41.全裸で迎える大団円⑦
「だ、誰だって、名乗っているところだろうが!」
崩れ落ちた塀の残骸から身体を起こして、謎の男が叫ぶ。
本気で殴ったつもりなのだが……わりと丈夫なようである。
「いや……正直、このタイミングで新キャラとか登場されても覚えられないし。ヒロイン3人のパパが登場したり、うろ覚えのレゲエがやっぱり敵だったり、状況についていけないんだけど?」
「何の話だ! 現実と虚構の世界を混同させるんじゃない! まったく、これだから最近の若者は……!」
ブツブツと言いながら、謎の男が色眼鏡をかけ直す。
「あの……八雲さん。あの男ですけど、この町の市長さんじゃないですか?」
「へ? 市長?」
月白さんの言葉に、僕は目を瞬かせた。
そういえば……選挙ポスターに写真が載っているのを見た覚えがある。
興味がなかったし、選挙権も持ってないので完全なうろ覚えではあるのだが。
「クックック……その通りだ。私こそがこの町の市長にして、大天狗の玄孫。大空夢州太とは私のことだ!」
ズバーンと効果音が出てきそうな感じで謎の男……ムス太が自己紹介をやり直した。
その言葉を聞いて、月白父らが驚きの表情を浮かべている。
「まさか……大天狗様に孫がいただなんて」
「知らなかった……若い頃には多くの愛人がいたとは聞いていたが……」
つまり、この男は大天狗とやらの子孫であるらしい。
玄孫というのがどれくらいの血縁なのかは知らないが、少なくとも、風を操る能力などは引き継いでいるようだ。
いつの間にかレゲエ男もムス太の横に移動していた。
どうやら、この男がレゲエ男の雇い主……3つのギャングが争ったこの戦いの黒幕ということになる。
「もう気がついているようだが……この男を潜り込ませ、戦争の火種を燃え広がらせたのも私だ。こんなに早く、そして誰も死ぬことなく決着がついてしまったのは予想外のことだがね!」
「ふうん? それで、どうしてそんなことをしたのかな?」
「よくぞ聞いてくれた! 私の目的はこの町の浄化。大天狗の恩情によって町に棲みつき、生意気に数を増やしている害虫を駆除することだ!」
「…………」
おそらく、害虫というのは吸血鬼と人狼、夢魔の3つの種族のことだろう。
彼らを駆除と言っていたが、3つの種族が町に住むことを許したのは大天狗ではなかったのか。
「かつて、偉大なる大天狗は寛大な心で行き場のない魔物を町に住まわせ、陰陽師どもから守ってやった。しかし、本来であれば伏して感謝をするべき奴らは大天狗の死後に勢力を伸ばし、町を裏から支配している! これは偉大なる祖先の恩義に背く裏切り。明白な背信行為だ!」
「ふうん……」
「ゆえに、町を浄化しなければいけない! 怪物どもを潰し合わせて駆逐して、本来あるべき形に戻さなければいけないのだ!」
「それで戦争を起こしたわけか。勝手に殺しあって数を減らしてくれってことね……うんうん、わかりやすい」
別に聞いてもいないのに、勝手に色々と話してくれた。
説明口調ですごくわかりやすい人である。ひょっとしたら、良い人なのかもしれない。
「そんなことで俺達は憎みあっていたのか……」
「許せない。最低……」
「…………」
伏影ナズナと有楽院ツバキがつぶやく。
言葉には出さないものの、月白さんもまたムス太のことを睨みつけていた。
「それで……どうするつもりかな? 3人は和解しちゃったし、作戦は失敗っぽいけど?」
「ククッ……そうとも限らんさ。君のおかげで3つのギャングはかなり弱っているし、ここで頭を潰してしまえば瓦解することだろう。町は浄化され、大天狗の正統な後継者である私が表と裏を支配するのだ!」
「それができると思っているのかな? 僕がさせるとでも?」
目の前にいる自称・大天狗の後継者……ムス太という男は強い。わりと強い。結構、強い。それは気配だけで伝わってくる。
だが……勇者である自分が、邪術という新たな能力を得たこの僕が敗北するかと聞かれたら完全なノーだった。
おまけに、僕の後ろでは3つのギャンググループのボスが殺気立った様子で、ムス太のことを睨みつけている。
自分達を騙し、踊らせてくれたムス太に対して強い憎しみを抱いている様子だった。
それぞれが臨戦態勢をとっており、今にもムス太に飛びかかっていきそうである。
「クックック……そのままでは勝ち目がないな。しかし、この私が無策で姿を現すわけもあるまい」
「HEY、BOSS」
レゲエ風の男がムス太に何かを差し出す。それは紫色の液体が入った小瓶のようだった。
ムス太はこちらが止める暇もなく瓶のフタを開けて、中に入っていた液体を一息で飲み干した。
「ううう……おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ムス太が絶叫を上げる。
その身体が筋肉によって肥大化していき、身体が倍近くも大きくなる。
服が千切れ、黒く染まった肌に赤熱して発光する血管が走っていた。
「なっ……!」
「これは……!」
化け物になったムス太の姿に、女子3人、その父親らも愕然としている。
謎の液体を飲み干したムス太から放たれる圧は先ほどとは比べ物にならず、噴火する火山のように底無しのパワーが溢れ出てくるようだった。
『クハハハハハハハッ! まさかこの私に切り札を使わせるとは誉めてやろう! 飛躍の力によって高められた私の力は通常時の10倍! もはや誰にも止められん!』
巨大化したムス太がこちらを見下ろし、猛獣のようになった顔面でニタリと笑う。
『今日、この町から劣等なる魔物が姿を消す! そして、私こそが町に君臨する王に……いや、神となるのだ!』
「…………」
『クハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハッハハハッハハッ! 何という全能感だ。まるで人がゴミのようぶちゃ……』
「えい」
僕は聖剣を取り出し、ムス太に振り下ろす。
女神によって与えられた武器――『勇気の聖剣』の一撃により、ムス太の身体が真っ二つに切り裂かれたのであった。