日下部飛鳥の挑戦
連続投稿中になります。
読み飛ばしにご注意ください。
アタシ――日下部飛鳥の人生のテーマは『挑戦』。
目の前にある壁をひたすらに乗り越える……それがアタシの人生だった。
小学校の頃、水泳の授業で学年1番になった。
男子にも女子にも、水中でアタシに勝てる人は誰もいない。スイミングスクールに通っている同級生でさえ軽々と引き離すことができる。
アタシの圧倒的な水泳力は学校中に広まっていき、中学校でも当たり前のように水泳部から勧誘を受けることになった。
1年生の時に県大会、2年生で全国大会にそれぞれ出場。3年生の大会では全国ベスト4にまで。
高校は推薦をもらって隣の市の名門校に通うことになった。正直、勉強は苦手だったからとても有り難い。
高校に上がってからもひたすらに水泳に打ち込み……2年生の時にとうとう国体で全国制覇。事実上、日本の水泳界の頂点に君臨することができたのだ。
『飛鳥姉はさ、毎日、水泳ばっかりやって大変じゃないの?』
などと聞いてきたのは、中学生の頃に隣に引っ越してきた八雲勇治――ユウと呼んでいる少年だった。
弟分であり、子分でもあるユウの問いに、アタシはグッと胸を張って答える。
『辛いわけないじゃん! 一生懸命、頑張って前に進むのが楽しくないわけないもん!』
水泳に打ち込むことに不満なんてなかった。
マグロが泳ぎ続けないと死んでしまうように、アタシは努力を続けないと生きていけない人間なんだ。
努力を積み重ねて、それが結果として出てくる。それがアタシにとって人生の悦びだったのである。
『ユウも少しは身体を鍛えなさいよね。そんな貧弱な身体じゃあ、女の子にもモテないわよ!』
『うええ……余計なお世話だよお……』
『筋肉は裏切らないんだから、頑張りなさいよね! トレーニングがしたいのならいつでも言いなよ。アタシがトレーナーをしてあげるから!』
そんなふうに渋る弟に笑いかけ、アタシはそれからも水泳のためのトレーニングを続けていた。
努力をするのは大好きだ。壁は登るためにある。
そんなふうに身体を鍛えていたアタシだったけど……大学に上がってから、そんな生活に不満を感じるようになっていた。
『……何か、つまんない』
そんなふうに感じるようになったのは、オリンピック候補生に選ばれてからである。
おそらく、このままいけばオリンピック出場はできるだろう。メダルだって取れるかもしれない。
だけど……そんな栄光の未来が確定してしまったことで、かえって満たされない感覚を覚えるようになっていた。
乗り越えるべき壁がない。あるいは、あっても低すぎる。
オリンピックに出場してメダルを取ることすら、アタシにとっては目標に値しないものになっていた。
『うー……退屈、つまんない。もっと大きな目標が欲しいっ……!』
そんなことを思っていた矢先、新しい目標は思わぬところからやってきた。
『私は地球に生み出された守護者――精霊エクレア。私と契約して魔法少女になって世界を救ってくれませんか?』
宇宙からの侵略者から世界を救う。
オリンピック優勝以上に熾烈で困難な壁が、アタシの前に立ちふさがった瞬間である。
アタシは「大学生が魔法少女って……」とちょっと恥ずかしい気持ちになりながらも、エクレアの提案を受けることにした。
刺激や目標を求めていたというのも理由としてあったが……エクレアからの勧誘を受けて返答を迷っている最中に、弟分であるユウが宇宙生物に襲われてしまったのだ。
その事件は休日、弟分のユウを荷物持ちにしてショッピングモールに訪れた際に起こった。
荷物を抱えて駐車場を歩いていたアタシ達に、奇怪な人型の生物が襲ってきたのである
『うわああああああああっ!?』
『チョーチョーッ! チョーチョーッ!』
奇怪な叫びを上げながら、その人型の怪物はユウに襲いかかってきた。
『ユウッ!』
『痛っ……!?』
荷物を持っていたユウは咄嗟に避けることができず、襲いかかってきた人型の怪物によって脚を負傷させられてしまった。
『飛鳥姉っ! 僕はいいから逃げてっ!』
『ッ……!』
正直、アタシだけなら逃げられなくはない。
だけど……怪我をしたユウを抱えた状態では、とてもではないが逃げられそうになかった。
『こうなったら……!』
アタシは二者択一に迫られて……ほとんど迷うことなく決断した。
『エクレア、あなたと契約をする! だからアタシにユウを守るための力をちょうだい!』
『契約を承りました。アスカ、変身です!』
アタシの叫びに応えて、虚空からエクレアが現れた。次の瞬間、アタシの身体が黄色い閃光に包まれる。
『可愛い弟をイジメる悪い宇宙人はバビュッと滅・殺♪ 地球を守る愛と魔法の戦士――魔法少女エクレア・バードここに見・参♪」
それが初めての変身。
アタシが魔法少女として、地球を守るために高くて堅くて分厚い壁に挑むことになった瞬間である。
その後、襲ってきた宇宙人をやっつけたアタシは、魔法によってユウを含めた目撃者の記憶を消去した。
同じく魔法によって怪我人や壊された建物などを修復して、人知れず魔法少女としての道を歩み始めたのである。
その1年後。
激化してくる宇宙人との戦いの最中、弟にして子分であるユウに正体がバレることになった。おまけにあんなに貧弱だったユウは異世界で勇者を経験していて、細い身体にあんなに筋肉をつけていて……。
おそらく、これまでのアタシ以上に頑張ってきたであろう努力の成果を目の当たりにして、弟だ子分だと思っていたはずの少年にドギマギさせられることになったのだが、それは誰にも言えない内緒の話だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク登録、広告下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。




