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25.夢魔と本屋と常夏の島④

 コンビニから出てきたジャージの女性を尾行したのは良いものの……あれは本当に有楽院ミツバなのだろうか?

 ミツバは小柄で身体つきも貧相だったが、それに反して全身から色気を醸し出した美少女である。

 しかし、僕の数メートル先を歩いている女性は色気とは程遠い。ヨレヨレのジャージ姿にビン底の分厚いメガネ。不器用に編まれた三つ編みの髪。

 有楽院ミツバとジャージ女生との間には月とスッポン。変身前後の美月ちゃんのおっぱいくらいの差があった。


「……ひょっとしたら、見当違いで全然違う相手を尾行しているのかも。ただのストーカーじゃないか」


 そうだとすれば、ただの変態行為だ。

 コンビニから出てきた見知らぬ女性を追い回すだなんて、わりとヤバめの男子高校生である。


 そんな不安を抱きながらジャージ女性を尾行していると……彼女は駅のそばにある大型書店へと入っていった。

 電子書籍が幅を利かせはじめた昨今において、町のあちこちで本屋が消えている。

 しかし、マンガから専門書、輸入した洋書までありとあらゆるジャンルの本を取り扱っており、買ったばかりの本を読むことができる喫茶店まで内蔵した大型書店は、そんな不況のあおりを受けてもなお堂々と駅前にふんぞり返っていた。


「ふうん? 何か買うつもりなのかな?」


 僕は首を傾げながら、ジャージ女性の後を追って書店の中に入った。

 その書店は3フロアに分かれていたが、彼女がまっすぐ向かっていったのはマンガコーナー。

 少女マンガではなく、男性向けの売り場だった。


「ん……?」


「…………」


 ジャージ女性はキョロキョロと周囲を見回している。まるで何か後ろ暗い事でもあるかのように。

 明らかに怪しい。店員が見かけたら声をかけたくなるような態度だったが、周囲には客も店員もいなかった。


「まさか……」


 僕の脳裏に1つの可能性がよぎった。

 本屋、挙動不審ときたら答えは決まっている…………万引きだ。


「…………」


 予想を裏打ちするかのようにジャージ女性は本を手に取り、素早く服の下に滑り込ませた。鮮やかで慣れた手つきである。


「…………」


 彼女はそのまま何食わぬ顔をして売り場を離れ、別のコーナーへと立ち去っていく。


「万引きとは悪い事をするな……本屋さんの気持ちも考えずに」


 悪意もなく軽い気持ちから万引きをする人間がいるのだが、1つの商品を盗まれたら同じ商品を5つ売らないと元を取れないと聞いたことがある。

 本屋さんにとっては致命的。ただでさえ電子書籍やアプリでマンガが詠めるようになって売り上げが落ちているだろうに、万引きして損害を与えるなんて許されざる行為だ。


「よし……!」


 僕の正義感に火が点いた。

 ジャージ女性との距離を詰め、スキルを使って身を隠したまま接近する。


「…………」


「…………」


 手が届く距離から後ろを歩きつつ……さて、どうしたものかと思案した。

 万引き、ダメ絶対。お仕置きをしてやるのは確定なのだが、どう始末をつければいいだろうか?

 店を出たところを取り押さえるのは簡単だ。しかし、そうなれば彼女の目に自分の姿をさらしてしまうことになる。

 このジャージ女性が有楽院ミツバと同一人物であるかどうかはわからないが、できれば顔は見られたくない。

 そもそも、僕は有楽院ミツバと接触して友好関係を結び、ご町内でギャングの抗争が起こるのを防ぐのが目的だ。

 やむを得ないこととはいえ、万引きを咎めて悪印象を与えるのはよろしくなかった。


(となると……気がつかれないようにお仕置きしつつ、万引きしたことを店員に周知させる。ジャージのズボンとかずり下ろしてみようか?)


 口の中でつぶやきつつ、ワキワキと両手の指を動かした。

 ズボンをずり下ろしてパンツを露出させれば間違いなく人目にはつくだろうし、服の下に隠した本も見つかるだろう。

 これはあくまでも万引きを咎めるための行為。決してこの女のパンツを見てやろう、ウヘッヘッヘッ……などとは少しも考えていないのである!


(よし……!)


 タイミングは周囲に店員がいるところ。ついでに男性客の目もあると良い。

 公衆の面前でパンツ丸出しの恥ずかしい想いをすれば、きっと万引きという行為に懲りてくれるだろう。

 僕は慎重にタイミングを計りながら彼女のズボンに狙いを定める。

 しかし……そこで思わぬ事態が発生した。


(へ……?)


「…………」


 彼女が服の下に隠したマンガを素早く取り出し、参考書コーナーにあった数学の問題集の下に隠したのである。

 彼女はさらに他の参考書を使ってマンガをサンドイッチして、そのままレジの方に向かっていく。


(えっと……どゆこと?)


 僕は彼女に悟られないように小声でつぶやく。

 マンガをわざわざ服の下に隠して持ち歩いていたかと思えば、わざわざ参考書で挟んでレジに持っていこうとする。

 一見して奇怪な行動に思えるのだが……その行動原理にはどことなく覚えがあり、親しみすら感じさせられた。


(これって、まさか……)


 この年頃の男子高校生のような反応はひょっとして……


「あ!」


 などと考えていたら、ジャージ女性が声を上げた。

 参考書でマンガをサンドイッチするという不自然な持ち方をしていたためだろう。3冊の本を取りこぼし、床に落としてしまったのだ。

 床に落ちて広がる本。その1冊のタイトルを僕は思わず読み上げてしまった。


「『異世界でエロエロ奴隷ハーレム作った件』……?」


 それはWeb小説を原作とする有名ライトノベルのコミカライズ。アニメ化も決まっている人気マンガの新刊だった。

 全年齢の少年マンガでありながら普通にセックス描写があることで話題になっているマンガなのだが……彼女はこれを買おうとしていたのか?


「ひうっ!」


「あ……」


 ジャージ女性が弾かれたようにこちらを振り返り、僕と目が合った。

 声を出し、知覚されてしまったことで存在を気がつかれてしまったらしい。スキルが強制解除されて姿が露わになる。


「み、見られ……誰ですか貴方は!?」


「あー……こんにちは、ミツバさん?」


「な、名バレして……け、ケキョキョキョ……!」


 ビン底メガネがずれて彼女の素顔が露わになった。

 どうやら、ジャージ女性の正体は本当に有楽院ミツバだったらしい。

 僕は何故か南国の鳥のような声を漏らして驚愕しているミツバに、とりあえず挨拶をしていおく。


「えっと……本、拾うの手伝おうか?」


「キャキョキョキョキョキョキョキョキョッ……」


「これってあのマンガだよね。ほら、今度アニメ化する予定の」


「キョッキククチクチクチクチクチクチクチ……」


「その……大丈夫?」


 よほど本を見られたことがショックだったのか……有楽院ミツバが壊れてしまった。

 つまり……ミツバの挙動不審な行動は全てこのマンガを見られないようにするためのものだったのだ。

 服の下に隠して持ち歩いていたのも。参考書で挟んで購入しようとしたのも。

 まるで生まれて初めてエロ本を買おうとする男子高校生がやるような……そんな子供っぽい偽装だったのである。


「ククククチクチクチクチ…………口封じをしますっ!」


「へ……?」


「秘密を見られたからには仕方がありませんっ! あなたを監禁して二度としゃべられなくしますっ!」


「ええっ!?」


 脳がクラッシュしたかのように奇声をつぶやいていたミツバが、顔を真っ赤にして叫んだ。

 目の前にいる女子は、教室で余裕タップリに男をはべらせていたメスガキでもなければ、眼鏡にジャージの野暮ったい喪女でもない。

 エッチなマンガを買おうとして失敗した、哀れに錯乱した女子高生と成り果てていたのである。


「ちょ……口封じとか大げさな。別にばらしたりなんて……」


「問答無用ですっ! サキュバス一族・秘伝必殺必中奥義っ!」


「なあっ……!?」


 ミツバの身体からあふれる巨大な魔力。

 咄嗟に手を伸ばして止めようとするが……間に合わない。


「『ルナティック・プリズン ver渚の恋人編』!」


 ミツバが謎の技の名前を叫んだ。

 次の瞬間、目の前の空間がピンク一色に塗りつぶされたのだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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