エピローグ
かくして、世界の危機……および家庭の危機を乗り越えることに成功した。
悪魔王を倒してから、駆けつけた警察やら消防やらの目をかいくぐって公園の外に脱出し、自宅まで帰還した。
それぞれ変身やら仕事着やらを着替え、いつもの格好になってリビングに集合する。
その後、それぞれが抱えていた秘密について公表することになったのだが……みんな驚きこそしていたものの、「ああ、やっぱり」という反応のほうが強かった。
「正直……おかしいと思ってたのよ。華音姉さんも飛鳥姉さんも、何かを隠しているような不自然な態度をとることがあったから」
などと嘆息をこぼしたのは、四姉妹の三女である風夏だった。
「いくらスマホに電話しても繋がらないときがあるし、バイトやパートをしているわけでもないのに、昼間にいなくなる時もあるわよね」
「風夏ちゃんもですよ。時々、隠れて誰かと連絡をとっていたことは気づいてましたよー。超能力者の仲間の人と連絡とってたんですねー?」
「そうそう、放課後にどこかに寄り道して遅くなる日もあったしね。もしかして援助交際でもしてるんじゃないかって心配しちゃった」
「なっ……帰りが遅いのは飛鳥姉さんもでしょ!? 最近、急に魔法少女ジャンルの日曜アニメを見るようになったし……隠れて研究してたのね!」
「なっ……け、研究なんてしてるわけないでしょ!」
「してますよねー? 時々、お部屋で決めポーズの練習してたでしょー? 『バビュッ!』ていうやつ」
「ちょ……姉さん、何で知ってるの!?」
華音姉さん、飛鳥姉、風夏は口々にそんなことを言い合う。
そんな中で、肩身の狭そうにモジモジしているのはグラマラスな悪魔から幼女の姿に戻った美月ちゃんである。
「私は……」
「大丈夫。良いんですよ、美月ちゃん」
「華音お姉様……?」
「本物の美月ちゃんが7年前に死んでいたことは驚きましたし、悲しいことです。だけど……あなたが私達の妹であることは変わらないのですよ?」
「…………」
華音姉さんの優しい言葉に、美月ちゃんは泣きそうな顔になる。
飛鳥姉も風夏もうんうんと頷いていた。
「私達って、四人じゃなくて五人姉妹だったのね。今度、両親ともう1人の美月のお墓参りに行かないと」
「呼び方は……このまま美月でいいわよね? こっちの美月は『美月』で、5歳のほうの美月は『ミツキ』とか?」
「飛鳥お姉さま、風夏お姉さま……」
「7年間、私達の妹でいてくれてありがとう。これからもよろしくね…………私達の可愛い妹、美月ちゃん?」
「ふあっ……」
華音姉さんがニッコリと笑いかけると、とうとう美月ちゃんは堪えきれずに涙をこぼしてしまった。
ポロポロと玉のような涙をこぼす美月ちゃんを横目に見て、僕は思わず笑ってしまう。
やっぱり……僕の予想通りだった。
血のつながりとか、そういうことじゃない。偽物だろうと本物だろうと、僕達はちゃんと家族だったんだ。
「どうやら、丸く収まったみたいだね。そろそろ、僕も帰ろうかな」
すでに夜は更けている。
僕だって家族の一員であるとはいえ……ここは姉妹で水入らずの時間を作ってあげよう。
積もる話だってあるに違いない。さっさと隣家に戻るとしよう。
「待ってください、弟くん。話はまだ終わってませんよー」
そのまま玄関に向かおうとする僕だったが……華音姉さんの声に呼び止められる。
「え……僕の事情はもう話してあるよね? 異世界で勇者やってたことも」
「その話ではなくって、先ほど十字架にかけられていたことについてです」
「あ……」
華音姉さんの指摘に、僕は表情を引きつらせた。
十字架――つまり『信仰の刑台』に命を捧げようとしていたことだろう。
上手いことなあなあになったと思っていたのだが、どうやら忘れていなかったようである。
「弟くんが何をしようとしていたのかはわかりませんが……アレはたぶん、命と引き換えにする技か何かですよね? 陰陽道にも似たような術があるのでわかりますよー」
「へえ……ユウってばそんなことをしようとしてたんだ。フーン。ヘー」
「勇治……やっていいことと悪いことがあると思うけど、まさか死ぬ気だったとか言わないわよね?」
華音姉さんに続いて、飛鳥姉と風夏までもが口々に責めるようなことを言ってくる。
三者三様の視線が突き刺さり……僕は助けを求めるように美月ちゃんに目を向けた。
「み、美月ちゃん、事情を説明してもらえるかなっ!? あの時は仕方がない状況だったって!」
「……………………ん」
縋るような目で美月ちゃんを見るが……彼女はいつもと変わらぬ無表情になっており、小首を傾げただけである。
感情が抜け落ちた虚ろな瞳が「怒られろ!」と責めているように見えたのは気のせいだったのだろうか?
「それじゃあ……お話をしましょうかー。今夜は寝かせませんよ。お・と・う・と・くん?」
「…………」
華音姉さんから穏やかな笑顔、底冷えのする声で宣告され……僕は絶望して膝から崩れ落ちるのであった。
結局、その日は本当に一晩をかけてお説教を喰らうことになってしまう。
何度も何度も謝罪を要求され、四姉妹全員のお願いを1つずつ叶えることと引き換えにして、ようやく許しを与えられた。
激しい疲労と睡眠不足から、翌日は高校の授業を休むことになったのは言うまでもないことである。
〇 〇 〇
あの運命の戦いから数日後。
僕と日下部家の四姉妹は、当たり前の日常を取り戻していた。
お互いの秘密を明かし合い、正体を暴露することになった僕達であったが……それで関係が崩れるということはない。
僕らは相変わらずの隣人であり、家族だったのである。
ただ……それでも、何も変化がなかったというわけではない。
特に、僕の生活にはとんでもなく大きな変化が訪れることになったのである。
「んんっ……もう朝か……?」
とある日の朝。カーテンの隙間から朝日が差し込んできているのに気がつき、重い瞼を開けた。
今、何時だろうか。身体を起こそうとするが……上手く起き上がることができない。
それどころか、グッと引き寄せられて心地良い枕に吸い込まれてしまう。
「あんっ」
とんでもなく柔らかな枕が……鳴いた。
顔に包まれるふっくらとした感触。頬に当たるスベスベの肌触り。
そのとんでもなく心地が良い枕の正体に気がつき、俺は一気に覚醒した。
「ちょっ……わわわわわっ、華音姉さんっ!?」
顔を埋めていた枕の正体は、華音姉さんのおっぱいだった。
眠っていたはずの僕は深すぎる谷間に顔を押しつけており、意図せずパフパフした形になっている。
「んんっ……弟くんってば、朝から元気なんだから」
「元気元気! とっても元気だから……そろそろ離してくれないかな!?」
「んー……本当に元気ですねえ。下のほうもこんなに硬くして」
「わあああああああああああああああああっ!?」
「あ……」
僕はバタバタと両手両足を振り乱して、心地の良い抱擁から逃れ出た。
華音姉さんは残念そうに眉尻を下げ、布団から身体を起こす。
僕と同じ布団で同衾していた華音姉さんだったが、彼女は裸――厳密にはピンク色のパンツだけを身に着けて眠っていたのである。
朝日よりも遥かに眩しい光景を目の当たりにして、僕は全身の血液が顔ととある箇所に集中するのがわかった。
「い、いい加減に寝てる間に服を脱ぐのやめてください! 朝から困るじゃないですかっ!」
「そんなこと言って、お姉ちゃんの布団に潜り込んでくるのは弟くんじゃないですかー。昨晩だってあんなにおっぱいを吸ってきて……やっぱり、玲さんの弟ですね?」
「そんな素敵な記憶はないんだけどね! え、本当に僕ってそんなことしちゃったの!?」
「んんっ……ちょっとー、ユウってば朝からウルサイよー……」
などとうめき声を上げながら……隣の布団で眠っていた飛鳥姉が目を覚ます。
飛鳥姉は短パンにシャツという格好だったが、寝乱れて胸のあたりまでシャツがまくれ上がっていた。
地球で言うところの南極部分が剥き出しになった光景に、僕は音速で顔を背ける。
「クー……スー……」
「ねむ…………」
飛鳥姉の向こうの布団では風夏と美月ちゃんまで寝息を立てている。
朝に弱い2人はまだ目を覚ましていないようだが……こっちもわりと肌色になっていた。
僕と四姉妹が眠っていたのは、日下部家の茶の間。畳が敷かれた和室である。
少し前から、僕らは毎晩この部屋で一緒に寝るようになっていたのだ。
それというのも……僕は『信仰の刑台』を使って自分の命を捧げようとしたペナルティとして、四姉妹の命令を1つずつ訊くことになっていた。
そして、華音姉さんの願い事が『これから毎晩、日下部家で一緒に眠ること』だったのである。
僕は和室で畳の上に布団を敷き、華音姉さんと並んで眠ることになってしまった。そして、そんな扱いに他の3人から抗議が上がり、口論の末に5人で布団を敷いて就学旅行スタイルで夜を明かすことになったのである。
ちなみに、他の3人からもわりとエグイ命令をされていて、おかげで悶々とした日々を送ることになっているのだが……それはまたの機会に語ることにしよう。
「それじゃあ、朝食の準備をしますねー。弟くんは風夏ちゃんと美月ちゃんを起こしてください」
「ふわあ……着替えよ。今日は1限から講義があるのよねー」
華音姉さんと飛鳥姉が寝乱れた姿のまま和室から出て行き、自分の部屋に着替えを取りに行く。四畳半の和室では全員の布団を敷くのが精一杯なため、着替えるだけのスペースがないのである。
「またかよ……」
重大かつ嫌な役割を押しつけられ、僕は肩を落として溜息を吐く。
しばし迷っていたが、意を決して2つ隣の布団で眠っている風夏の下ににじり寄る。
「スウ……スウ……」
「…………」
パジャマを着た風夏が安らかな寝息を立てている。
姉2人ほど乱れた格好ではないが、こちらも上着がまくれてヘソが見えていた。
「風夏、起きろ。もう朝だぞ!」
「んんっ……朝……?」
声をかけてからしばらくして、風夏が寝ぼけ眼で身体を起こした。
しばしボーッと視線をさまよわせていたが……やがて僕の顔を視認して、瞳を見開く。
「ちょっ……ど、どうして人の部屋に勝手に入ってるのよ! この変態っ!」
「ッ……!」
手首のスナップの利いた綺麗なビンタが頬に吸い込まれる。
異世界から帰ってきて身体能力は上がっているはずなのに、普通に痛かった。
「……って、勇治?」
「……目が覚めたかな。このツンデレ暴力女め」
殴られた頬をさすりつつ、僕は半眼になって風夏を睨みつける。
「僕と同じ部屋で眠るのが嫌だったら、自分の部屋で寝たらいいのに。毎朝毎朝、頬をぶたれるこっちの気持ちにもなって欲しいね」
「だって……しょうがないじゃない」
風夏はバツが悪そうに目を背ける。
風夏は姉妹の中で唯一、僕が日下部家で寝泊まりすることについて反対していた。
それでも、姉2人と美月ちゃんまで同意したことで受け入れることになったのだが……何故か彼女まで僕と一緒の部屋で寝ることになっている。
『私だけ仲間外れとか寂しいし……それに、姉さん達に抜け駆けさせるわけにはいかないじゃない!』
などと言っていたが、風夏なりに重大な理由があったのだろう。
「わ、私は着替えてくるから! 勇治もさっさと準備しなさいよね!」
風夏はそそくさとパジャマを直して、和室から出て行った。
しかし、ふと廊下からふすまごしにこちらを覗き込んでポツリと口にする。
「……ぶってごめんね。悪かったわ」
言いたい事だけ言い残して、ツンデレ中学生は顔を引っ込めてしまった。
僕は「ハア」と溜息を吐いて眠っている美月ちゃんに目を向けるが、虚ろな眼差しと目が合った。
「……起きてたんだ、美月ちゃん」
「…………ん」
小さな返答が返ってくる。
あれ以来、美月ちゃんはまた無口で無表情な幼女に戻ってしまった。
感情を前に出したりすると悪魔のエネルギーである『邪力』を消耗してしまうため仕方がないのだが、ちょっとだけ寂しい。
はたして、僕は自分のことを『お兄様』と呼んでくれる魔乳の美女と再会することができるのだろうか……それは未来のお楽しみである。
「にーさま……わたし、すっごく幸せ」
美月ちゃんが彼女にしては長文でそんなことを言ってきた。
僕は眠っている彼女の白い髪を撫で、苦笑しながら口を開く。
「僕もだよ。すっごい幸せ」
こうして、様々な変化はあったものの、僕と日下部家の四姉妹との日常はこれからも続いていく。
華音姉さんは退魔師として悪霊や妖怪変化と戦い、おまけに僕の兄である玲一を殺した妖魔を探していて。
飛鳥姉は宇宙からの侵略者と戦い続け、最近は彼らを崇拝する狂信者との戦いまで始まって。
風夏は『キングダム』と名乗る悪い超能力者の残党と戦っていたが、海外から新たな超能力結社が現れて三つ巴の戦いになって。
美月ちゃんは悪魔王が倒れたことで統率を無くし、好き勝手に表世界にやってくるようになった悪魔と戦って。
とてもではないが平穏な日常とは呼べない毎日だったが……僕達はそれでも、面白おかしく笑いながら生きていく。
「……それはこれからも変わることのない、僕と四姉妹との大切な日々」
「キャアアアアアアアアアアアッ!?」
「ん?」
……などとモノローグを口にしながら高校に向かっていた僕だったが、聞こえてきた悲鳴に首を傾げる。
悲鳴の方向を見ると……少し離れた場所で、顔見知りの女性がおかしなモノに襲われていた。
「やめて! 来ないでください!」
悲鳴の主は……クラスメイトにして学校の三大美女である月白真雪だった。
月白さんは二足歩行の狼――いわゆる狼男と呼ばれるような怪物に襲われており、路地裏の壁際まで追い詰められている。
「やれやれ、本当にやれやれだよ」
僕は肩をすくめて道路を蹴り、月白さんに襲いかかっていた狼男のようなモンスターを殴りつけた。
「ギャンッ!?」
「えっ……八雲君!?」
「さて……月白さん、君がいったい何に巻き込まれているのか聞かせてもらおうかな?」
怯んだ狼男の胴体を蹴って転がして、僕は月白さんに笑顔で訊ねた。
「助けてあげるよ。一家団欒のついでにね?」
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ひょっとしたら続編を書くかもしれませんが、とりあえずはこれで物語完結になります。
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