36.全裸で迎える大団円②
その屋敷は町の郊外に居を構えていた。
この区画はかつて町の中心だったが、駅前の開発などによって繁華街から離れた郊外となり、昔ながらの住民が暮らす古い建築物が並んでいる。
その中でも一際大きく、敷地面積が三百坪以上もある広大な日本建築こそが吸血鬼ギャングの本拠地――月白邸だった。
「何……当家が経営する店が襲撃されただと?」
部下からの報告を受けて、この町の吸血鬼の総大将である月白冬馬は顔をしかめた。
冬馬は和装に身を包んだ強面の男だったが、その顔立ちは高校生の子供がいるとは思えないほどに若々しい。
それは冬馬が不老の人外である吸血鬼である証拠である。
吸血鬼ギャングの頂点に君臨し、100人以上の血族をまとめ上げる冬馬であったが、彼にはその地位を脅かす敵がいる。
目下、最大の敵こそが対立している『人狼』と『夢魔』の二つのギャング。かつては共に盟主である大天狗に仕える同志であったが、今は町の覇権を奪い合う敵でしかない。
「どうやら、戦争が始まったようだな……攻めてきたのはどっちのグループだ?」
畳に敷いた座布団に腰かけ、冬馬が厳めしい顔つきで訊ねた。
部下は恐縮しきった様子で正座をしており、頭を下げて報告を続ける。
「いえ……詳しいことはまだわかっていません。今、若い者が襲撃を受けた店に確認に向かっています」
「そうか……詳細が分かり次第、すぐに報告するように」
「はい、承知しました」
部下が深々と頭を下げ、和室から出ていった。
部屋に1人きりになった冬馬はテーブルの上の湯のみをとり、音を立てて緑茶を啜る。
(いよいよ、このときがやってきたか……馬鹿者共め。やはり狼とも虫とも共存はできぬか)
かつて、妖怪の総大将である大天狗が存命していた頃には、三つのギャングは共存して大天狗に仕えていた。
しかし、大天狗が高齢により召されてからは、秩序が失われるばかり。調停役を失ったことでギャング間の小競り合いが絶えず、小さな火種は何者かに導かれるようにして巨大なかがり火に燃え広がっていた。
いくつもの事象が重なった結果、すでに二つの勢力とは話し合いで和解できないレベルの溝が刻まれている。
冬馬もまた決して好戦的な性格ではないものの……黙って殴られる無抵抗主義者ではない。
二つのギャンググループが攻めてくるのであれば、返り討ちにしてやるつもりだった。
「お父様! 戦いが始まったというのは本当ですか!?」
「む……真雪か。騒がしいぞ」
ふすまが開き、和服を着た少女が現れた。
彼女の名前は月白真雪。冬馬の一人娘であり、いずれは吸血鬼ギャングを統べることになる高校生の少女である。
「お父様、戦いをやめてください! 戦争などをしては大勢が命を落としてしまいます!」
「真雪……またその話か。それは聞けぬと言ったはずだ」
冬馬が頭痛を堪えるように眉間を指で押さえる。
真雪は以前から戦争に反対しており、他のギャンググループと和解するように訴えていた。
「私とて、殺し合いがしたいわけではない。だが……奴らが話し合いに応じるとは思えない。対話の場を設けたところで、みすみす暗殺の機会を与えるだけだ」
「そんな……」
「組織を守るため、部下とその家族を守るため……我々は戦わねばならぬ。それが一族を纏めるものとしての義務だ」
「……でしたら、町を出ましょう。この町を去れば他の組織も追いかけてはこないはずです」
「馬鹿な……それこそ論外だ。百人以上の吸血鬼が『教会』や『組織』に脅かされることなく暮らしていける場所など、この町以外には存在しない。部下を放浪の民にするわけにはゆかぬ」
この町は特殊だ。
大勢の人外が暮らしており、退治されることがない。
それはかつて大天狗が『結社』との間で結んだ契約が死後も続いているからである。
町を一歩でも出れば、契約の範囲外。
吸血鬼を目の仇にしている外部勢力から攻撃を受けることになってしまう。
「逃げるという選択肢はない。降伏も同じだ。狼や虫の奴隷になるつもりはない。徹底抗戦以外に道はないのだ……わかってくれ」
「そんな……」
真雪が悲しそうに瞳を曇らせるのに心を痛めながら、それでも冬馬は情に流されることはしない。
「徹底抗戦だ。戦いしかない」
もう一度、冬馬は自分に言い聞かせるように言う。
すると……部屋の外からバタバタと足音が響いてきて、再びふすまが開かれた。
「失礼します、組長! 大変です!」
「何事だ! 敵に動きがあったのか!?」
飛び込んできたのはスーツ姿の部下である。
いかにもギャング、いかにもヤクザという強面の男が焦った顔で報告する。
「きょ、拠点が、拠点が攻撃されています……」
「また奴らか……どこの拠点だ?」
「全てです……全ての拠点が……」
「全て……だと? どういう意味だ?」
訊ねると、部下は言いづらそうに口ごもらせながら答える。
「全て……我ら月白家の拠点、伏影家の拠点、有楽院家の拠点、それら全てが何者かに攻撃を受けたようです……」
「は……?」
冬馬があんぐりと口を開いたまま固まった。
抗争がいつ始まってもおかしくはないと思っていたが……あまりにも早い。早すぎる。
おまけに全ての拠点が同時攻撃だなんて、ありえないことだった。
「い、いつのまに敵がそこまで動いて……いや、ひょっとして、逸った分家の者達が勝手に攻め込んだのか!? 被害は、何人死んだのだ!?」
「ほ、報告を受けた限りは……ゼロです。1人も死者が出ていません」
「ゼロ……?」
冬馬はさらに大きく口を開いて、固まった。
アゴの骨が外れてしまったのではないかと思うほどに。
「拠点が全て潰れるほどの戦いが起こって、誰も死んでいないだと……チャンバラごっこをしているのではないのだぞ?」
「はい……そうですね……」
「そうですねじゃない! どういうことかと聞いているのだ!」
冬馬が拳でテーブルを殴りつけた。
仲間や部下が死んでいないのは良いことだが……これは即ち、拠点を落とした敵対者が二つのギャングでないということになる。
正体不明の敵の存在。外部から投げつけられた石によって生じた大きな波紋が、冬馬のことを苛立たせる。
「いったい何者が……『教会』の刺客か? いや、連中ならば吸血鬼は皆殺しにするはず。『結社』の陰陽師共が約定を破って町に攻めいってきたのか……」
「どちらもハズレだよ。僕がいる」
「なっ……!」
部屋から生じた聞き慣れぬ声に冬馬が身構えた。
「え……八雲君?」
「や、久しぶり」
いつの間にそこにいたのだろう。
高校生くらいの少年が部屋に侵入しており、冬馬の愛娘である真雪の腰をなれなれしく抱き寄せていたのであった。




