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君の味方

フェイブルから少しだけ体を離して、立ち話もなんだから座ろうかと提案するとフェイブルも「そうね」と言って一人掛けの椅子に腰を下ろした。


「うん。そうじゃない、かな」

「え?」


戸惑うフェイブルの背中と膝裏に手を添えて軽々と持ち上げ、代わりに俺が椅子に座って膝にフェイブルを乗せる。


「フェイが傍にいたら怖い顔にならずに済むと思うんだけど、どう?」


そう聞くと渋々といった表情で頷いてくれる。

本音を言えば、きっとこれから聞く話で危険なことに慣れていない彼女は怖がるだろうから傍に居てあげたかっただけだ。

貴族令嬢は騎士にでもならない限り、命の危機に晒されることなどほぼ無いのだから当たり前だ。

ずっと傍に居られたら俺が守り続けるのに……そう思ったところで数日後にはロレンザに立たなければならない。

これは王命である。行かない訳にはいかないのだ。

ぎゅうっとフェイブルを抱き締めると「どうしたの?」と声がした。


「……傍で守れないのが悔しいだけ」

「クロウは、いつだってどこに居たって私を守ってくれているわ」

「でも、近くに居ないと出来ないことの方が多い」

「そうね。でも、それは私も同じだわ。クロウが怖い顔をしなくていいようにこうして頭を撫でてあげることも出来ないもの」


フェイブルの繊細な手が俺の白銀の髪を撫で、止まった頃に顔を上げると真剣な眼をしたフェイブルがいる。


「クロウ、聞かせて?」

「わかった」


そう言って抜粋した内容を順を追って話し始める。

ハオスワタに関する調査があり、その為にノミンシナとの婚約が必要だったこと。

王家に纏わる宝物がハオスワタに奪われた可能性があること。

紅蓮の魔女はノミンシナのことを指し、おそらくガーネットの宝飾品を持ってる人物以外でも騎士団には彼女の手先になる者が多くいること。

俺が選ばれた理由は俺がノミンシナに懸想せず、フェイブルしか見ていなかったことを不快に思ったノミンシナが俺を手に入れようとしたからだということ。

それによってノミンシナがフェイブルを敵対視しており、命さえ危ぶめる可能性があること。

そして、それを自分の手ではなく他者の手を使って行おうとしていることも。


「最近誰かに後をつけられたりとか、そういうのは無かった?」

「……あったわ。それこそアイリーンとクルライ様だけど」

「なるほどね。きっとそこにはノミンシナは関与していないと思うよ」

「どういうこと?」


小首を傾げて愛らしく尋ねる彼女を抱き寄せて間者から聞いていた情報のひとつを話すことにした。


「クルライはフェイを人質にしてカートイットを脅すつもりだったらしい。逃亡資金も無かっただろうから、それを得るためだったのかもしれない。一先ずこれに関しては首謀者が消えてるから安心していいよ」


まさか人質として誘拐される可能性があったとは考えていなかったのか大きな瞳が見開かれ不安に揺れる。

安心していいと言われたからといって本心から安心できる者はいないだろう。それが危険に晒されたことのない令嬢であるなら尚更だ。

ぽんぽんと背中を叩くとフェイブルの腕が俺の頭を包む。

思い切り豊満で柔らかな胸に顔が埋まっている状態なのだが雑念を打ち消すために紳士のフリを決め込む。


「ごめん、もっと早くわかっていれば怖がらせる前に対処できたんだけど」

「うぅん。クロウが護ってくれたんだもの。今は怖くなんてないわ」


そう言って抱き締めてくれる温かさに胸が熱くなる。

互いに温め合って、コツンと額を合わせる。


「本当は王子付きの家庭教師も辞して欲しい。そうすればフェイの安全だけは守られるはずなんだ……」

「それはできないわ」

「わかってる。まだはっきりとした繋がりが明らかにされているわけじゃないから注意して欲しいということしか出来ないけど、王妃と教会関係者には細心の注意を払って欲しい」


ふとフェイブルの顔が離れ、思考する顔が見える。


「今度、殿下のご友人候補の方がいらっしゃる予定なの。私はそれが主教様に関係のある方の子なんじゃないかと思っているんだけど」

「……もし、その子供が赤茶の髪で灰色の瞳をした子であったならすぐに教えて欲しい」

「赤茶の髪?」

「あぁ、もしそうだったならノミンシナの子である可能性が高い」

「え?!ノミンシナ様は未婚で……」

「戸籍はハオスワタ侯爵家の三男ということになってるよ。ただ、生後間もない頃に姿が確認されてから長く行方がわからない状態なんだ。殿下より二歳下だから友人候補として選ばれても不思議じゃない」

「もしノミンシナ様の子が連れてこられたなら教会が預かっていた可能性が高いのね?」

「そうだね」


敵側の情報ばかりでは不安を増長することになるかと憂慮し、味方である者たちの情報も伝えておくべきだろうとフェイブルの手を握る。


「エルゴとキエナとシュレイ、ヨーク、近衛に昇格したサンチェスとパッセは信用していい。他にも仲間はいるけどフェイが会う可能性が高いのは今名前を上げた人だと思う」

「サンチェス様とパッセ様は問題のない方なの?特にサンチェス様はピンジット家の方だけれど……」

「サンチェスはカルデン・ピンジットの義弟にあたる。カルデンとは不仲どころの話じゃないかな。伯爵がカルデンを跡取りに据えることを拒んで養子として引き取った伯爵の妹の子だよ。今回……ショモナーを排除するにあたり協力してくれた騎士だ。パッセ・インクも色々と協力してくれている騎士だよ。どちらも後継者争いの真っ只中にいて強い後ろ盾を求めてる。それにシャーレッツオとサノスがついたと思っていい」

「サンチェス様はノイハ殿下の護衛としてお名前が上がっていたから分かるけれど、インク様も会う機会はあるの?」

「パッセは兄上の部下として剣術の鍛錬に同行する機会があると思う」

「わかったわ」

「それと社交会で何か困ったことがあれば義姉上を頼ること。義姉上は未来の義妹の為ならいくらでも力を貸してくれるだろうから」

「イレーヌ様がいらっしゃるのは心強いわ」


そうだねと笑うと少しだけ体を離したフェイブルが両手で俺の頬を挟む。


「ねぇ、クロウ。貴方の噂はどこまでが真実なの?」

「……答えたくない、という返答はあり?」

「なしよ」

「……そっか。そう、だね……」


俺が事実を告げれば告げるほどフェイブルの表情が訝しげなものに変わり、眇られた眼から逃げるように視線を逸らす。

フェイブルは正義感に溢れる真っ当な精神の持ち主だ。きっと俺の行いを簡単に許せるはずもない。

でも、彼女は自分が俺を手放したりすれば俺が壊れることも理解していて、全てを無理矢理に飲み込むのだろう。


「ごめん」


謝ったところで俺の罪が公になることはなく、誰かが咎めることもない。今までは誰かを傷付けた事実を俺だけが負えば良かったのだ。

だが、フェイブルに事実を告げた以上一緒に背負ってもらうことになる。その罪悪感からの謝罪であって被害にあった人物に対するものではなかった。

善悪という感覚の相違をフェイブルが受け入れられるのかはわからないが、兄上や義姉上、キエナが当然のことのように振る舞っていることを考えると騎士としては当たり前のことなのだろう。

特にノイハ殿下が生まれるまで王位継承権保有者として誰よりも厳しく教育されてきたキエナと王妃専属の騎士になるよう教育されてきた義姉上は顕著だった。

民に寄り添うだけではままならないことがある。善行だけではままならないこともある。結果ではなく過程が大事だというのは綺麗事でしかないと幼い頃に冷めた目をしたキエナが言っていた。

ほんの数ヶ月前までのように安穏とした世界で生きていれば理解できなかっただろうし、理解してしまった俺は真っ当な聖人にはなれないのだ。


そう思考する中で、ピグロッグに渡らなければならないことを思い出す。それは王都で待つ者からしてみれば消息を絶つことを意味する。

またフェイブルを悲しませるのかと眉を顰めれば、眉間をグリグリと押された。


「な、なに?」

「なんで、いつもクロウばかりなのかしらと思って。私、他の騎士様がクロウみたいに難しい顔をしているところを拝見したことがないの」

「……確かに」

「凛々しいお顔をされているところは見たことがあるわ。式典の時なんか皆様、精悍だものね?クロウがそれだけでは済まないのは何故?シャーレッツオ家が王家からの信頼に厚いお家だから?それとも別の理由があるのかしら?」


その理由を知る由もないが、ただひとつ言えるのは使い勝手がいいからだというものだ。

そう伝えればフェイブルの眉がぐっと寄った。


「国王陛下は……」


そう零して言葉を飲み込む。きっと不敬に値すると思ったんだろう。


「私、王子殿下の教師として頑張るわ」


そう宣言したフェイブルも近い未来には理解するだろう。ただの善人では王位に就くに相応しくないのだと。それが王位継承権保有者の教師として必要なことなのだから。

難しい顔をしながら俺の頬をつまんだり揉んだりしている辺り王子をどう真っ当に教育していくかを真剣に考えているんだろうと思う。

それがフェイブルの癖だからだ。

人の顔を玩具みたいに……と思わないでもないがフェイブルから触れられるのは悪くないのでそのままにしておくと途中で気付いたのかハッと手を離して「ごめんなさい!」と赤くなった俺の頬を撫でた。


「好きなだけ触っていいよ?」

「淑女として許されないことだわ」

「俺がこの時間にここにいること自体が駄目なことだけどね」

「そうだわ!もう帰らないと!」

「えーやだー」


こんなじゃれあいも出来なくなるんだなと思うと寂しさがあって、俺はフェイブルにひとつだけお願いをする。


「ねぇ、フェイ。黒のクラバットが欲しい。フェイの思う刺繍を入れて?」

「……あと二日しかないわ」

「知ってる」

「刺繍、あまり得意じゃないのよ?」

「知ってる」

「たくさん練習したけど……あまり上手に出来ないかもしれないわ」

「いいよ。それでもフェイから貰いたい」


遠方に行く騎士は家族や恋人から御守りとして刺繍の入ったクラバットを貰うことが多い。

ローズクォーツの嵌ったチャーム型の御守りは士官学校に入る時にくれたから、次はクラバットを強請られることを見越してたくさん練習してくれていたのだろう。

フェイブルは得意じゃないと言うが、ジーンいわく「お嬢様は完璧を求めすぎているだけです。並のご令嬢よりお上手なのですよ」と言っていた。

ただ、完璧を求めるあまりに針が進むのが遅いことも知っている。

きっとノミンシナにも渡されるだろうけど、それを着けるのは出立式くらいだろう。

フェイブルから貰えないのなら仕方なく母上や義姉上から渡されるものを使うかなと思っていると「必ず用意するわ」と言ってくれた。


「ありがとう」

「まだ渡してないのに……」

「作ってくれるだけで嬉しいから」


そういってフェイブルを膝から下ろそうとして、注意点を思い出す。


「そうだ、ノミンシナがサーヤに近付いてる以上ミンティナに手を伸ばすのもそう遠くないと思うから気を付けて。もし、何かあったり……何も無くても手紙を出して?例え俺に何かがあったとしてもヴァンスか酒場の人間に渡せば間違いなく俺に届くから」

「……わかったわ」


頷いたフェイブルの柔らかな唇に触れるだけのキスをして、彼女を膝から下ろしバルコニーに向かう。


「フェイ、愛してるよ。必ず帰ってくるから待っていて」


返事を待たずに俺はバルコニーから軽々と飛び降り、邸へと走った。

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