40.全裸で迎える大団円⑥
僕の言葉を聞いて、和室から出てきた人狼ギャングのボスが口を開く。
「その男はウチの組織が雇っている用心棒だが……どうして、娘達を襲おうとしていたというんだ?」
「用心棒ってことは、正式な仲間じゃないってことかな?」
「ああ……何年か前に外から流れてきた男で、同じ人狼種族のよしみで雇い入れたのだ」
「ふうん?」
そのあたりに秘密があるのだろうか。
男に視線を向けようとすると……影がこちらに襲いかかってきた。
「これで、勝ったツモリか! オレはまだ負けてないゼ!」
片言の日本語で言いながら、影の槍を僕に向けて放ってくる。
いや、狙われているのは僕だけじゃない。よくよく見ると、僕を狙うふりをして月白さん達にも影を伸ばしていた。
「遅いよ。それに何番煎じだよ」
剣を取り出して影の槍を打ち払う。同時に、邪術の触手を伸ばして月白さんを襲おうとしていた影も迎撃する。
「伏影さんとこの店で1回。本屋で有楽院さんを襲ったときに1回。僕は2度もお前にしてやられている。3度目の敗北がないように準備はしてきたからね。もう負けないよ」
影の攻撃への対処法。薄い気配を感じ取るための索敵技能の強化。
この男が不意打ち大好きの卑怯者であることもわかっている。
いつ襲撃されても良いように、ずっと警戒と訓練を重ねてきた。
「もう、アンタの技は見切った。眠っていたって躱せるさ」
「グッ……!」
触手を素早く伸ばして、レゲエ男の腹部へと叩きつける。
腹部に痛烈な打撃を喰らった男が崩れ落ちて、「ゲホゲホ」と胃液を地面に吐き出した。
「ゲロってるところを申し訳ないんだけど、どうして彼女達を狙ったのかも吐いてくれるかな? 君が意図的に抗争を激化させていたんじゃないかと疑ってるんだけど……」
「……はなすと、思っているのカ?」
「話さないよね……だったら、容赦はしないけど?」
僕が手をかざすと十数本の触手が現れる。
この男には何度となく辛酸を舐めさせられてきた。影を操る攻撃への対処法も用意していることだし、敗北はない。
「簡単に口を割らないってことは……もしかして、裏に黒幕とかいたりするのかな?」
「ソレは……」
レゲエ男がサングラスの向こうで目をそらすが……同時に、僕は不穏な気配を感じて頭上を仰いだ。
「上だ! みんな、伏せろ!」
僕は咄嗟に叫んだ。
庭に出てきていた面々が慌てて身体を伏せ、防御態勢をとる。
次の瞬間、嵐のようなつむじ風が頭上から押し寄せてきた。数十、数百の刃で斬りつけるような風の攻撃が降りそそぐ。
「この攻撃はまさか……!」
「大天狗様の……!?」
「そんな、ありえない! 大天狗様はもう……!」
月白父らが愕然として叫ぶ。
どうやら、この風の攻撃は大天狗とやらが使っていた技のようだ。
忘れそうになっていたが、大天狗というのは元々この町を修めていたという強力な妖怪で、3つのギャンググループをまとめていた盟主のような立場だったらしい。
「まさか、ここで死んだはずの大物が降臨とか……?」
「少年、あまり私の部下を苛めないでくれるかな?」
風が止み、月白邸の庭に1人の男が降り立った。
黒い翼を広げて、空からやってきたのは30代くらいの男性である。
質の良さそうなスーツに身を包んでおり、薄く色が付いたメガネをかけていた。髪はしっかりと整えられており、妙に嫌味っぽい雰囲気がどこかの名作アニメ映画に出てくる大佐のようである。
「大天狗様じゃない……だが、あの翼、あの技は間違いなくかの御方のものだ」
月白父がつぶやく。
その声が聞こえたのか、謎の男が皮肉そうに唇を吊り上げる。
「その通りだ、下賤な蝙蝠よ。私の名前は大空夢州太。かつてこの町を修めていた大妖怪……武蔵丸太郎坊様の実のやしゃどぶひゃあらあっ!?」
「いや、誰だよ」
急に現れた男の腹を思いっきりどついてやる。
男はおかしな悲鳴を上げながら派手にふっとび、そのまま屋敷の塀に突っ込んでいった。