24.夢魔と本屋と常夏の島③
「それじゃ、あーしはもう帰るからねー」
「ミツバ様、どうか送らせてください!」
「待て、ここは俺が!」
「ヒーハー! オレが家まで送っていくぜい!」
しばらくスマホを弄っていたミツバであったが、やがて椅子から立ち上がって下校しようとする。当然のように周囲の取り巻きも続いていく。
ミツバは10人近い男子を引き連れて教室を出ていき、下駄箱に向かっていった。
「うーん……どうしようかな、話しかけるタイミングがないぞ?」
スキルで姿を隠したままミツバを見つめながら……僕は腕を組んで唸った。
ミツバの周囲にいるのはおそらく、普通の男子高校生である。彼らの存在が邪魔になって話し合いに持ち込めない。
「後ろをついていってチャンスを待つしかないんだけど……あるかな、あの子が1人になることなんてあるのか?」
下駄箱で靴を履き替えて校舎から出たミツバであったが、相変わらず周囲に男を侍らせていた。
彼らが人壁となっており、近づく隙が少しもない。
「はあはあ、ミツバたん」
「ちゃんと自宅まで見守ってるからね……ボクだけのミツバ」
「ミツバちゃん、萌え……!」
おまけに……僕以外にも彼女を尾行している男達がいた。
数人の男達が物陰に隠れ、下校するミツバを見守っている。
「ハアハア」と荒い息を吐いている彼らは制服を着ている同じ学校の生徒もいれば、明らかに成人している人間もいた。
ウチの学校の生徒はともかく、他の連中は出待ちでもしていたのだろうか?
「見守ってるというかストーカーだよね……いや、他人のことをどうこう言えない状況なんだけどさ」
僕だってミツバを尾行している1人である。
スキルで姿を隠していなかったら、ミツバの後を尾けるストーカーの1人として認識されていたことだろう。
ミツバと取り巻き。ストーカー軍団。そして僕。
総勢20名以上の人間が下校路をぞろぞろと歩いていく。いったい、何の一団だと理解不明な群れである。
「あ、ちょい待ちー」
道の真ん中を闊歩していく集団であったが……不意に先頭のミツバが立ち止まる。
「あーし、ちょっとお花摘みに行ってくるわ。先に帰ってていいよー?」
ミツバが近くにあるコンビニを指差した。
取り巻きの男子から離れてスタスタとコンビニに入っていくが、残された男子らがその場にひざまずく。
「ここで帰りをお待ちしております。ミツバ様!」
「一日千秋の思いで……どうか無事に帰ってきてください!」
「どうか振り返らずに行ってください……あなたの顔を見てしまったら、引き留めたくなってしまいますので……!」
「……馬鹿なの、この人ら」
まるで戦場に旅立っていく主人を見送るような取り巻きの態度に、僕はドン引きしてつぶやいた。
コンビニのトイレに行くだけだというのに……この人らは何を盛り上がっているのだろう。よくよく見てみると、目じりから涙を流している者までいるくらいだ。
「怖い……なんだ、この得体のしれない忠義は……」
おそらく、あの男達はミツバが「死ね」と命じたら迷うことなく自分の首を掻っ切ることだろう。
異世界を旅してきたころに出会った邪神の狂信者どもにも通じる謎の忠誠心は、実力の大小とは関係なく恐怖を感じさせるものだった。
「そういえば……彼女は夢魔だったな。もしかして……?」
夢魔という種族ならば、相手を魅了して操り人形にすることなどもできるのかもしれない。
今さら気がついたことではあるが、あの取り巻きは魅了によって心を奪われ、操られている可能性があった。
「これは警戒レベルを上げる必要があるな……気をつけよう」
精神耐性系のスキルは持っている。魅了されて操られる心配はないはず。
しかし、ミツバを見つめていると無意識に引き付けられているような感覚もあるし、油断はしない方が良いだろう。
警戒心を強める僕の視線の先、ミツバがコンビニに入っていった。
ちょうど1人になっているようだが……さすがに今は接触することは難しいだろう。
コンビニの前には取り巻きが整列して並んでいるし、そうでなくてもトイレに行っている女子にどう突入しろというのだ。
その気になれば誰にも見られずにトイレに忍び込むこともできなくはないが……それをやってしまったら何かが終わってしまうような気がする。
「いくら勇者だからってやって良いことと悪い事があるだろ……いや、勇者は関係ないけどさ」
そうこうしているうちに5分ほど時間が経過した。
やや長く感じられるが……下世話な想像はしない。
女子は男子よりも時間がかかることは四姉妹との生活で知っているし、中で化粧を直している可能性だってある。
「もう少しだけ待って……ん?」
そこでふと感じられる違和感。
今しがたコンビニから1人の女性が出てきたのだが……その女性が妙に気になるのだ。
女性は野暮ったいジャージを身に着けていた。
背は小さい。かなり小柄。黒縁の地味なメガネを身に着けており、長い黒髪をみつあみに結っている。
色気も何もあったものではない。『喪女』と呼べば失礼かもしれないが、そんな暗い雰囲気を全身から醸し出している。
「……あの人、ひょっとして有楽院ミツバじゃないか?」
そう……コンビニから出てきた野暮ったい女性が、何故だか尾行中のメスガキである有楽院ミツバと重なって見えたのだ。
取り巻きの誰も気がついていない。その女性のことをスルーしている。
しかし、見れば見るほど彼女が有楽院ミツバに思えて仕方がない。
「……追いかけるか」
確信はないが、僕は自分の直感を信じることにする。
コンビニから遠ざかっていくジャージ姿の女性を追いかけ、僕はその場を離れたのであった。
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