19.長女は美人な陰陽師①
連続投稿中になります。
読み飛ばしにご注意ください。
トンネルを抜けると雪国だった。
中学2年の夏休みに、そんなフレーズでお馴染みの文学小説を読んで読書感想文を書いたことがある。
正直に言って印象は薄い。感性が乏しくて文学への理解も浅い僕には、作者が何を言いたいのかほとんどわからなかった。感想文も適当な文面を書き連ねて強引に原稿用紙を埋めた気がする。
猫に小判、豚に真珠といった言葉があるように、どうやら僕のような薄っぺらな人間には有名文学は程遠いジャンルだったようだ。
変にカッコつけたりせず、もっと親しみ深いジャンルの小説にすればよかった。例えば、メガネの少年が魔法学校に通う話とか、火山に指輪を不法投棄する話とかにしておけば、もっと物語の世界観に没頭できたかもしれない。
さて……どうして急にこんな話を始めたかというと、ちゃんとワケがある。
今の僕の状況を端的に言い表すとすると……『校門をくぐると雪国だった』。そんなわけのわからない事態に直面していたのだった
「わー……ビックリ。驚いたー……」
いつものように高校の授業を終えた僕は、部活動などに参加することなく下校した。
今の僕がその気になれば、弱小野球部を甲子園に連れて行くことも、我が校にありもしないラグビー部を花園に連れて行くことだってできるだろう。
しかし、僕にとって大切なのは家族との時間。日下部家の四姉妹と過ごす日常である。部活動なんてやっている暇などなかった。
ただでさえ、三女である風夏が超能力者で謎の組織と戦っているという秘密が明らかになったのだ。
組織のボスは先日の戦いで倒したはずだが、まだ残党がいると風夏も話していた。いつでも妹のピンチに駆けつけられるようにするためにも、部活動に励んでいる時間などない。
そんなわけで授業終了。即帰宅しようとしていたはずなのだが……どうして雪国に迷い込んでしまったのだろうか?
「……知らないうちにワープゾーンでもくぐったのかな? それとも、フィールドを作るときにスタッフがミスってバグを生じたとか?」
うん、誰だよスタッフって。
この世界はいつからゲームの世界になったのだろうか。
「冗談はともかくとして……また異世界トリップしちゃったのかな?」
僕は肩を落として周囲を見回した。
少し前に異世界に召還されて勇者をやってきたばっかりだ。まさかとは思うが……またしてもどこかの世界に召還されてしまったのだろうか?
周囲は一面の雪景色。地面は真っ白な雪で覆われており、前方からは強い風と共に吹雪が押し寄せてくる。周囲には建物などは何もない。後ろを振り返ってみても校門や校舎が消失しているし、もちろん、下校していた他の生徒の姿もなかった。
「…………寒っ」
ちなみに、僕が着ている服装は一般的な学ランである。
衣替えで夏服になる前で本当に良かったと思うが……とてもではないが、氷点下を下回っているであろう雪国の冬に対応できるような格好ではなかった。
「僕じゃなかったらヤバかったな……スキル発動――『環境適応』」
発動させたのは暑さや寒さ、乾燥などの周囲の環境に適応するためのスキルである。
アチラの世界では魔王配下の怪物を倒すために砂漠や氷山など、苛酷な環境の場所に赴かなくてはいけなかったため、必要に応じて取得したスキルである。
これを使っていれば雪国はもちろん、大気の薄い高山でも、溶岩が煮えたぎる火山にだって着の身着のままで行くことができるのだ。
「よし。これで寒さを感じないけど……どうして僕がこんなところに?」
僕は普通に学校を下校していただけ。何もきっかけになるようなことはなかったはず。
何者かによって召還・転移させられたと考えるべきだろうが……僕はこれでも勇者である。魔法らしき気配があれば、気づかないわけがない。
となると……考えられるのは魔法とは異なる未知の力によって転移させられたか、あるいは僕の知覚を超えた強力な術者が絡んでいるかである。
「魔王か四天王クラスの奴が日本にいるってことになるな……冗談でしょ?」
どうして平和な日本に戻ってきたはずなのに、次々とおかしな事態に巻き込まれるのだろう。理不尽な運命の悪戯を感じてしまう。
ともあれ、スキルを発動し続けられる時間は限られている。
『環境適応』の効力が切れるよりも先に、この場から脱出する手段を考えなければ。
「スキル発動――『知覚拡大』」
僕はスキルを使って自分の知覚範囲を大きく広げた。
これは自分の身体に宿った魔力を自分を中心とした球体に拡大させることにより、潜水艦のソナーのように全方位を知覚するスキルである。
「……反応なし。周囲には何もないっと」
生物はおろか、建物や樹木の1本すらも存在しない。本当に雪以外のものは何もない平原だった。
本当に自分はどうしてこんな場所に飛ばされたのだろうか……と、思った矢先に拡大させた知覚に反応がある。
「ん……これは人間か?」
スキルが感じ取った気配は人型の何かだった。
雪原の真ん中に突如として生じた『それ』がこちらに向かって歩いてくる。
「…………!?」
異変は続いていく。
1体だった『それ』は2体、3体と数を増やしていき、最終的には30体近くまで出現する。
何もないはずの空間から現れた謎の人型に思い起こされるのは、先日、風夏と戦っていた超能力者的な変態。
アイツは何もない場所から人形のようなモノを呼び出したりしていた。
「あの変態ロリコン野郎が生きていて、僕のことを狙ってきた? ありえなくはないけど……」
ありえなくはないが……違和感がある。
間違いなく仕留めたはずだし、周囲から感じられる気配は先日の人形のような人型とは異なり、生き物のような気配である。
「…………」
警戒を強めながらしばし待ち構えていると、吹き荒れる吹雪の向こうから気配の主が現れる。雪のカーテンの向こうから現れたそれは……
「……雪男?」
現れたのは身長2メートルほどの二本足の類人猿。
一見するとゴリラかオラウータンのように見えるが、毛色は雪原に溶け込むような白。おまけにその顔面には拳大の単眼のみが赤く輝いている。
白い毛色の猿ならば自然界に存在するかもしれないが……一つ目の猿はいないだろう。
『ゴロロロロロロロッ……』
雪原から次々と単眼白髪の大猿が現れる。その数は20ほど。僕を中心にして逃げ道をふさぐようにして周りを取り囲んできた。
猿の赤い瞳は完全に僕をロックオンしており、ありありと敵意と害意が伝わってきた。
「これて……マジヤバくね?」
「ゴオオオオオオオオオオオオッ!!」
僕がつぶやくと同時に、大猿の化け物が一斉に襲いかかってくる。
飛びかかってくる類人猿の群れに顔を引きつらせながら、僕は迎撃のためにスキルを発動させた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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