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92.賢者の恩返し

投稿遅れました。申し訳ありません。

「はっ、はっ、はぁっー。ネタバラシです師匠。今他の人達にはわたし達の姿は見えていませんよ。私がかぶりつく直前に魔法を使ったからです。気が付きませんでしたか?」 


 あ、この子いつの間に魔法を発動していたんですか。指を舐められていたせいで完全に意識がそっちに向いていました。


「……中級魔法。ほんとにうちの弟子は才能の権化ですね」


「なんでも出来る師匠にだけは言われたくないですね」


 空笑いするリベアの口元からは涎が垂れており、わたしの人差し指と彼女の唇は白い糸で結ばれていました。


 彼女はバックから水の入ったボトルを取り出すと口に含み、空の容器にぺっと吐き出します。忘れていました。これは医療行為の一環です。


「えへへ。下心半分、心配半分でした。流石に魚の口の中は病原菌がいる可能性がありましたので……。ここまでしておいてなんですが、気持ち悪いと思われたらごめんなさい」


 彼女の唾液が残る人差し指を見ます。特に嫌悪感は抱きませんでしたが、清潔の為、ハンカチで彼女の口元を拭ってあげた後、自分の指についた唾液を丁寧に拭き取りました。


「別に。少し驚きましたが指の一つ舐められたくらいで弟子を嫌いになんてなりませんよ」

「そうですか。師匠ならそう言ってくれる気がしてました!」


 リベアがぎゅっとわたしに抱きつきます。背中に手を回し抱き返して下さいと言っているようでした。ああもう、この子は。こんな人前で……。今は誰も見てないしいいですかね。


 彼女の期待に応えるように彼女の華奢な身体をそっと抱きしめます。一瞬ビクッとなった彼女でしたが、そのままわたしの胸に頭を預けました。


 ふふ、自分でして恥ずかしくなっちゃったんでしょうか。


「…………」

「…………」


 暫く抱擁し合う師匠とその弟子。


 こういう時間も悪くありませんが、そろそろ戻らないと二人が心配しますね。弟子の背中をトントンと叩き、離れるように合図します。


「ん」


 弟子は素直に離れました。いい子いい子。


「とりあえず発動した魔法を解除しますね」

「あ、その必要はありません。すでに解除されてますから」


「へ?」


 寒気が走りました。


 後ろを振り返るとそこには顔を真っ赤にしたソフィーとフィアが立っていました。周りにいる通行人達もほんのり顔が赤いような。


 ギギキっとそちらに首を傾けると、サッと視線を外されます。


 あれ、あれっ、あれれー? もしかして時間経過で解ける系でしたか?


「見せつけてくれたわね、ティルラ。こんな往来の場所で人様の迷惑も考えずなにをしているのかしらね?」


 幼馴染の顔は羞恥と憤怒でとんでもないものに。


「ソフィアさん。フィアさん。あのどこから……」


「指の一つを舐められたくらい……からですね」


 わたしの問いに、フィアが恥ずかしそう視線を背けて答えます。

 最悪な所じゃないですか。


 納得がいきました。弟子のあのおかしな反応は透明化が切れていたのにも関わらず、わたしが抱き締め返してしまった。そういう事なんでしょう。


「あのちょっとこれには事情があるんですよ。やむにやまれない事情が……」


「へぇ。自分の弟子に指を舐めさせるような事を正当化する理由がねぇ?」


 あ、だめです。ソフィーのやつ勘違いしてます。


「ちょっときなさい!」

「あ」


 ソフィーに襟首を掴まれ、隅に連れて行かれます。


「ししょ――」

「リベアさんはこちらに」


 リベアが何か言おうとしますが、フィアに阻まれてしまいました。


 そうしてわたしは、自分の醜態と一緒に洗いざらい何があったのか話すことになりました。


◇◆◇◆◇


「話はだいたい分かったわ。今回の騒動の原因はリベアちゃんが暴走した事にあるわね」


 10分ほど丁寧に経緯を説明して誤解を解き、わたしはほっと胸を撫で下ろしていました。


 別々の所で行われていた事情聴取が終わり、騒動の原因となったリベアがフィアと共に戻ってきてぺこりと頭を下げます。


「ごめんなさいソフィアさん。フィアさん。お二人にはご迷惑をかけてしまいました」


「え、わたしには?」


 涙ながらに訴える弟子をソフィーが優しく迎えます。


「大丈夫よ。元々悪いのは不用意に魚の口に手を突っ込んだティルラなんだから」


「うぐっ。それを言われればそうですが、わたしもリベアに言いたい事があります」


 詰め寄るわたしに、弟子を庇うソフィー。誰が見ても悪者な師匠に加勢したのはフィアでした。


「リベアさん。お師匠様の言うことはちゃんと聞いた方がいいですよ」


 あ、今はわたしの味方なんですね。


「はい……。なんでしょう師匠!」


 くるりと反転。笑顔をみせます。わっ、可愛い。魅せられちゃいます。


 でもここは心を鬼にしなければ。


「リベア、忘れてるかもしれないので言いますが、一応わたし達は二人の案内人役なのでその二人よりも目立つというのは……」


「――あ、すみません師匠。お話に夢中ですっかり自分の役を忘れてました……ごめんなさいです」


 彼女の素敵な笑顔が曇り、しょんぼりとうなだれます。


 そこまで強く責めたつもりはなかったんですが……。


 ちらりと隣に視線を向け、助けを求めます。助けを求められた方はやれやれといった様子で口を開いてくれました。


「ティルラ、私たちは観光に来てるって事にしてるんでしょう? なら現地の人と交流を持つのも悪くないわ。意外な所で夫婦の情報が手に入るかもしれないわよ」


 助け船にリベアがピクっと反応。よし、今だ!


「なるほどなるほど。それもそうですね。よーし、ならわたしもリベアに見習ってあの漁師さん達と交流を持ちましょう! 弟子に良くしてくれたお礼をしなければ」


 お仕事中の漁師さん達の元へ意気揚々と向かうわたしでしたが、何をどう話そうか全く考えていませんでした。


(うーん……とりあえず軽く自己紹介とお礼を言って、共通の話題を。わたしは魚に詳しくありませんし、リベアは可愛いっていう話題でいきましょうか!)


「よーし、しっかり持っとけよー! せーので行くぞお前ら」


「「「おおーっ!」」」


 筋骨隆々な漁師さん達の元に到着したわたしが見たものは、彼らの倍くらいある大きさの巨大魚、それこそ魔物の類ではないのかと勘違いするような魚を船から10数人がかりで引き揚げておりました。


「お前ら気をつけて運べよー! 傷物にしちまったら値段が下がっちまう」


「「「うーす!!」」」


 リベアと話をしていた漁師さんが他の人を仕切っているようです。これはわたしの出番ですね。彼らのお手伝いをしてあげましょう。


 袖口から杖を取り出したわたしは巨大魚に向けて一振り。


 変化は劇的に起こりました。


「うおっ! なんだか急に軽く――って浮いてるだとー!?」


 巨大魚は漁師さん達の手から離れ、空中へと舞い上がったのでした。

 

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