96. あなたの事はわたしが絶対に守ります
3章もいよいよ後半戦となります。
宿の前で二人と別れたわたし達は大通りを抜け、人通りの少ない道をのんびり歩いていました。
「ふわぁー。今日はいい天気ですね。こうポカポカしていると眠くなってしまいます。ん?」
隣を歩くリベアはどこかそわそわした様子で、両手に持った杖を離そうとしません。
「あの、師匠。昨日の漁師さんが言ってたんですけど、スラム街ってそんなに怖いところなんですか?」
上目遣いでこちらを見上げる弟子の方を見ると、怯えているのが分かります。
「そうですねー。王都はすこーし悪知恵が働く連中が多い印象ですが、地方にあるスラム街はまた毛色が違いますね」
「というと?」
「頭を使って悪事をする輩より、力で解決する輩の方が多い印象です。王都は犯罪者落ちした元貴族や悪徳領主が裏でスラム街を仕切っているようですが、地方にはそんな頭の切れる指導者はいません。ですからみんな好き勝手して最後は捕まるんですよ」
師匠と放浪していた頃、そういった人達を沢山見てきましたから。
――私の事を必要とするならどこにでも行くし、どんな奴だって助けてやる。今は何も変わらなくてもそれはいつかの未来に絶対繋がるからな。覚えとけよバカ弟子。
ええ、覚えていますともアホ師匠。
そんな言葉を残したわたしの師匠は彼等にも分け隔てなく接し、あーだのこーだの文句を言いながらも施しを与え、改心を求めましたが当時は結局徒労に終わっていました。
正直な話をしますと、わたしは彼等にそこまで親身にはなれません。
ただの物乞い、孤児ならいざ知らず。ならず者、犯罪者予備軍、ましてや本物の犯罪者に救いの手を差し伸べるなど……わたしは大賢者失格でしょうか?
「私、スラム街にいる人達って言い方は悪いですけど、住む場所やお金がなくて物乞いをしている人が多い印象でした」
わたしの弟子はとても優しい心を持っています。それはすごく良い事ですが、ここではその美点を逆手に取られる危険性があります。しっかり側についていてあげませんと。
不意に近づき、わたしは彼女の手にそっと触れました。反応はすぐに返ってきました。
「――〜〜っ!?」
そして確かな感触と共に、わたしは彼女の手を握ります。
リベアはしっかりと握られた自分の手を見た後、顔を赤らめ、その手を取った人物を見上げ小首を傾げました。
「し、師匠?」
「何があってもあなたの事はわたしが絶対に守ります。だから安心してください」
「ししょう……!」
その時、繋いでいた手から伝わって来ていた彼女の震えがピタリと止まるのでした。
――うちのかわいい弟子には何人たりとも近づけはしませんよ。(キリッ!)
◇◇◇
さて、ここでスラム街をあまり知らないって人に向けて解説です!
スラム街というのはクソの掃き溜めのような場所!!
わぉ! なんて口が悪い子なんでしょう。ま、心の中で言ってるだけなんで誰にも聞かれやしませんが。
この港町の場合は漁港を中心部としています。
周りは栄えていますがそこから離れるにつれて人通りは少なく治安は悪化。この町の住民は開発が遅れている地域のことをスラム街と称しているようですね。
「リベアのスラム街に対する認識は間違っていませんよ。実際、スラム街にいる大半の人達はこちらが何もしなければ無害ですし、親に捨てられた孤児だって多くいます。危険な薬に溺れ、何かを起こそうとする気力がない人も数多く見られます。ですがそうした人の中から出てくるのが、もうどうにでもなれ精神で犯罪に手を染める輩です。そいつらが一番危険なんです」
過去にわたしとソフィーを襲った暴漢もその類でしょうし。
本来、慈善活動を行う際は国に申し出る必要があります。国から付けられた護衛と共に活動するのが安全面を考えて一般的です。
わたし達は非公認でしたので危険な目に遭ったのも致し方ありません。ですが慈善活動を積極的に行う役目は元々貴族にあります! しかし現状殆どの貴族は孤児院や慈善事業を行っている団体にある程度の額を寄付するだけで終わっており、大々的な活動までは行っていません。
まぁ高貴な身分の者がわざわざ出向いてまで下の者と接触なんてしたくないんでしょうし、彼等のプライドを考えれば当然といえば当然なんですが……それで一般市民が納得する筈がありません。
市民から見ればいくら金を寄付していると言っても、口で言ってるだけで実際は何もしていないと捉えられてしまうでしょう。
お金だって寄付した全てが必要な人に届けられるとは限りません。途中で横領されてしまう事例も沢山ありますから。
それを聞いたリベアが少し考え込む様子で下を向き、口を開きます。
「……師匠、スラム街って結局どういった場所なんでしょうか?」
「そうですね。一言で表すなら暴行、強姦、誘拐、薬、殺人、強盗等がしばしば行われる無法地帯と化した地域。平たくいえば悪事や犯罪が横行している場所と言えるでしょう」
「今私たちはそんな所に向かってるんですか?」
「そうですよ。利用の仕方を間違えなければスラム街は情報の宝庫にもなりますから。怖くなりましたか? 今ならまだ戻って二人の所に行けますよ?」
「……そうしたら師匠は、一人でも行くんですよね?」
「そうですね。夫婦の情報は是が非でも欲しいですから……リベアが今何を考えているか分かるのでもう一度言いますが――危険ですよ?」
それでも来るんですか? という意味を暗にこめて言うと弟子の目が真剣なものに変わりました。
「私は師匠が行く所には、どこにでもついて行くって決めてますから! たとえ死んでもです!!」
自分の弟子だからでしょうか、そこに嘘はないと素直に信じられました。嬉しい気持ちでいっぱいになりましたが、一点叱らなくては。
「死んでも、とかいうもんじゃありません。寿命以外で死ぬなんて師匠が許しませんから! 勝手にいなくならないよう、これからずっと見張らなければいけませんね」
「ずっと……? もしかして今告白されてます? だったらもっと雰囲気を出して欲しいです! まあ師匠にならいつ告白されてもオッケーですが……あ、でもいきなりえっちな事は――」
パシっと空いている方の手で彼女の頭を叩きます。
「あいたっ! 何するんですかぁもう!」
「単純に心配してるんですよ。さっきまで酷く怯えていましたから」
わたしの目が笑っていない事に気付き、弟子は肩を落とします。
「それは……ごめんなさい。でも私が怖いのはスラム街じゃなくて、私の見ていない所で師匠がいなくなっちゃう事です」
「わたしはいなくなりませんよ。弟子を置いて勝手にいなくなる師匠なんていませんから」
わたしはリベアの過去を知りません。けれど彼女が愛情を欲しているのは分かります。
あの人の弟子として、わたしは師匠に与えられたように彼女にも愛を与えるつもりでいます。それが本当の恋心に繋がるのかは、まだ分かりませんが。
身内一人救えない賢者が、大賢者の弟子と名乗る事は許されませんからね。
「さ、行きますよ。手は離さないでくださいね」
「はい、師匠」
もう一度強く手を握り直したわたし達は、いよいよスラム街へ足を踏み入れるのでした。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




