デビュタント 1
婚約式から三年の月日が経ち、デビュタントの為に王都郊外にある士官学校から戻った俺、クロウゼス・シャーレッツオは白を基調とした騎士服を身に纏って愛しい婚約者を迎えに馬車に揺られている。
屋敷も隣り合わせで、庭まで繋がっている二つの伯爵家は馬車を使う必要があるのか悩むほどに近いのだが、わざわざ馬車を使っているのはフェイブルのドレスを汚さないための配慮だ。
寮に届いた手紙に書かれていた「クロウの色に合わせてドレスを作ったのよ」という文字を見ては口元が綻んで同室の従弟に揶揄われていた。
久しぶりに会ったら何を話そうか、士官学校で噂になっている紅蓮の魔女の話?それとも舞踏会で発表される見習い配属先の話?
襟元にある婚約の証に触れながら考えている間に馬車がカートイット家の前で止まり、逸る気持ちを抑えて彼女を迎える為に馬車を降りた。
迎え入れてもらった玄関ホールでカートイット夫妻に挨拶をして階段から降りて来るフェイブルに視線を奪われた。
「フェイ、凄く可愛いね!綺麗だよ!!」
思わず口調が幼い頃のように戻ったことにハッとして駆け寄ろうとした足を止め、背筋を伸ばして紳士らしさを心掛けた表情を作り上げる。
少々わざとらしいだろうかと思いながらも恭しく手を差し出した。
「愛しい人、エスコートをさせてもらえるかな?」
「ふふっ、ぜひお願いするわ」
鈴の鳴るような声まで可愛らしい彼女が俺の婚約者フェイブル・カートイット伯爵令嬢だ。
白金の長い髪はふわふわしていて愛らしいし、白桃色の瞳は瑞々しく潤う果実のようで美味しそうだなと思う。
白を基調としたドレスには俺の瞳の色に合わせた黄色の刺繍やフリルなどがあしらわれていて、どうしても口元がにやけてしまう。
義理の両親になる夫妻や侍従たちが微笑ましいものを見るような、多少呆れの入った表情で此方を見ているが登城するまでは猫をかぶらないことを許して欲しい。
「ほらほら、いつまで見つめ合っているんだい?もう行かないと遅刻してしまうだろう」
「そうよ、私たちも直ぐに出るから先に行きなさい」
夫妻に促されて仕方なく抱き締めたい気持ちを抑え込んで馬車に乗り込み、お互いの近況を報告し合う。
頻繁に手紙で報告しあってはいるし特に目新しいことはないのだが従弟から聞いた噂話を思い出し、掻い摘んで話すことにした。
「そうだ、カエラから聞いたんだけど士官学校に紅蓮の魔女とかいうのが現れるらしいんだよ」
「紅蓮の魔女?」
「うん。フェイは、そういう不思議なものが好きだろ?俺も調べてみようかと思ってさ」
「ぜひ調べて!報告が楽しみだわ!」
実際に会ったことはないし、何をするのかまでは知らないが大方士官学校でよくある『扱き』の類だろうとは思っている。
なぜこの話題を出したのかと問われれば答えは簡単で、両手を胸の前で合わせ燦然と白桃色の瞳を輝かせて屈託なく笑うフェイブルの表情が見たかったからに過ぎない。
俺以外の他の誰にも見せないこの笑顔を守りたいし、これから先も俺にだけ見せるものであってほしいと願って止まない。
その願いを叶えるためには貴族の子息子女が通う学院で優秀な成績を上げ続ける彼女に見合い、守れるだけの男でなければならないと両親に言い聞かされたのも鮮明に記憶している。
過去、陞爵目前とまで言われた我がシャーレッツオ伯爵家の名が落ちたのは近衛騎士団副団長を務めていた父の怪我とその怪我を負った理由が原因だった。
現在父は王家御用達の細工師でもあるカートイット伯爵の恩恵で事務官として城に勤めているためシャーレッツオ家としても恩に報いるために何としても息子を彼女の自慢の夫にしなければならないと厳しい教育が行われた。
その結果、士官学校での成績は座学・実技ともに常に主席を維持している。
正直に言えば士官学校の授業はシャーレッツオ家で行われた訓練や授業に比べればかなり易しいものだった。
唯一、団体訓練だけが未経験のものだったがそれも慣れればどうということもなかった。
学院と士官学校の最終学年では一年間の半分を見習いとして配属される先で職業体験をして過ごすことが定められている。
その配属先がデビュタントの舞踏会で発表されるのだが士官学校の生徒の場合は辺境の前線部隊か城に駐屯する警備隊及び精鋭教育小隊のどれかだ。
俺の希望は実績の上げやすい前線部隊なのだが、どうなるだろうか。
城門を潜り馬車を降りれば久しぶりに会う友人たちと顔を合わせる。
七歳から九歳までの小等部として過ごす三年間は全ての子息子女が学院で学び、十歳から騎士を目指す者だけが士官学校に進むというのが貴族に課せられた制度としてある。
当然、士官学校に一緒に進み寮で寝食を共にしている見慣れた者もいるのだがフェイブルと同じく学院の中等部に進んだ友人たちも多い。
共に騎士を目指す父方の従弟であり悪友でもあるカエラの姿を見付けてフェイを連れたまま簡単に挨拶をすれば「相変わらずフェイちゃんと居るときは気が抜けてんな」と誂われる。
恥ずかしそうに眉尻を下げる彼女に寄り添って謝罪を口にすれば「いいのよ」と笑った。
雑談もそこそこに案内人によって通されたホールでコールマンの呼び上げを待つ。
少しだけ緊張を帯びたフェイの柔らかな頬をつついて微笑み、大丈夫だよと伝えれば彼女も俺の腕に添えた手に少しだけ力を入れて応える。
「シャーレッツオ伯爵家クロウゼス様、カートイット伯爵家フェイブル様のご入場です」
コールマンの呼び上げと共に豪奢なホールに足を踏み入れた瞬間、紳士淑女の囁かな声が上がる。
美男美女のシャーレッツオ夫妻と評判の両親のいいところ取りと言われる俺の造形は人目を引くものだと自覚している。
シャンデリアの輝きに白銀の髪を揺らし、金の双眸を鋭く尖らせて前を見据え、隣を歩く可憐な淑女と評判のフェイを引き立てるべくエスコートに専念し、国王陛下への挨拶に向かった。
本来貴族の子息子女はデビュタントで初めて国王への拝謁の機会を得る。故にフェイブルも緊張しているのだろうが王弟殿下の妻の妹が俺の母親ということもあり非公式の場とはいえ幼い頃には何度も顔を合わせていた。
王弟のサノス公爵よりも気安い印象のある男性だったと記憶しているが、公式の場だからか幼い頃の印象とは違い堅さがある。
果たしてこの違和感は印象が違うということだけで片付くのだろうかと国王陛下の許しを得て視線を合わせる。
ふと、あるべきものが無いことに気付き無言のまま目を伏せ、フェイブルが挨拶を終えるのを待った。
挨拶を終えればデビューを迎えた面々が規則正しく並びホール中央に立つ。
始まるのは宰相閣下による配属先の読み上げだ。
最初は中等部に通う王城に侍従として勤める者たちの所属先と名前が読み上げられた。
今年は幼い我が国唯一の王子が学院の小等部に上がった事もあり、王子の側に仕える者を中心に選抜しているという話だ。
優秀な成績を残しているフェイブルも王子の教育係として側近の一人に選ばれたようだ。残る侍従枠は二つなのだがそのうち一つも幼馴染のヨークの名前が上がる。
幼い頃から切磋琢磨してきた二人を間近で見ていたものとしては鼻が高い。
次に文官の読み上げがあり、続いて準王族にあたる二つの公爵家の城に勤めることになる文官、最後に士官学校に通う者の読み上げになる。
「続いて騎士候補生の配属を発表する。王城勤務、精鋭教育小隊ホビロン隊配属クロウゼス・シャーレッツオ」
士官学校の生徒に関しては成績順の発表になる。最初に呼ばれた俺が今年デビューを迎える者の中で主席なようだ。
希望の配属先とは違ったが主席を維持できていることに安心した部分が大きい。何よりフェイブルと同じ王城勤務になったのなら休憩時間に会えるだろうかという楽しみもある。
隣に立つフェイブルに視線を向けると、ぱちりと開かれた白桃の瞳と視線が合う。
同じことを思ってくれていれば良いなと思いながら読み上げが終わるのを待った。