だ。

所謂、ノミンシナが狙った男を連れ込む場所として。

カエラが俺の肩をポンッと叩いて「明日の作戦でも立てながら休もうぜ」と軽く言って二人で俺の部屋に戻ると既に簡易的な寝台まで設置済みだった。

俺たちが寝付いたのは日が昇り始める頃で、短い休息のあと黒薔薇の館に向かう準備を始めた。

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