26.夢魔と本屋と常夏の島⑤
有楽院ミツバが謎の技を発動させ、僕の視界がピンク一色に塗りつぶされた。意識が消えて気を失ってしまう。
目を覚ましたとき、僕の目の前に広がっているのは抜けるような青い空。空からは灼熱の日差しが燦燦と降り注いでいる。
「……油断したな。やれやれだぜ」
いつのまにか地面に倒れていたらしい。いったい、どれだけの時間を気絶していたのだろうか?
僕は身体を起こして、キョロキョロと周囲を見回して確認する。
先ほどまで駅前の本屋にいたはずなのだが……周囲にあるのは見知らぬ光景だった。
「えっと……これは海だよな?」
そう……僕は海に面した砂浜に眠っていたのだ。
目の前にはコバルトブルーの海が広がっている。兄が生きている頃に日下部一家と一緒に行った沖縄の海によく似ていた。
こんなにも澄んだ美しい海はなかなか見られない。状況も忘れて、しばらく見蕩れてしまったくらいだ。
「瞬間移動……じゃないな。何らかの魔法をかけられたのか?」
以前、妖怪変化に雪の世界に閉じ込められたことがある。
異世界に行った時にも何度か経験したのだが……結界のようなものの内部に取り込まれたのかもしれない。
「んー……いつの間にか服装も変わってるな。何をされたんだろうね、僕は」
自分の身体を見下ろすと、学生服からイケイケバカンスな服に変わっていた。半ズボンと派手な柄のアロハシャツである。
閉じ込められただけなら服までは変わらないだろう。単純に結界に取り込まれていたというわけではなさそうだ。
「うーん、有楽院ミツバはどこに行ったんだ? とりあえず……周囲の探索でもしてみようか?」
周囲には誰もいない。砂浜にいるのは自分一人きり。
スキルも使って周囲を調べてみるが……南国の海には誰の姿もない。気配も感じられなかった。
前方には広々とした海。後方には鬱蒼と生い茂る森。空には見たことのない鳥が飛んでいるが……他に生物らしきものはいない。
広い砂浜を独り占め。ある意味では夢のような光景である。
「ん……夢?」
そういえば……有楽院ミツバは『夢魔』だった。
ひょっとしたら、僕は夢の世界に閉じ込められているのではないだろうか。
ここが夢の中だとしたら、周囲の景色が変わっていることも、自分の服装が変わっていることも説明がつく。
問題はどうして有楽院ミツバがこんなことをしたのかだが……まさか、エッチなマンガを買おうとしているところを見られたのが、そんなにも衝撃だったのだろうか?
「ありえなくもないよな……僕もエロ本を見られたら死にたくなるし」
以前、留守中に華音姉さんが僕の部屋を掃除した際にエロ本を見られてしまったことがあった。
ベッドの下に隠していたはずの本がテーブルの上に並べられているのを見て、僕はその場で崩れ落ちたものである。
「思春期の少年にとってエロ本を買うのを見られるのって結構な事件だよな……いや、有楽院ミツバは女だけどさ」
もっとも……わざわざ変装して、参考書の間にエロマンガを挟んで購入しようとしていた彼女の姿は限りなく思春期の男子だったのだが。
それはともかくとして、ここが夢の世界であるならばどうやって出ればいいのだろう。
試しに頬をつねってみるが普通に痛い。夢とはとても思えないようなリアリティ。目が覚めることもなかった。
「まずはこの世界が本当に夢かどうかを確かめようか。ここが夢だというのなら……」
自分のイメージしたように世界が変わるかもしれない。
自分の理想的な光景が目の前に浮かんでくるかもしれない。
そう、たとえば……
「海だし、水着の女の子が現れるとか……?」
「弟くーん!」
「はえっ!?」
急に遠くから聞こえてきた女性の声。
聞き覚えのあり過ぎる声に振り替えると……見慣れた女性が走ってくる。
「弟くーん、お待たせ―! お姉ちゃんが来ましたよー!」
「華音姉さん……?」
砂浜を走ってきたのは日下部家の長女……すなわち、華音姉さんである。
満面の笑みでこちらに駆けてくる華音姉さんは水着姿。白のビキニに身を包んでいた。
どうして水着なんだと思う一方で、ブルンブルンと激しく上下している二つの山に目を奪われてしまう自分がいる。
だが……異変はまだ終わってはいない。驚かされるのはここからだった。
「ユウー!」
「勇治―!」
「にいさま」
華音姉さんに続いて、飛鳥姉と風夏、美月ちゃんまで現れたのだ。
3人とも当然のように水着姿。空に照る真夏の太陽の下、惜しげもなく肌をさらしている。
「ど、どうして水着……いや、海だから当然なのか……?」
『アホー、アホー』
4人の水着姿に思わず鼻の下を伸ばしてしまう僕に、空を飛ぶ南国の鳥が馬鹿にするように鳴いたのであった。
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